遠距離恋愛の凛々しくて美人な幼馴染と今日から一緒の生活な件 ~初めてのキスをしたくて~

久野真一

遠距離恋愛の凛々しくて美人な幼馴染と今日から一緒の生活な件 ~キスができる場所を探して~

「もう、明日には引っ越しなのよね……」


 りんちゃんこと南凛音みなみりんねがため息をつく。まだ肌寒さの残る3月の下旬、短めのスカートに薄手のセーターを着込んだ彼女が可愛い。


「小学校生活、長いようで短かったね」


 ぼくたちが住むマンションのすぐ下にある、とても小さな公園。

 ろくに遊具もなく、ただベンチがあるだけの小さな公園で僕たちは最後の夜を一緒に過ごしていた。


「うん。何より日向と仲良くなれたのが嬉しかったわね」


 照れもなく、ただ本音だとわかる言葉が発せられて、僕は心が浮き上がるような、どこかむずがゆいようなそんな変な気持ちになる。


「ちょ、ちょっと。凜ちゃん。急に言われたら照れるんだけど」


 元々、気になっていた女の子にそんなことを言われたら、僕は……。


「なによ。日向は私と仲良いのが嫌なの?」


 ずいっと不満そうな顔を近づけてくる凜ちゃんは、その名前の通りいつも凛々しかった。明日、お別れというそんなときにまで。


「も、もちろんそんなわけないよ。ただ、明日までなんだなって思うと寂しいよ」


 そう。中学への進学を機に凜ちゃんの一家は遠い遠いところに引っ越すと聞いている。電車を乗り継いで5時間近くというから、僕一人では会いに行くこともできない距離だ。


「LINEでいつでも連絡取れるわよ。夏休みはまた一緒に遊べばいいじゃない」


 中学に上がる前に僕たちは親に頼んで安いスマホを買ってもらって、お互いにLINEを交換した。だから、凜ちゃんの言うことはその通りなのだけど……。


「うん。そうだよね」

 

 言いながらもやっぱり気分は晴れなかった。

 僕は迷っていた。今日この日に「告白」しようかと。

 隣のクラスの奴でカップルになったのがいるとか聞いたことはあるけど、僕にとってはまだまだ「恋愛」っていうの自体がわからないことだらけ。だから、迷う。


「「あの!!」」


 ……ハモった。


「凜ちゃんから先、どうぞ」

「日向の方こそ先に言いなさいよ」

「え、えーと……好き」


 何言ってるんだ僕。さんざん事前に予習したのに、いきなり「好き」なんて!


「す、好き!?」


 やっぱり、凜ちゃんはびっくりしてしまったようで慌てて仰け反る。


「そう。僕が凜ちゃんのことを」

「そ、そう……」


 凜ちゃんは顔を背けて何やらぶつぶつと言いながら考え込んでいる。


(やっぱり、駄目かあ)


 ごめん。ごめんね。日向の気持ちは嬉しいけど。

 物語で見たような、そんな返事ばっかりが脳裏に響く。


「あ、ありがと。私も日向のこと……好きよ」


 予想外の返事に顔を見上げると、珍しい碧眼へきがんに茶味がかった長い髪の毛の女の子が真剣な顔で僕を見つめていた。


「ほ、本当に!?」


 予想外の返事だ。好き。凜ちゃんが僕を。

 心がにわかに湧き立つのを感じる。


「私が嘘嫌いなの知ってるでしょ」

「そうだったね。仲良くなったときも、それで凹んで……」


 嘘が苦手でちょっと気が強い彼女は、それで同じクラスの女の子とトラブルになることがあった。僕も昔は凜ちゃんのことを苦手にしていたのだけど、渡り廊下でぼーっと凹んでいた彼女を見かけて、凜ちゃんの別の側面を知ったのだった。


