第14話 戦い方

 時は渚が鬼と戦い始める前へと遡る。


「観戦って、見捨てる気ですか!?」


 矢島の観戦という発言に気付けば善幸は彼に掴み掛かる勢いで問い詰めていた。


「落ち着いて、誰も見捨てるなんて言ってないでしょ?流石に僕もそこまで非道じゃないよ」


「落ち着けって……殺されるかも知れないんでしょ!?」


 人命に関わるこの状況でどうしてそこまで落ち着いていられるのか、まるで理解ができない善幸は尚も矢島に詰め寄る。


「それはこのまま何もしなければ……の話だよ」


「けど矢島さん、観戦するって言いましたよね?」


「けれど、手を出さないとは言ってないよ」


 善幸の指摘にそう言い返しながら矢島は懐から再び、怪しげな紋章のようなものが描かれた札を取り出す。


「護符……ですか?」


「いや、これはまた別のものだよ」


 先程と同様に護符を取り出したかなと思い込んだ善幸に対して矢島は首を横に振りながら答える。


「これは式符。まぁ、簡単に言えば使い魔を召喚する為の媒体のようなものだね」


「使い魔……ですか?」


「そう、赤羽くんがいずれ学ぶべき使い魔術の一つだよ」


 言いながら矢島は手にした式符を放り投げる。ふわりと宙を舞った式符は一瞬にしてその姿を鳩へと変化させ、鳴き声を上げながら矢島の肩に着地する。


「…………」


「とまぁ、こんな感じだ。ちなみに姿形は生き物に見えるだろうけど、実際は魔力で形作られた仮初の生き物だ。精巧なロボットのようなものとでも思ってくれ」


 唖然としながらたった今、現れた鳩の使い魔を見つめる善幸に矢島はそう説明しながら視線を渚へと向ける。


 そこには炎を帯びた薙刀を構えて今まさに鬼と激突しようとしている渚の姿があった。


「さて、折角だ。援護に際して赤羽くんの力を少し借りようかな」


「……俺の力を、ですか?」


 使い魔の衝撃から戻ってきた善幸は矢島の言葉に自分に貸せるほどの力などあるのだろうか?と首を傾げる。


「使い魔の召喚に合わせて赤羽くん……というよりもオロチの魔力を借りようと思ってね」


「オロチの……」


「ほら、この式符を持って。魔力の流し方は今から教えるから」 


 善幸は言われるがままに二枚目の式符を受け取ると同時に矢島の手が肩に乗せられる。


「———これはッ!」


 矢島の手が触れている肩が熱を帯び、やがて全身に広がっていく。

 すると途端に身体の感覚が鋭敏になり、体内を行き交う血液とは違う存在。魔力の流れを善幸はハッキリと認識する。


「どうかな、魔力は感じ取れた?」


「は、はい。全身に流れてるのが分かりま……ッ!」


 矢島の言葉に頷こうとした善幸は直後、辺り一帯に響き渡った爆音に身体を竦ませる。視線を向ければ一時的に視覚と聴覚を失ったらしい鬼が攻勢に出た渚に翻弄されている姿だった。


「仕掛けたか……。あまり時間が無いね、ほら、早く式符に魔力を注いで」


「注ぐって、ど、どうやって!?」


「身体に流れている魔力の流れを手からそのまま式符に流し込むイメージだ。そこまで難しくはないよ」


「そう言われても……」


 —————いきなり過ぎるッ!


 善幸は内心で矢島の無茶ぶりに文句を口にしながらも必死に言われた通りに魔力を式符に注ぎ込むべく、意識を集中させる。


 すると何とか身体の魔力を式符へと流し込むことができ、善幸の魔力を注がれた式符が淡い光を帯び始める。


「はぁ、はぁ……これで良いですか?」


「うん、いい感じだね。ありがとう」


 魔力を注いだことが原因なのか、凄まじい疲労感に苛まれながら善幸が矢島に魔力を込めた式符を手渡すと満足げに頷かれる。


「さて、それじゃ早速使おうか」


「……あの、今更ですけど………これ、魔力を注ぐ人によって出てくる使い魔とか違うんですか?」


「特に無いよ。基本的に誰の魔力だろうと式符に組み込まれている術式は変わらないからね」


「えぇ……?」


 息を切らしながら尋ねた善幸は矢島の返答に覇気の無い声が漏れる。じゃあ、わざわざ俺が魔力を注いだ意味は何なのだろうと思っていると矢島が「けど……」と続きを口にする。


