第18話 反省の掃除
「で……なんで当たり前のように名張さんが?」
掃除に協力してくれるのは嬉しいのだが、俺たちより先に到着して掃除用具の準備までしているなんて、感謝より先に罪悪感が湧いてくる。
「……千世に呼ばれたから」
「呼びました♪」
目元に横ピースを添え、元気一杯に自白する天之川さん。
やっぱり、全然反省してないわ。この人には一週間と言わず、一年ぐらい素手でトイレ掃除させればいいんだ。
……いや、その場合も名張さんが手伝ってそうだからやめよう。流石にあまりにも気の毒すぎる。
「名張さん……いくら友達だからって、断ってもいいと思うんだけど?」
「……断りたかったら断るからいい。これはギブ&テイクだから」
「何かメリットがあるってこと?」
「お互いに、相手に頼み事する時は、自分も相手の頼みごとを叶えるって約束してるの。だから……これを手伝えば今度は私が千世を顎で使える」
「そういうこと~」
一応、対等な取引という形にはなっているらしい。
……本当かな? 天之川さんに良いように使われてるようにしか見えないんだけどなぁ。
「ちょいちょい、今失礼なこと考えたでしょ?」
「別に。ただ、こんなワガママアイドルと友達やってるなんて、名張さんは優しいんだなと思っただけだよ」
「バリバリ失礼じゃん⁉ どこが別に、なの⁉」
「……そう、私は優しい。千世には今度、私のおススメ小説を十冊読ませて、感想文を原稿用紙百枚書かせる」
「全然優しくない⁉」
天之川さんはジタバタと暴れて文句を言っている。俺が思っていたより、二人は対等な関係らしい。
「さぁ、サッサと掃除しよう。私は早く図書室に戻りたい」
「そうだな。俺も今日は図書室に寄りたいし……」
「ホント……⁉」
「お、おう……前に渡された本。アレの続きを読もうかと」
天之川さん相手には罰ゲームみたいな扱いになっているが、俺は名張さんのおススメ小説を十冊読んで、感想文を書くのも苦じゃない。むしろ大歓迎だ。
小説を読んでいる間だけは、影も形も見えない、忘れてしまった過去の自分に戻っている気がして落ち着く。俺の趣味は以前から、読書だったんだろうな。
……あるいは、名張さんが近くにいるから……? 図書室で本を読んでいる間はあんなに心が安らぐのか……?
俺の婚約者探しは全く進んでいない。
ショコラに校内の恋愛事情を聞く作戦も、ショコラの正体がこの気まぐれアイドルだったと判明して破綻した。こいつに聞いても、あんま当てにならない気しかしないからな。
「……あ、ところで天之川さん」
「何?」
「例の件は……黙っておいてくれてる?」
彼女には、俺が記憶喪失になったことを打ち明けてしまっている。他の誰かに話されると面倒なので、口止めしておいたのだ。
「ああ、大丈夫。誰にも言ってないよ。忍にもね」
「……不安だなぁ。口が固そうには見えないんだけど」
「心外だね。私が約束を守る女だってことは、青斗もよく知ってるでしょ?」
そういえばそうだな。彼女は四年前、俺によく似た人物とした約束を果たしてトップアイドルになったんだった。
彼女は気まぐれではあるが、一度約束したことは必ず有言実行する。そこに関しては信頼してもいい。
「それで、そっちは何かわかったの? 私の婚約者について」
「あぁ……いや、ごめん。あの件についてはわからない。あの写真の人が誰なのかもわかりそうにない」
「そっか……いや、仕方ないよ。記憶喪失って大変そうだもんね。けど、何かわかったらすぐに教えてね。私、あの人にお礼言わなきゃいけないんだから」
「ああ、約束する」
「それにしても……霞青斗……確かにそういう名前だったと思ったんだけどなぁ」
「兄弟だとしたら、似た名前だった可能性はあるかもな」
「うーむ……駄目だぁ。自分の記憶が信頼できなくなってきた」
四年前に一度会ったきりの人の顔や名前なんて、曖昧になって当然だ。写真が残っていたのが奇跡的とすら言える。
「……二人とも、口を動かしてないで手を動かして。いつまで経っても終わらない」
名張さんに注意され、黙々と掃除に取り組み、何度か脱走しようとする天之川さんを引きずり回しながらも、一時間ほどして掃除を終えたのだった。
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