「あのときのことは忘れて!」

「ご、ごめん。調子乗った」

「それより!これで、恋人同士……でいいのよね?」

「僕もわからないけど……たぶん」


 恋人と言ったって街中やお話の中で見かけることはあっても身近に居ないのだから実感が湧かない。


「遠距離恋愛っていうやつでいいのかな」

「そうなんじゃない?私もよくわからないけど」


 同年齢では大人びていると言われた僕たちだったけど、恋愛なんてことになればやっぱりただのお子様だ。


「毎日、LINE送ったりしても迷惑じゃないかな?」

「大丈夫よ。恋人なんだから」

「そういうもの?」

「たぶん」

「凜ちゃんも自信ないんじゃないか」

「だって、私も初めてだもの」

「それもそっか。LINE通話とかも良いよね」

「だから、大丈夫よ。恋人なんだもの」

「それもそっか」


 恋人同士。お互い何をすればいいかわからない同士だから、なんだか心が少しふわふわとした感じになる。


「浮気とかしちゃ駄目だからね」

「浮気!?し、しないよ」

あかねと妙に仲良いなって思うことがあるのだけど?」


 茜ちゃんは凜ちゃんの一つ歳下の妹だ。

 僕ともよく一緒に遊ぶことがある。


「あ、あかねちゃんは別だって。だいたい、茜ちゃんもそっち行くでしょ」

「そういえばそうね。とにかく、中学に行ってもいっぱいお話しましょ?」

「遠距離恋愛って不安だなあ」

「大丈夫よ、きっと。信じて為せば成る」


 凜ちゃんが何かと言う少し小難しい言葉。

 でも、僕も勇気づけられた言葉だ。

 なんでも、お父さんに教えられた言葉らしい。


「……そうだね。信じて為せば成る。うん」


 不安は消えないけど、凜ちゃんと同じように信じてみよう。


「約束。三年後には再会して一緒の高校に行くこと」

「凜ちゃんは気が早いなあ」


 もう三年後のことか。なんて心の中で少し笑う。


「大事なことよ?私だって寂しいから。高校は一緒のとこ行きたいもの」

「あ……う、うん。そうだね」


 一緒のとこ行きたい。たったそれだけの台詞なのに嬉しい。


「じゃあ、ゆびきりげんまん、嘘ついたら、腹切ってしーぬ」

「嘘ついたら、腹切ってしーぬ」


 ちなみにだけど。この約束は「はりせんぼん」に疑問を持った凜ちゃんが


「絶対破っちゃ駄目な約束はもっとちゃんとするべきよ。お侍さんみたいに」


 なんて言ったせいで作られた台詞だ。


(今思えば物騒な言葉だよな)


