第13話 鬼

「鬼って……」


「言葉通り、御伽話に出てくるあおの鬼さ。赤羽くん、伊織ちゃんと一緒にいた時も一つ目の悪魔を見たでしょ?アレと同じ種類だよ」


「アレと同じ……?」


『…………』


 矢島の説明に目一鬼に襲われた時のことを思い出しながら善幸が呟くとその声に反応して眼前の悪魔……鬼がギロリと睨み付ける。


「……ッ!

 その瞬間、背筋を尋常じゃない怖気が走り抜けた。

 体格だけで言えば牛鬼よりも圧倒的に小さく目一鬼と大して変わらない筈なのに目の前の悪魔は他2体とは迫力がまるで違う。


 恐怖によって身体を硬直させてしまう善幸を見た矢島はその肩を軽く叩きながら安心させるように声を掛ける。


「まぁ、心配しなくても大丈夫さ。こう見えて僕、結構強いから」


「は、はい」


 矢島の言葉に善幸はハッとする。


 そうだ、心配する必要は無いのだ。

 目一鬼に襲われた状況に比べれば今は祓魔師が二人、しかも矢島は伊織や渚の上司だと言うのだから相当な実力者の筈だ。


 ここは矢島に任せて自分は大人しく控えていよう。


「よし、それじゃ————」


「待って」


 手袋を嵌め直した矢島が悪魔を祓うべく一歩前に出ようとしたところで渚に呼び止められる。


「ん?どうしたの、渚ちゃん?」


「矢島さんは出ないで。私1人でやるから」


「えっ?」


 その発言に思わず声を漏らしたのは善幸だった。


 てっきり2人掛かりで戦うとばかり思っていた善幸は渚のソロ発言に驚愕してしまう。


「……渚ちゃん、あの鬼は下手すると大魔レベルの悪魔だよ?今の君が1人で祓うのはキツいと思うけど」


 そして同じく驚いていた矢島も流石に不安に思ったのか、考え直すように渚に言う。


「上等。それにいずれ一等祓魔師になるなら避けては通れない相手でしょ?」


「まぁ、否定はしないけどね……」


 曖昧ながらも肯定する矢島の言葉を聞いた渚の行動は早かった。


 その全身に魔力を激らせ、魔力を激らせて戦闘準備を終えると渚は一度だけ視線を善幸へと向ける。


「……?」 



「矢島さんはそっちの悪魔憑きを見てて。私、1人で祓って見せるから」


「いや、ちょっと待っ————あ〜あ〜」 


 その視線の意味が分からず、困惑する善幸を無視して渚は視線を外すと最後にそう言って矢島の声を聞く前に勢いよく駆け出した。


「や、矢島さん行かせて良いんですか?」


「良くないよ。今の渚ちゃん、変に熱くなってるしまこのままだと負けるよ」


「な、ならすぐに加勢に行かないと……」


 というか呑気にため息なんか漏らしていてる場合では無いだろう。実力不足だと言うのなら今すぐに助けに入らなければいけないのではないか。


「……いや、折角だしこのまま少し観戦しようか」


「……は?」


*****


「はぁッ!!」


『………!』


 魔力による肉体強化によって一瞬にして鬼へと肉薄した渚は跳躍、そのまま落下の勢いを利用しながら先手必勝とばかりに袈裟に薙刀を振り下ろす。


『グフッ』


「……くッ」


 対する鬼は動揺することなくその強靭な腕を交差させると振り下ろされた刃を軽々と受け取めるとその凶相をニヤリと歪める。渚はその笑みに薄ら寒いものを覚えがら鬼の腕を蹴るとその反動で一度、距離を取る。


「あれでかすり傷……」


 今し方、自らが斬り掛かったことで鬼の腕に付いた切り傷を見つめながら渚は呟く。無論、仕留めると思っていた訳では無いが、それでも腕の一本くらいは奪うつもりで刃を振るった渚にとっては屈辱的な結果だった。


「これが大魔クラスの悪魔………」


 悪魔はその脅威の度合いに合わせて大きく5つよ階級に分けられている。


 最も脅威の低い幼魔から小魔、中魔、大魔、そして最上位である凶魔。今、渚が戦っている目の前の大魔クラスである鬼は彼女の祓魔師の階級を考えれば戦うことを格上の相手である。


