魔法考古学科のヤベーやつら
自宅から徒歩20分の所にあるのが俺の通っている聖城学園だ。
幼少部から大学院まで全てが揃っている巨大な学校の高等部に、俺は所属している。
美優は、その高等部からもう5分ほど歩いた先にある中等部に通っている。
高等部の門から入れば中等部まですぐなのだが、美優は「それは、高等部に入るまで楽しみに取ってあるんだよ」と言い、どんなに遅刻しそうな時でも高等部の門から入ろうとしなかった。
「おっ……はよーっ、すよー……」
教室の自分の席に荷物を置くと、隣の席からやる気のない眠たげな挨拶が聞こえた。
挨拶をした生徒の名前は、
砂月は寒いのか両手を脇に挟み、机の上で折りたたんだタオルの上に顔を押し付けて暖をとっていた。
「おはよう」
席に着いてから改めて砂月の方を見ると、薄っすらと開いた目でこちらを見ていた。
いつも通りの姿に、「こいつは毎夜毎夜、何をしているんだ?」と疑問に思う。
この眠たげな顔が最近、出始めたのなら今日から始まる3日間の試験勉強せいだと思うが、残念なことに砂月の成績はいつも低空飛行だ。
「今日から期末テストだから、少しは勉強したほうがいいんじゃないのか?」
「あー……。期末のテストなんて魔工学科や錬金科じゃない我ら魔法考古学科には、早く動く口と先生に渡す賄賂のお菓子さえあれば楽勝なんだよー」
「口先はいいとして賄賂はダメだろ。寝ている暇があるなら少しでも勉強したらどうだ?」
「そこで、これです。はい、どんっ」
どんっ、と砂月が取り出したのは、学校の給食で出てくる200mlの牛乳瓶だった。
しかし中身は牛乳ではなく医師が詰まっており、キラキラとした光を放っている。
「魔工学科の友達が作ってくれた、その名も『暗記瓶』」
『暗記瓶』とは胡散臭い名前の代物だ。
それに、魔工科ってのが妖しさに拍車をかけている。
もちろん、
そう。この砂月のような……いや、ならいいのか。
「えっと、使い方は、口の部分を頭にセットして……」
説明書を片手に牛乳瓶――もとい暗記瓶をつむじの辺りにセットする砂月。
「すると、中に記憶された様々な魔法の歴史に関する情報が頭に流れ込んでくるんだって。これで睡眠学習すればバッチリだって!」
「明らかに吸い取られているようなデザインだけどな」
きらきら光る小石が更に光を強めホタルのようになっている。
「おっ、おおっ、来た! おじいちゃんがやってきた! やっほー、ナウい牛車だね! 乗っけてってよ」
「待てっ! それは色々と危険な乗り物だぞ!」
「えっ? 貸衣装? やったね、制服ってシワになるとクリーニングに出さなきゃいけないから、丁度いいや」
「待て、待て! その貸衣装って白装束じゃねぇか? やばいよ、帰ってこいよ!」
ギリギリ現世と交信している状態の砂月の目を指で力いっぱい開くが、そこにあるのは瞳ではなく旅立つ寸前の白目だった。
ぷるぷると震える白目。これで奇声をあげたらエクソシストそのまんまだ。
「凄い! 目の前に広がるオーガニックウォーターが流れる河の向こう岸には、ナイスガイが一杯じゃないか!」
ギョロギョロと白目を動かしながら向こうの世界を実況してくれる砂月に、俺は限界を感じて手を放してしまった。
「クソ怖ぇえ!!」
俺が手を離すと支えを失った砂月の頭は物理の法則に従い、今まで頭を置いていたタオルの上に落ちた。
うつ伏せになっても、なお実況しているのかモゴモゴと不気味な声が響いてくる。
わいわいと騒がしい教室の一角で起こっているエクソシスト。
牛乳瓶を頭の上に乗せている砂月がとてもシュールだ。
□
もう少しで予鈴が鳴ろうかと言う頃に、俺の数少ない友人の内の一人の
いつも俺が登校するより早くに来ている草苗だが、今日は珍しく時間ギリギリの登校だった。
「おはよう」
「おっす、三塚」
挨拶は元気だが覇気が無く、目も若干、トロンと落ちていた。
こいつも砂月同様、成績は低空飛行なので、徹夜で勉強したせいで寝不足だと思いたい。
「こんな時間に登校なんて珍しいな」
「寝不足でな。まさか、寝坊するとは思わなかった」
「徹夜で勉強でもしていたのか?」
「まさか。一夜漬けなんてウチの科じゃ無意味だろ? ちょっとバイト先でトラブルがあったんだよ」
「そうか。まぁ、俺も、勉強に関しては今更って感じだしな」
一夜漬けで対抗できないテスト範囲を持つ我が魔法考古学科に、今更あがいたところでやっても無意味と思っているのは俺たちだけではない。
その証拠に教室に居るクラスメイトはほぼ全員、テストとは関係のない話に花を咲かせている。
「ところが、だな。三塚には悪いが今回は俺の一人独走を行かせてもらう」
にひひ、と悪い笑みを浮かべる草苗に、俺は砂月と似た影を見た。
「まさか、賄賂とか言うんじゃないだろうな?」
「そんな悪いもんじゃあないなー」
「じゃ、なんだ?」
「これですバイ!」
ドン、と差し出された草苗の手にあったのは、どこかで見たことのあるデザインの瓶。
「どこで見たんだって」と悩むこともなかった。今、砂月の頭の上に乗っている牛乳瓶じゃないか……。
「魔工学の奴等が売ってたんだけど、その名も暗記瓶EX。前回、いつの間にやら発売されていた暗記瓶の改良版だそうだ」
その、いつのまにやら発売されていた暗記瓶は、今まさに砂月の頭に乗っているのを教えた方が良いのだろうか?
