夢での出会い
『初めまして、と言ったほうが良いのかな』
聞こえた声はどこか寂しげだった。
視界は闇に包まれ、どこに何があるのか分からないが、ひんやりと湿気を含んだ風が、そこが地下だと教えてくれた。
『そろそろ、私の魔力も限界だ。なかなか……長い時間をかけてしまったな。彼女にも迷惑をかけてしまった』
声の主を探そうにも、世界は闇に満ち声の発生源すら見当が付かない。
ある時は遠くから。ある時は頭の中で話しているように、場所を掴ませないようにしているかのようだ。
『今の世で君が一番近い存在だ。頼む、こうならない為にも』
突然、目の前に紅蓮の炎が暴れ、闇を全て消し去った。
その炎の中心には、木に縛り付けられた女性が居た。
魔法暦の教科書で嫌というほど見る、魔女裁判の場面だ。
火に炙られる魔女の叫びは聞こえないはずなのに、腹の底を素手で掻き回される不快感があった。
『早く……頼む……』
□
目覚めは、とても気持ちよかった。頭を撫でられる記憶は、親が海外に行ってからこれまで数年ほどなかった。
夢から覚めるとその視界に入ったのは、俺と同じ目線になるようにしゃがみ込んで頭を撫でている斯枝先生の姿だった。
「どわっ!?」
脳の処理能力を超えた事態に対応できず、上半身を跳ね起こした。
「……う~ん、残念。もう少し見てたかったかな」
「せっ、先生……何でしょう?」
まだドキドキしている心臓をなだめながら、なるべく平然を装い話した。
「寝顔を見てました」
「それは分かりますが、できれば起こしてもらえたらと」
黒板を見ると本日二度目のテストだった。
『良かった……。放課をまたいで寝ていたわけじゃなかったんだ』と寝過ごさなかったことに安心した。
『でも、何て気持ちの悪い夢だったんだろう……』
夢で見た光景が今もまぶたに焼き付いている。
目覚めは良かったが、気分がとても悪い。
「先生……、今回のテストのせいで全然、寝てないのよ。昨日だって『問題に不備が無いか』とか、『点数配分は正確か』とか色々と確認していたから寝られなくて……」
ふっ、と斯枝先生は視線を落して寂しそうな目をした。
ただ眠たくてまぶたが下がっているとも言えなくない。
テスト中だが助けを求めようと辺りを見回した。
そしてすぐに視界に入ったのは、いつ起きたのか頭に大きなたんこぶと牛乳瓶をのせた砂月だった。
砂月はあの時のような笑いとは違う、ニヤニヤとした人の失敗を楽しむ笑みを浮かべていた。
草苗は――、虚ろな目をしてテストを解いていた。大丈夫なのか?
「そんな先生が頑張って作ったテストなのに、おやすみするなんて悲しい……」
「はっ……い。それは、何と言ったらよいか」
「でもね、先生分かったの!」
うつむいていた斯枝先生の頭が勢い良く持ち上がり、大きな瞳で俺を捕らえた。
心のどこからともなく警報が鳴り響き、身に迫る危機を教えてくれているが事態が逃げられなくなってから鳴る警報機に意味は無い。
そして、斯枝先生は確信したように自信満々の顔で言った。
「これは三塚君からの挑戦状だってことに!」
「待ってください先生。どこでそんなフラグを回収したのか覚えがありません」
クソッ。
どこでそんな恐ろしいフラグを回収してしまったというんだ。
今まで何とか折ってきたというのに、ここで失敗するだと!?
「俺は先生の拙い問いに対し、これだけの考察を書いたんだ。魔法考古学の権威である斯枝
「そんなこと言った覚えはないですので……あれ?」
身に覚えのない言葉に焦りながら、なんとか斯枝劇場から逃げる手段を考える。
だが、全くいい考えが――あれっ?
折り重なった腕の下で潰れているテスト用紙に目をやると、その解答欄には細かな文字でぎっしりと隙間なく考察問題の解答がなされていた。
ところどころミミズが這いずったような文字が散らばっているが、これは自分が書いた字に間違いなかった。
「どうかしたの、三塚君?」
「いえ、これ本当に俺が書いたのかなって……」
文字の癖をみると、明らかとまでは言わないまでも俺のではないことが分かる。
「書いた何も、開始15分くらいで書き上げたあと、すぐに寝ちゃったじゃないの」
斯枝先生の言葉に、クラスがにわかに騒がしくなった。
魔法考古学科のテスト特有のことだが、テストの解答時間の1時間30分をフルに使っても考察を綺麗に纏め上げることはできない。
魔法事象の全てを理解していないと解答することのできないこのテストでは、書ききる以前に綺麗に纏め上げていることが点数となる。
しかも、同時に複数の事象を照らし合わせながら解答しなければいけないので、最 終的にはこじつけや歴史捏造のオンパレードとなってしまう。
当事者でなければ、俺も他のクラスメイト同様に騒いでいただろう。
このテストの考察課題は、今から約八二○年前に起きた空間座礁に関する、魔法点から見た考察だった。
この問題内容に、何か気味の悪いものを感じた。
「寝るのは良いけど、寝汗やよだれでテスト用紙をくしゃくしゃにしちゃダメよ。茶色いシミができていたときなんて、もう悲しくて採点もままならないわ」
やれやれと呟きながら、斯枝先生は教壇へと戻っていった。
先生を見送った俺は、再びテストへと視線を落した。
そこに書いてある考察を読むと非常に細かく事象・人物・状況が書き記されていて、まるで見てきたかのように書かれていた。
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