 少しずつ、意識が浮き上がってくるのを感じる。

 もうすぐ、凜ちゃん、いや、凜と再会できるのか。


◇◇◇◇


 ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。

 瞼を開ければ待ち望んだ駅まであと一駅だ。


 時刻は昼下がりで、春の陽気が眠気を誘う。


「夢か……少し懐かしいな」


 さっきまで夢見ていたのは、幼馴染の凜と俺との間の大切な思い出だ。


 俺、初瀬日向はつせひなたは今日から遠くの町に住むことになる。


 在来線と新幹線を乗り継いで5時間の長旅。だけど、その疲れだって楽しい。

 だって、終点には幼馴染で恋人の凜音が待ってくれているからだ。

 中学の三年間、俺たちはほとんど文字と音声だけのやりとりだった。

 一年に二度、束の間の邂逅の後はいつも寂しさが募った。

 でも、今日からは一緒の街に住めるのだ。


 ほどなく、終点に到着を告げるアナウンスが車内を満たす。


「到着ー。足が棒になりそう……」


 大あくびをしながら、スーツケースを降ろす。

 いよいよ新天地、と気持ちを新たにして列車を降りる。


「さーてと。凜は確か―」


 時計を見ながら彼女が迎えに来る時間を確認していると、


「日向!すっごく久しぶり!」


 懐かしい声に振り向けば、ぱふっという音と背中に回された両手。

 暖かな体温と、サラサラとした髪の毛の感触、それといい匂い。


「……」


 青い双眸が俺を見上げてくる。

 じっと見つめ返すと瞬間、くすぐったそうな笑い。


 俺も抱きしめ返して、お互い再会を分かち合う。


 南凜音みなみりんね

 その名の通り、凛とした美しさを持った女性に成長した彼女は、


「んー。日向、あたたかい」


 目を閉じて何やら気持ち良さそうに甘えてくる。

 彼女と今日からずっと一緒、と考えると心が躍る。


「ああ。暖かいな。でも、合格発表の日もやっただろ」


 照れ草くて、そんなことを言ってみるも、


「もう一ヶ月近く前でしょ?私はもっとしょちゅうしたいの」


 またストレートに好意をぶつけられる。

 こんな素直なところは昔のままでどこか懐かしくもなる。


「そこは俺もだけどさ……」


 もっとハグしたいなんて彼氏冥利に尽きる。

 昔と比べても本当に美人になっただけに、少しドキドキもする。

 ハグだって、受験の日にやったのが初めてだ。


「なによ、不満なの?」

「彼氏冥利に尽きるなって思っただけ」

「もう。それでいいのよ。それで」


 相変わらずの気の強さで、でも抱きついて甘えてくる凜が可愛い。


「あー。本当にいい天気だな」


 駅を出て、スーツケースを引きずりながら空を見上げる。

 雲ひとつ無い快晴で本当に再会日和だ。


「そうね。ほんと、三年は長かったわ……」


 少し遠い目をする凜。


「今日からは近くに住むわけだしさ。凜の親父さんにも感謝だな」


 実家からかなり離れたこの地で独り暮らしを許されたのは、凜の伯父さんが経営しているアパートに空き室があったのを、凜の親父さんが斡旋してくれた結果だ。


「パパもうちで面倒みてあげてもいいのに……」


 と少し不満げだ。


 「うちで一緒に住むのは駄目なの?」

 と言ったらしいが、親父さんはといえば

 「そういうのはせめて高校を卒業してから」

 とにべもなかったそうな。

 逆に高校を卒業したらいいんだろうか。


「いやいや。そこは親父さんが正しいって」

「むー」


 凜はなんていうか、昔から育ちが良いというか純粋というか。

 娘のために、そこまでしてくれるだけでも親父さんは凜に大甘だってのに。


「ま、いいか。今日から一緒なんだから」


 郊外の広い道をスキップでもしそうなくらいに嬉しそうに歩く凜。


「再会するために受験頑張ったんだぞ。少しくらいご褒美がほしいな」


 軽口を叩く。きっと「再会できるのが最高のご褒美でしょ?」

 なんて返してくると思っていたのだけど―


「ご褒美―、う、うん。そうね。忘れてたわけじゃないわよ?うん」

「どうしたんだ?」


 何やら急に挙動不審に―小動物が辺りを見渡すようにキョロキョロし出した。


「いやうん別になんでもないわよ。それじゃ、行きましょ!」

「お、おい。急にどうしたんだよ。用事でも思い出したか?」


 何やらペースを早める凜。

 周囲に人がいるか確認するかのような仕草だ。


「うーん……ここは……ちょっと」


 急に挙動不審になった幼馴染は、ぶつぶつと何事かをつぶやいている。

 視線の先を追えば、階段の下、路地裏、行き止まりの壁。

 人通りの少ない道。

 とにかく、何やら人が少ないところを探している風だ。

 

(お手洗い?)


 一瞬、アホな想像をして頭から追い出す。


「なあ。急にどうしたんだ?なんか場所を探してるみたいだけど」

「日向は合格したらご褒美が欲しいって言ってたわよね?」

「ご褒美……いやまあ、さっき言ったけど」

「そうじゃなくて。受験の日に」

「受験の日……ご褒美……あ!」


 一体この幼馴染は何を言ってるんだろうと記憶に検索をかけたら、

 1件ヒットした。


 「合格したら、キスしたいな」


 それはこの地での受験を終えたその後のことだった。

 今とは逆に、駅までの道すがら、凜は言ったのだ。

 合格したらしてみたいことない?って。

 で、俺はといえば「合格したら、キスしたいな」

 と返した記憶が。直後に、マジで取られたので、

 「冗談だって、冗談」と打ち消したのだけど。


「確かに言ったな。でも……」


 それこそ、これからいくらでも機会はある。

 今日、どうしてもなんてことは全然ない。


「ごめんね、私。すっかり忘れてたわ」


 凜の、とても強い信念の一つに「約束は必ず守る」

 というのがある。時折そこまで律儀にならなくても、

 と思うくらいに。


 つまり、凜としては約束を果たさないと気がすまないわけで。


(でも、意識したら俺もキス、したくなってきた)