「悪魔憑きは例外だ。式符の術式は悪魔の影響を受けやすくてね、だから赤羽くんが魔力を込めると……」


 言いながら矢島は式符を放り投げる。

 すると次の瞬間、式符は先程の鳩と同じようにして今度は巨大な白蛇へと姿を変えた。


「ひッ!?」


「本来の術式なら鳥の姿になる筈だけど、こんな感じでオロチの影響を受けた姿に変化するんだ」


 矢島は使い魔である大蛇の白い鱗に触れながら解説を終えるが、善幸は突然、目の前に現れた大蛇の恐ろしさにそれどころでは無かった。


 いつかの夢で見た自分を喰らおうとした大蛇と瓜二つの姿をした使い魔の姿は善幸からすれば今、渚が戦っている鬼の数十倍は怖かった。


『シュルル』


「……ちょ、コイツを近付けないで下さいッ!」


 ジロリと赤い瞳で見つめながら顔を近付けてくる使い魔の大蛇に善幸は思わず転びながら後退りする。そんな善幸の様子を見た矢島は笑みをうかべると視線を静かに戦っている渚と鬼へと向けながら口を開く。


「まぁ、ビビるのも無理は無いけど、今の内に慣れといた方が良いよ」


「そ、そうなんですか?」


「勿論だよ。何せ………」


 視線の先で鬼の痛烈な一撃で受けて倒れた渚。

 今にも渚を喰らわんとしている鬼の様子をに目を細めながら矢島は静かに使い魔に指示を下す。


 勢いよく地面に頭を突っ込み、地面を亀裂を生みながら鬼を目掛けて地中を一直線に突き進んでいく使い魔。


『シャァァアアアッ!』


『グォッ!?』


 そうして渚に手を伸ばそうとした鬼は地面を突き破って現れた使い魔の長い胴体によってその身体を縛り上げられる。


「君の戦う手段の一つなんだから」


******


『グォォオオッ!!』


 突然の地中からの襲撃。

 完全に油断していた鬼は容易く身体を縛られて身動きを封じられてしまうが、それもあくまで一時的なもの。


 確かにオロチの魔力を帯びた大蛇の拘束は並の悪魔であれば絞め殺せるほとの力はあるが、それも鬼の怪力には劣る。 


『ォオオオオッ!!』


 鬼はその剛腕で白く長い胴体を掴むと雄叫びを上げながら力いっぱいに引っ張る。使い魔の身体が張り、ミチミチと鈍い音を立て始める。


 恐らくこのまま引っ張り続ければ数分もせずに胴体が千切れそうな勢いではあったが、それを黙って見ている渚ではなかった。


 湧き上がる怒りや屈辱といった負の感情を投げ捨て、目の前の鬼を祓う好機を逃さないと言わんばかりに薙刀を構え直し、跳躍する。


「幾ら鬼でも目は柔らかいでしょッ!」


『グガァァアアアッ!?』


 痛む身体に鞭を打ちながら高く舞った渚はその刃を碌に身動きの取れない鬼の右目を目掛けて振り下ろす。グチャリと生々しい音と共に刃が右目に突き刺さり、鬼はあまりの痛みに絶叫する。


「うわぁ………」


「お~、容赦ないね。渚ちゃん」


 その様子を遠目に眺めていた善幸は顔を顰め、その隣で矢島は楽し気に感想を漏らしながら更なる援護を行うべく使い魔を操作する。


『シャァアッ!』


「炎環偃月ッ!」


 使い魔は矢島に従って口を大きく広げると自身が巻き付けている鬼の肩に思いっきり噛み付く。更に渚は再び魔術を発動させて突き刺した薙刀に炎を灯し、鬼の頭部を内側から焼かんと試みる。


『ォオオオオッ!!』


 響き渡る咆哮。

 そして鬼も再度、魔術を発動させて暴風を生み出し、自身に纏わり付く使い魔と渚を吹き飛ばさんと試みる。


「ぐぅぅッ!!」


 全身に襲い掛かる風の刃が渚の服を切り刻み、その身体を赤く染め上げていく。けれど彼女は痛みと風圧に耐えながら必死に柄を掴み、絶対に離れないと刃に魔力を注ぎ続ける。


『ガァアアッ!』


「ッ!」


 一向に離れる気配のない渚に痺れを切らしたのか鬼は使い魔の胴体から手を離すと彼女の顔面を握り潰さんと両手を伸ばす。迫って来る巨大な手に渚の小さな頭を覆い—————。


『ガッ!?』


「……え?」


 直後、目元に突き刺さっていた薙刀が背後からの力によって更に奥深くへと突く進み、そのまま刃が鬼の脳天を貫いた。


 予想外の事態に渚が動揺しながら視線を背後へと向けると薙刀の石突部分を思いっきり頭突きしている大蛇の姿があった。


「はぁ、はぁ…………本当に……もう、現界です」


「ナイスアシストだったよ、赤羽くん」


 更にその背後で新たに受け取った式符で二体目の使い魔を呼び出し、滝のような汗を流しながら膝を突く善幸とそんな彼を誉める矢島の姿があった。

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新卒祓魔師の悪魔祓い~やべー悪魔に取り憑かれたけど内定貰えました~ アラサム @maskmanEX

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