悩むおれをよそに、草苗は話を続けた。
「しかも、テスト前ギリギリキャンペーンで定の価1万5000円のところを75%オフの3750円! 神は俺を見捨てていなかった!」
神に感謝するように高々と暗記瓶EXを掲げる草苗。
自称無神論者の草苗の崇め奉る神とは我らの担任の
嬉しそうに暗記瓶EXを眺めている草苗から視線を外し、目だけを動かして教室全体を見渡した。
しかし、砂月が頭につけている暗記瓶や草苗の持つ改良版を頭に装着している生徒は、他に見られなかった。
これも、詐欺商品だろう……と心の中で思った。
魔力という不安定なエネルギーが使われていたのは、遠い過去の話だ。
しかし、科学が発展している今の世だが、化石燃料や自然破壊をしない魔力というエネルギーは再注目されていて、そんな魔力を扱えるように俺たちが過ごしている学校が存在している。
だから、魔力という不安定かつ不確定なエネルギーを使っている道具は世間で人気があり、この聖城学園に通っている生徒の収入源にもなっている。
ただ、不安定かつ不確定という存在を悪用し、魔力を謳った詐欺商品も多く存在している。
もちろん、作品作りに誇りを持ち製作、販売を行い、信用を得ている生徒も居るが、この広い学園では一発屋の詐欺師も多く居るのが現状だ。
こういった輩は継続的に販売を行っていない限り見つけ出しにくいのが現状だった。
当たり前だが、旨い話ほど詐欺の可能性が高い。
「暗記瓶EXの効果は睡眠時に現れるらしい」
詐欺の可能性など全く考えていないのか、草苗は暗記瓶EXの性能を熱弁し始めた。
これが詐欺であっても良い勉強になるだろう。
「ほう、それで?」
聞き返すと草苗は「待ってました」と言わんばかりの満面の笑顔になった。
「俺は寝る! 一時間目と二時間目は切ることにする」
「おやすみ!」と暗記瓶EXを頭部に装着し、草苗は机に突っ伏した。
寝坊のせいか暗記瓶EXのせいか、草苗は砂月同様すぐに寝息を立て始めた。
――いや、その前に、テストを切り捨てたらいけないだろう……。
「はーい、みんなー、HRを始めますよー」
草苗が机で寝息を立て始めると、担任の斯枝先生がやってきた。斯枝
ニコニコと包容力のある柔和な笑みを浮かべながら教壇に立つ斯枝先生は、草苗の言うとおり神様に見えなくもない。
だが、基本的にとてもやさしい先生だが、怒らせると今までの姿が妄想だと勘違いしてしまうほどに本能を揺さぶる恐怖を与える二面性を持つ先生でもある(経験者談)
「おい、砂月、起きろ。斯枝先生がおいでなすったぞ」
普段なら揺すられるだけで目は開かずとも起き上がる砂月だが、今回はなぜか引っ叩いても起きる気配がない。
理由は、頭に乗っかっている暗記瓶のせいだろうが。いや、そうに違いない。
「それじゃあ、今日の伝達事項から――」
「斯枝先生の、ありがたい伝達事項が始まったぞ」
ゆっさゆっさと揺すっても、ビヨンビヨンと瓶を叩いても起きない砂月。
簡単な方法では起きないと悟った俺は、元凶だと思われる暗記瓶の取り外しにかかった。
ただ乗せているだけなのだから、引っ張れば簡単に取れるだろうと思っていたのに、これがどういうわけか吸着力が凄まじく、どうしても砂月の頭から外れる様子がない。
「砂月、マジで起きろって。洒落にならんことになるぞ」
曲げても捻っても取れる気配がないので、最後の手段と思い切り引っ張り上げると――。
「あはっ、あひゃ、あひゃふふふふふふふ――」
そこには、白目をむいた化け物のような顔の砂月が居た。
「うわっ!」
驚き暗記瓶から手を離すと、砂月の頭は物理の法則に従いタオルの上に落ちていった。
「三塚君、どうかした?」
驚いた声が教団に立つ斯枝先生に届いてしまったのか問われてしまった。
「いっ、いえ……何も……」
「そう? ホームルーム中は静かにしてなきゃダメよ」
「りょ、了解です先生」
「それじゃぁ、テストの注意点を説明するわよ」
何か言ったのは聞こえたが、それが驚きの声とは取られなかったようで、先生はすぐにホームルームを再開した。
しかし、砂月の笑い声と一部生徒にはあの顔を見られたようで、俺たちの周りに居る生徒は決してこちらを見ることなく、虚ろな目で教壇を見つめるだけだった。
笑い声は教壇まで届かなかったらしく、HRは問題なく再開された。
それもそうだ。誰しも得体の知れない何かに好き好んで関わる人間は居ない。
「こっ、これは恐ろしい……」
初めて見た砂月の恐ろしい笑い声と顔に亜樹は恐怖した。
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