第三話

 そして、数時間後。

 冷やして固まったチョコレートを取り出したお姉様は、予定通りニーナさんの元へそれを運んでいった。

 事情を打ち明けられた本人も喜び、食べさせて欲しいとお姉様にねだる。

 お姉様は照れくさそうに、ピンク色のチョコレートボールをニーナさんの口許くちもとに差し出した。

 あーん、と頬張って味わう彼女の表情に、悪い意味で変化は見られない。

「どうかな……程好ほどよい味になっているといいんだが」

「――うん、甘すぎなくておいしいよ、すごく!」

「本当か!? よかった……!」

「すげえ、奇跡だな!」

「うわぁ、ニーナいいなー! ロベルタ、私にもあーんしてくださいっ」

「ふふ、仕方ないな」

 調理中に私がお姉様の挙動から一瞬たりとも目を離さなかったのが、功を奏したのかもしれない。合間の細かい助言も欠かさなかった。お手伝いした甲斐があったというものだ。

 ユリアちゃんがお姉様からチョコレートを受け取る間、私はニーナさんのそばに歩み寄った。

「ニーナさん。私も、おひとついただいてもよろしいでしょうか」

「うん、どうぞ」

 四角い小箱に整然と並べられたうちの一個をつまみ、いただきます、とそっと口に運ぶ。魔物の顔を模した部分の小さな木の実が口の中でぷちぷち弾け、仄かな甘い果汁がチョコレートとも混ざり合った。噛み応えも硬すぎもせず、とろりとろりと舌の上でとけていく感覚が楽しい。

 ――これが……お姉様と私で作り上げたチョコレート……!

 今までの人生で食べたどんなチョコレートよりも、ずっとおいしい。もう二度と出せない味なのではないかと錯覚してしまいそうになるほどに。

 ニーナさんとキュイさんが、顔を見合わせて笑った。

「サーシャさんが、ロベルタにいろいろ教えてくれたおかげだよ」

「いえ……ほとんどの作業は、お姉様がご自分でやっておられましたし。私がお手伝いしたのは、ほんの些細ささいな部分です」

「それでも、すげえよな。あのロベルタの料理が、ここまでうまくなるなんてよ。アタシも、ちょっと見直したぜ」

「キュイさん……」

「オマエのことだからてっきり、ロベルタのチョコにこっそり睡眠薬とか惚れ薬でも混ぜるんじゃねえかと思っ――」

「魔鳥のチョコレート漬けというのも、存外いい味になるかもしれませんね」

「ひぃっ……!」

 お姉様のご寵愛ちょうあいを受けているからといって調子に乗らないで、鳥ごときが。

 キュイさんをにらむ私の肩に、まあまあ、と苦笑したニーナさんの手がぽんと置かれる。

 そして、振り向いたお姉様が私に微笑みかけてくれたから、怒りなんて一瞬で吹き飛んだ。


「君のチョコも、また楽しみにしているよ、サーシャ」

「はい……頑張ります、お姉様……!」


 愛情という名の調味料は、いつだってあなたのために用意しているのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋愛調味料 蒼樹里緒 @aokirio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説