 下手をすれば命さえ失いかねない蛮行。

 それでも渚がこうして武器を手に鬼に挑もうとするのはひとえに実績の為だった。


 少しでも多くの戦果を挙げる必要があった。一人前の祓魔師として周りを認めさせる為に、何よりも家の為に大魔の討伐実績は是が非でも欲しかった。


「炎環偃月」


 故にこそ、渚はあの鬼を祓うために魔術を発動させる。魔力を己の獲物へと流し込み、その刀身を赤く燃え上がらせる。


「……ふぅ」


 渚は心を落ち着ける為に息を吐くと改めて眼前の鬼へと視線を向ける。


 全身から濃密な魔力を放ってる緑色の鬼。魔力の総力に関しては自身の倍以上はあるだろう。基本的な身体能力に関しても悪魔であちらに分がある。


 となれば、こちらが唯一勝ることができるであろう要素は————。


『ゴァァアッ!』


「ッ!」


 渚の思考を遮るように砲弾のような勢いで鬼が咆哮を上げながら襲い掛かってくる。


 渚は咄嗟に身体を捻って迫ったきた拳を回避するとそのまま懐から一枚の符を取り出し、すぐさま放り投げる。


 放たれた符は鬼の眼前をひらりと舞うと次の瞬間、凄まじい爆音と閃光を放つ。


『グォッ!?』


 その一撃は人を凌駕する五感を有する鬼にとって聴覚と視覚を一時的に機能不全にする威力のダメージを与え、この機を逃さんと渚は炎を纏った薙刀を振るう。


 宙に赤い軌跡を描きながら鬼の身体に一つ、また一つと次々と熱を帯びた斬痕を刻み込む。


「フッ!」


『ォォオオッ!?』


 最初の一撃と違い、魔術によるブーストを受けた斬撃はしっかりと硬い鬼の皮膚を焼き切り、少しずつダメージを蓄積させていく。


『グォォオオオッ!!』


 けれど鬼もやられてばかりとはいかない。半狂乱状態ながらもその剛腕をブンブンと薙ぎ払うように振り回す。


 まるで癇癪を起こした子供のようにただの力任せに腕を振るうだけだが、それが鬼の腕力となれば話は変わってくる。


 不用意に腕に直撃すればそれだけで身体が千切れ飛ぶだろう。ただ腕を振り回すだけの攻撃がそれほどの威力を有していることに渚は理不尽さを覚えながらも更に畳み掛けるべく足を踏み出す。


「ハァアアッ!!」


 迫ってきた力任せの横薙ぎを伏せて躱すと鬼の懐にへと潜り込み、勢いよく薙刀を振り上げる。


『グガッ!?』


 渚の放った斬撃が脇腹から肩に掛けて炎の刃が走り抜け、火花が宙を舞う。衝撃で思わず仰け反る鬼を見て好機と睨んだ渚が更なる追い打ちを掛けようと薙刀を振リ回し——————身体を走り抜ける殺気に思わず足が動かなくなる。


『グォオオオオッ!!』


「しま…………きゃッ!!」

 

 大気を震わせる雄叫びと共に鬼の身体から魔力を帯びた暴風が全方位に放たれる。


 一瞬とはいえ足が竦み、動けなくなっていた渚は襲ってくる風を躱すことができず、正面から浴びてしまう。


 幾ら身体強化を施していようとも嵐並みの勢いを持つ風に耐えられる訳もなく、渚の足は大地から離れて宙を舞ってしまう。


『グォォッ!』


 そして相手はそんな彼女の隙を大人しく見逃す訳もなく、ここぞとばかりに回復してきた視界で渚を捉えるとその卓越した身体能力で跳躍。一瞬にして渚に肉薄する。


『ブォォオッ!!』


「ぐぅッ!?」


 獲物を前にして鬼は両手をガッシリと握り合わせるとそのままハンマーの如く振り下ろす。


 渚は咄嗟に薙刀の柄を盾のようにして防御を試みるも下手な鈍器よりも強固な鬼の腕の一撃を防ぐことは叶わず、バキリと音を立てながら折れる柄に絶望しながら渚は地面へと勢いよく落下した。

 


「ガバッ……はぁ……はぁ……」


 ———たった一撃でここまで……。


 たった一撃、加えて直撃は避けたというのに、それでも鬼の拳は渚の身体に甚大なダメージを与えていた。


「く……う……」


 衝撃によってクレーターのようになった地面に倒れ伏す渚は口から血反吐を吐きながらも何とか立ちあがろうと足に力を込める。


 そして、その手に折れて半分ほどの長さになってしまった薙刀を掴みながら何たか構えを取る。


『グフゥ…』


 対する鬼はニヤリと卑しい笑みを浮かべながらゆっくりと渚へと近付いていく。先程の攻防で力量差は把握した。


 あの女が自分に勝てることはない。故にあの女をゆっくりと嬲り、あの顔を絶望に染め上げながら殺してやろう。


 慢心と嗜虐心を抱きながら近付いてくる鬼に対して渚はその身体を恐怖で震わせながらも尚も戦闘の意思を見せる。


 そうだ、それで良い。

 それでこそ、嬲り甲斐が————


『グォッ!?』


 鬼のその思考は眼前の地面を突き破り、自身の身体を縛り上げようとする白蛇の出現によって遮られたのだった。

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