 付き合って三年経つし、何かキスしない理由があるわけでもないし。

 

(そう思うと、凜が場所に迷う理由がわかってきた)


 確かに、二人きりになれる場所が意外にない。

 人通りの少ない道でも誰かは居るし、死角だと思った場所も意外に見える。

 

 というわけで、結局、アパートの手前までキス出来る場所を探しながら、

 というなんとも阿呆なことをする羽目になった俺たちだった。


「着いちゃったわね」

「着いちゃったな」


 二回建ての真新しいアパートに到着。

 

「ま、まあ。約束とは言っても別に後日でいいからさ」


 新居の鍵をガチャリと開けて、とりあえず荷物整理をしようとしたところ―

 

「待って!」

「う、うお。ちょっとバランスが……」


 後ろからすがりついてくる凜のおかげで、バタンと玄関に倒れる俺たち。


「イタタ……」


 受け身が取れたはいいものの。

 マウントポジションの凜がなんとも真剣である。

 え?まさか……


「っんむ……」


 青い瞳を閉じたかと思えば、勢いのまま唇を重ねてくる。


「っん」


 ぴちゃ、ぴちゃ、と水音が響く。


「ん……」


 もうこうなりゃヤケだ、ヤケ。

 考えるのをやめた俺たちはたっぷり小一時間程、

 お互いにキスをしあったのだった。


◇◇◇◇一時間後◇◇◇◇


「なあ、応じといて言うのもなんだけどさ」


 結局、凜も迎え入れて新居の、ベッドとダンボール箱数箱以外、何もない部屋に二人で正座である。


「わかってるわ。私もなんだか、抑えきれなくて……」

「いや。その、俺も嬉しかったからいいいんだけどさ……」


 お互い、嫌じゃなかったことは当然わかっている。


「その。いきなり過ぎたから、ちょっと頭冷やしてくるわね!また明日!」

「待てって!」


 慌てて気まずさをごまかすように立ち上がろうとする凜を制する。


「もう一度、今度はこっちからしたい」

「いいの?」

「さっきはいきなり過ぎたからな」

「それこそ、その気だったくせに。でも……」


 今度は、お互いきっちり向き直った俺たちは―

 ただ、触れるだけの「普通のキス」を今度こそしたのだった。


「なんだかね。今日は寝られない気がするの」

「そこは自業自得だろ」

「寝る前に通話していい?」

「もちろん。俺も言おうと思ってた」

「私たち、なんだかラブラブよね」

「ラブラブ……そうかもな」


 少なくともさっきのキスは……と思い出しそうになる。


「……お父さんに、言ってみようかな」

「まさか、うちに泊まりたいとか」


 凜ならありえるのが怖い。


「パパだって一晩くらいなら……っと送ったわよ」


 【パパ。今日、日向のところ泊まって行っていい?】


「はやっ。つか、俺が色々気まずいんだけど」


 それこそ、泊まりとなればいくら娘に甘い親父さんだって。


「ん」


 無言でスマホをずいっと出してくるので読んでみる。


 【日向君、娘が迷惑をかけてないかい?】


 つまり、俺が返事しろと。


 【親父さん。ご無沙汰してます。迷惑なんてことは全然ないですよ by 日向】


 むしろ色々役得が……というのは伏せる。


 【なら、いいんだけど。凜が言い出したら聞かないのはよくわかってるんだけど………一晩、頼んでいいかい?】

 【いいんですか? by 日向】

 【さすがにそこは信用してるよ】

 【じゃあ、一晩、お預かりします by 日向】


「ほい」


 スマホを返す。


「やった」


 グッとガッツポーズの凜。


 【お父さん、ありがとう!】


「よし。じゃあ、荷ほどき開始するか」

「うんうん。お泊り、お泊りー♪♪」


 大変ご機嫌な、俺の恋人を見ながら―


(今日は本当に寝られなくなりそうだな)


 少しワクワクしながらそう嘆息したのだった。

 あ。そういえば、布団が足りないような……。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

シンプルに超甘々な短編に仕上げてみました。

テーマは「再会」でしょうか。


楽しんでいただけたら、応援コメントや★レビューいただけると嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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