第13話 第二の転校生

 天之川千世──調べてみると、想像以上に有名な人のようだ。ネットを中心に活動しているアイドルで、投稿している動画は軒並み百万再生越え。歌唱力やパフォーマンス力も高く評価されている。


 ただ、ちょくちょく物議を醸すような言動を取るせいで、ファンも多いがアンチも多いようだ。


 記憶喪失のせいなのか、パソコンやスマホの使い方がよくわからなかったので、これらの情報は全て十文字さんに調べてもらった。

 当てにならないと言いつつ、さっそく頼りにしてしまっている。婚約者探しも重要だが、なるべく早く記憶を戻して、前までの生活に戻れるようにしないとな。


「それにしても、知れば知るほど謎だな……」


 トップアイドルがうちの学校の生徒とどうやら友人関係にあり、校内でドッキリ企画を撮影しているというところまではいい。いや、これ自体もかなり特殊な状況だとは思うが、絶対にない話でもないだろ。

 しかし、トップアイドルが俺の婚約者というのはよくわからん。もう全くもってよくわからん。謎が謎を呼ぶ謎の展開だ。


 アイドルって基本的に恋愛禁止なんじゃないのか? それなのに、恋愛どころか婚約してるアイドルなんているのか? 俺が知らないだけ? 実は結構いるの?


「────何をブツブツ言っとるんじゃい」


 不意に脇腹を突き刺された。隣の席を見ると、手刀を振りかざして得意げな顔をしている陽夏さんがいる。


「俺、声出てた?」

「出てたよぉ? アイドルがどうのこうのって。何? 今度はアイドルでも狙ってるの? そうやって妄想に浸るのはやめときなよ。それならまだ切石先輩の方が現実的だよ?」

「い、いや、別にアイドルを狙ってるわけじゃ……」

「じゃあ何? 女漁りは諦めて、アイドルの追っかけになったとか?」

「なってない。そもそも、俺を女に飢えた獣みたいな扱いにすんなって」

「いやぁ、出会って早々にクサいセリフで口説いてるところを見せられちゃねぇ」


 うぐ……二日前の俺め……浅はかな発想で下手なことしやがって。許せん。なぜもっと考えて、慎重に行動しなかったのか。


「……陽夏さんは、天之川千世って知ってる?」

「ん? もっちろん。知ってる知ってる。なんせ、私は今を時めく女子高生なんだから、流行のアイドルくらいそりゃもうバッチリ抑えてますよ。で、チセたんがどうかしたの?」

「実は……その人に婚約者がいるんじゃないかって噂を聞いてさ」


 本人に直接確認しようと思っていたことだが、その前に陽夏さんにも話を聞いておこう。

 陽夏さん自身も言っている通り、彼女は流行りものに詳しそうだ。ザッとネットで調べただけではわからなかった情報も、何か持っているかもしれない。


「こ、こ、こ、婚約者ぁぁぁぁぁっ⁉」


 校舎が宙に吹き飛び、教室がひっくり返りそうなほどの絶叫が、彼女の喉から放たれる。


「────なぁんてね。その噂は私も知ってるよん」

「……ちょっ、ビックリしたぁ。やめてよ、またヤバいこと言ったかと思ったじゃないか」

「いやぁ、散々擦られたゴシップを真剣な顔で言うからさ。からかってあげたくなっちゃったよ」


 陽夏さんはペロリと舌を出し、一切反省の色の見えない謝罪をする。


「散々擦られた? どういうこと?」

「デビュー直後くらいのチセたんのキャラ設定でね、どこか遠い所に婚約者がいるっていうのがあったんだよ。ほら、新人アイドルって勢いで変な設定盛ることあったりするじゃん?」

「そ、そうなの?」

「そうなの。でも、それがとんでもなく不評でね。当たり前だよね、婚約者がいることを公言してるアイドルなんて売れるわけないし。だからあっという間に公式プロフィールから消されたってわけ」

「へぇ……そんなことが……」


 婚約者はあくまでも設定ということか? だったらなんで俺のことを婚約者呼ばわりしたんだろう……? アレもドッキリの一環? 

 それにしては、協力者で気心知れてるはずの名張さんも困惑してたよな。カメラも止めてたみたいだし……。


「でも、これって本当かどうかわからないんだよね。ファンの中で語られる都市伝説的な扱いでさ」

「……どういう意味だ? 公式プロフィールに載ってたなら、誰だって確認できるわけだし、明らかな事実なんじゃないのか?」

「言ったでしょ? もう消されてるって。残ってたのは活動初期の一瞬だけ。スクショがあるにはあるけど、今の時代画像の加工なんて楽勝だし、真偽を確認する術はない。つまり、本当のことを知ってるのはほんの一握りの超古参ファンだけなんだよね」

「目撃者が少なすぎて、信憑性が低いってことか。あんなに人気のアイドルでも、初期はファンが少ないんだな」

「当たり前でしょ。ライブ開いても、知り合いしか来ないみたいなとこから、地道に駆け上がってるんだよ。天之川千世は結構順調に人気伸ばしてった方だから、ぶっちゃけそんなに苦労してなさそうだけど、それでも大変だったはずだよ? ライブ前の密着ドキュメンタリーなんか見た時は、私も感動しちゃったよ。危うくアイドルオタクになるとこだった」


 初期にあった婚約者設定……それが俺を婚約者扱いしたことと何か関係があるのだろうか。

 しかし結局のところ、噂の域を出ない話だ。本人に確認しないと真偽はわからないというのは変わらない。


「もう一度名張さんに仲介してもらうしかないかな……」


 また天之川さんに会いたいなんて言ってもそう簡単にはいかないと思うが、そこはどうにかして説得しないとな。


 そんなことを考えていると、先生が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まった。


「────はい、全員席着け。今日は転校生を紹介するぞ」


 突然の発表に教室内がざわつく。俺が転校して来てからまだたったの二日しか経っていないというのに、もう次の転校生が来るのか。

 転校生属性でチヤホヤされる間もなく、上書きされてしまうわけだな。クソ、こんなことなら婚約者探しを後回しにしてでも、チヤホヤしてもらえる内にチヤホヤしてもらうんだった。


「おい、入っていいぞ」


 先生の指示に従い、一人の女子生徒が教室に入って来る。


 その姿を見た途端、どんな人が来るのかワクワクしながら待っていたクラスメイト達が、一人残らず大口を開けて固まった。


「初めまして! 皆のアイドル兼霞青斗の婚約者、天之川千世です! 気軽にチセたんって呼んでね♪」


 俺は名張さんが言っていたことを思い出す。千世の相手をする時は、よくわからないのが基本だから────彼女はそう言っていた。


「それにしたって無茶苦茶だろ……」


 このアイドルの行動は、俺の予想なんか遥かに超えて理解不能だ。

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