第12話 悪魔狩り
「ぐぉッ!?」
「痛つつ……」
車酔いのような感覚と身体に走る鈍い痛みに顔を顰めながら善幸は顔を上げる。
最初に訪れた時と同じ現実離れした不気味な赤い空。荒廃した土地。
そしてスカートから伸びた黒いタイツに覆れた蠱惑的な太腿と………。
「…………」
「…………」
自分が何を見上げているかに気付いた善幸の脳内に凄まじい警報音が鳴り響く。現に次の瞬間には善幸は顔の真横に薙刀が突き刺さり、思わず「ひっ!?」と情けない悲鳴を漏らしていた。
「堂々と人の下着を覗き見ようとするなんて……随分と余裕あるじゃん」
「待って待って。誤解だ、完全に事故だ、意図したことじゃないッ!」
渚の誤解を善幸が必死に解こうとしていると
「2人とも僕が知らない内に仲良くなったね」
「この状況をどう見れば仲良くなったと認識できるんですか??」
顔の真横に薙刀が突き刺さっているこの状況をどう見れば仲良くなったと思うのか。
善幸はこの状況を生み出した矢島をジト目で睨み付けるが当の本人は全く気にした様子も見せず、2人に近付く。
「渚、赤羽くんと仲良くするのも良いけど構えて。来るよ」
「仲良くしてないし……」
矢島の指示に対して渚は嫌そうに顔を歪めながらも薙刀を地面から引き抜くと指示に従い、構えを取る。
「赤羽くん、僕から離れないようにね。それから、よく見ておくように」
「見ておくって……何をですか?」
立ち上がりながら善幸が尋ねると矢島は笑いながら答える。
「勿論、祓魔師の仕事さ」
その直後、3人の周囲の地面から勢いよく何かが飛び出してくる。
『ギィィイッ!!』
不気味な唸り声を上げながら現れたのはギラギラと大きな口だけを頭部に付けたどこかミミズのような細長い身体を持つ悪魔たちだった。
「野槌だね」
「はぁ、キモ……」
現れた悪魔たちの名を呟く矢島の横で渚は気怠げ口調とは裏腹に薙刀を一振りすると野槌に向かって勢いよく駆け出す。
『ギィッ!』
「はぁッ!」
口を大きく広げ、自分を喰らおうと襲い掛かってくる野槌を鋭い眼光でを睨み付けながら薙刀を一閃、その頭部を宙へと斬り飛ばす。
『ギィイイッ!』
「キモい、近寄るなッ!」
紫色の血飛沫が飛散する中をアクロバティックな動きで駆け抜ける渚は不愉快だと言わんばかり叫びながら更に2体、襲い掛かってきた野槌の頭をすれ違い様に斬り飛ばす。
「…………」
次々に悪魔を斬り捨てながら駆ける渚の様子を善幸は啞然とした表情を浮かべながら見つめていた。
「どうかな、赤羽くん?祓魔師の仕事を真近で見た感想は?」
「感想……って言われても」
矢島から感想を求められるが、渚の演武染みた動きに善幸には凄いという小並の感想しか出てこない。
「というか雨島さんって、もしかしなくても未成年ですよね……?」
「そうだね、何なら学生だよ」
「学生なのにこんな危ないことしてるんですか?」
伊織の時にも感じたことだが、どう考えても少女がして良い仕事じゃない。
「こんな荒事、自衛隊の方とかにお願いした方が良いんじゃ………」
「残念ながら彼らの大体は祓魔師にはなれないよ」
「どういうことですか?」
「祓魔師になる為の最低条件、その身体に魔力を宿していることだからさ」
「魔力?」
首を傾げる善幸に対して矢島はいつの間に着けたのか、黒い手袋に覆われた手を広げる。
「………うおッ!?」
ボッと広げた矢島の手から突然、炎が湧き上がり、善幸は驚きのあまり思わず仰反る。
「な、何ですかこれ?」
「これは魔術。まぁ、悪魔を祓う為の術だとでも思ってくれればいいよ」
「魔術………」
ゲームや漫画の中でしか聞かないような単語群にいよいよ現実離れしてきたなと思いながら善幸は引き続き矢島の説明に耳を傾ける。
「でだ、今みたいな魔術を扱う為には魔力が必要になるんだけど、大多数の人間は魔術を扱えるだけの魔力を宿していないんだ」
「多分、俺も宿してないと思いますけど……」
少なくとも善幸自身は生まれてこの方、魔力なんて存在を感じたことなど無かった。
「だろうね。赤羽くん自身にそれほど魔力は無いと思うよ」
「えっ、なら……」
「けど君はオロチに憑かれたからね」
疑問を口にしようとした善幸の言葉を遮って矢島は答えを述べる。
「悪魔憑きになった者は憑かれた悪魔の魔力もその身に宿す。つまり、君の身体には既に並の祓魔師を凌駕するオロチの膨大な魔力があるんだよ」
「オロチの魔力が、俺の中に……」
「ま、今は強めの封印を掛けて大半の魔力を抑えてけるけどね。それでも、赤羽くんがしっかりと訓練をすれば…………」
『ギィイイッ!!』
「……へ?」
矢島が喋っている途中で善幸の真下の地面から小型の野槌が現れ、そのまま彼を捕食せんと顔目掛けて飛び掛かってくる。
「…………」
間近に迫ってくる野槌のグロテスクな口内を善幸が唖然としながら見つめていると視界外から炎が飛来し、野槌の身体を燃やす。
「この程度の魔術なら普通に扱えるようになるよ」
「…………」
魔術を放った矢島はそう言って視線を善幸へと向けると彼は地面にへたり込み、放心した様子で焼け焦げた野槌の姿を見つめる。
「大丈夫、赤羽くん?」
「……腰が抜けるかと思いましたよ」
矢島が確認をするようにもう一度、声を掛けるとようやく再起動した善幸は返事をした後にプルプルと足を震わせながらゆっくり立ち上がる。
「……というか矢島さん、危険は無いって言ってませんでした?」
「祓魔師基準じゃ今のは危険の内に入らないよ」
「えぇ……」
というか最初から一般人基準で話してよと内心で文句を口にする善幸を他所に矢島は懐から一枚の札のような紙を取り出す。
「じゃあ、これ。大丈夫とは思うけど不安なら護身用に持っておくと良いよ」
「何ですか、この中学生が書いたような紙切れは?」
「今、しれっと全ての祓魔師を敵に回す発言をしたね」
厨二病を拗らせた少年の落書きにも見えなくない札の文字を眺めながら善幸が呟くと矢島は呆れながら渡した札の説明を始める。
「これは護符だよ。僕が組んだ防御術式を仕込んであるから、攻撃受けそうになったらそれを盾みたく掲げて。野槌とかの低級悪魔の攻撃くらいなら余裕で防げるから」
「…………」
矢島にそう言われ、善幸は受け取った護符を訝しげに見つめる。こんな紙っぺら一枚で悪魔の攻撃を防げるとはとても思えない。不安しかない。
「まぁ、この調子なら使うまでもなく終わりそうだけどね」
「……確かにそうですね」
矢島の言葉に視線を渚へと戻した善幸は頷く。
飛び掛かってきた野槌を踏み台として宙を舞い、自身の身の丈以上の薙刀を軽々と振るって襲ってくる悪魔を斬り刻んでいくその姿はまるで劇の舞台でも見ているかのような錯覚を覚える。
「ちなみに赤羽くんにもあのくらいは出来るようになって貰う予定だから」
「えっ、嘘ですよね?」
「マジマジ。野槌なんて悪魔の中でも雑魚も良いところだからね。あれくらい無双して貰わないと」
矢島の発言に冗談だろうと聞き返すも肯定の言葉を返され、善幸はそのまま言葉を失ってしまう。
———いや、あれくらいって………絶対無理だろ……。
矢島が雑魚と言う悪魔にすら腰抜かしている自分が渚のようになれる訳が無いと善幸が静かに絶望している中、悪魔を殲滅し終えた渚が髪を揺らしながら軽やかに地面に着地する。
「ふぅ………」
「お疲れ〜。いい動きだったよ、渚」
無事に任務を終え、どこか気怠げにため息を漏らす渚に矢島がニコニコと笑みを浮かべながら労いの言葉を掛ける。
「本当にそう思ってます?」
「思ってる思ってる。何ならそろそろ二等祓魔師の推薦をしてあげても良いよ」
「…………」
矢島の話を胡散臭そうに聞いていた渚は二等退魔師への推薦を聞いても尚、その表情を変えることは無かった。
「…………」
そんな2人の自然体といった様子を見つめながら善幸は静かに感心していた。
こんな場所で落ち着くことができるのは二人が歴戦の祓魔師だからなのか。とてもでは無いが、善幸は気を緩めることなどできなかった。
「…………え?」
だからこそ、彼は渚の背後で空気が不自然に揺らいだことに気付くことができたのだろう。
「………ッ!」
あまりにも一瞬だったこと、加えて同じ方向に視線を向けていた筈の矢島が何一つ反応を示さなかったことも相まって善幸は一瞬、自分の見間違いを疑うが嫌な予感を拭い切れず、気付けば駆け出していた。
「……え?」
突然、駆け寄ってくる善幸に思わず身構える渚の隣をそのまま駆け抜けるとまるで彼女を守るかのように立つ。
「ふッ!」
そしてよく考えれば俺より強い彼女を守る必要は無いのでは?と半ば反射的な自身の行動に善幸は後悔しながらも覚悟を決めると眼前から迫って来るナニカに対して矢島に言われた通りに護符を盾のように掲げる。
その直後だった。
「うぉッ!?」
まるでトラックでも突っ込んできたのかと思うような衝撃が護符越しに伝わる。
恐らくこの護符の効果で衝撃は和らいでいるのだろう。けれど、それでも護符越しに伝わる衝撃は善幸が到底耐えられるようなものではなく、踏ん張れなくなった足が地面から離れ、そのまま身体が宙を舞う。
「おっと」
浮遊感に襲われた善幸はこのまま地面に叩きつけられるのだろうかと考えているといつの間に回り込んでいたのか矢島に優しくキャッチされる。
「あ、ありがとうございます」
「いいや。それよりも今のは良い反応だったよ。やるね、赤羽くん」
矢島は善幸をゆっくりと下ろすと驚きと感心が入り混じったような表情で彼の先程の行動を称賛する。
「いえ、なんか空気が揺らいだような気がして……」
「なるほど……。祓魔師の才能あるね、赤羽くん」
「へ……?」
それって一体どういう意味だと尋ねようとした直後、轟音と共に二人の真横を何かが通り過ぎていく。
何事かと思い、善幸が視線を向けると土煙を巻き上げながら吹っ飛んできた渚が口の端からたらりと血を流しながら着地していた。
「これ、もしかして試験だったりします?」
「いや、残念ながら違うね」
口元の血を拭いながら尋ねてくる渚に矢島は苦笑を浮かべながら否定すると現れた悪魔に視線を向ける。
「鬼か……面倒臭いな」
緑がかった肌に頭部から生えた金色の角、筋骨隆々の肉体を見せつける悪魔を見た矢島はそう呟くのだった。
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