第12話 二重の婚約
「────婚約者を見つけた?」
これには流石の十文字さんも驚いたようで、瞳孔が僅かに開く。逆に言えばそれだけのリアクションで、すぐにいつも通りの無表情に戻った。
「恋愛相談をしに行ったら、有名なアイドルが出て来ました。それで、ドッキリの企画を撮ってるとか言って、しかもそいつが俺の婚約者を自称してて、でも記憶喪失のことは何も知らないみたいで、変だなって思いました」
「…………何を言っているのかよくわかりません。とりあえず、小学生の絵日記みたいな喋り方をするのはやめてください」
「俺だってよくわかってないんだよ!」
改めて状況を整理しつつ、今日あったことを一から説明した。馬乗りされた挙句に家に連れ込まれそうになったことは、何となく恥ずかしいので言わなかったが、それ以外のことは事細かに話した。
「────ふむふむ、なるほどなるほど」
話を聞き終えた十文字さんは、数回大きく頷く。
「では、その天之川千世が婚約者であるということで、ファイナルアンサー?」
「待て待て待て、まだそうと決まったわけじゃない! 言ってますよね? おかしな点がいくつもあるって!」
「ですが、本人が婚約者だと言っているのでしょう? なら、可能性は極めて高いのではないですか?」
今日の彼女はどうも投げやりで、雑な態度だ。俺の婚約者探しに協力できないにしても、もう少し真剣に話を聞いてくれてもいいのに。
「私は立場上、アドバイスはできません。ですが、これだけはお伝えしておきましょう。あなた方の婚約を知るのは、ほんの一握りの人間だけ。情報の漏洩はないと断定してもらって構いません」
「つまり、俺に婚約者がいるのを知っている時点で、婚約者本人かそれに近しい人物であるということは確定的だと?」
「もちろん、あなたが二重に婚約をしていた場合は話が別ですが」
「まさか、そんなわけ……」
え、ないよな? ……あるのか? でも、誰も嘘を吐いていないのだとすると、そうとしか考えられなくないか?
あ、もしかして、十文字さんが不機嫌なのはそれが理由か? お嬢様以外の婚約者が現れたから?
「俺がそんな不誠実な男だとは考えたくないんですけど……」
「だとすると、その方があなたの探し人であると考えるしかありませんね」
「……でも、じゃあ、なんで俺の記憶喪失を知らないんだ?」
「知らないと言ったわけではないのでしょう? 思い込みで判断しすぎなのではないですか?」
確かに、言われてみればそれもそうだ。自分の正体を隠すために、あえて自分から婚約者を名乗って、不自然な発言を連発し、候補から外れようとしていると考えることもできるじゃないか。
ほら、推理小説で自分から犯人を名乗り出す人は十中八九犯人じゃないし、それを逆手にとって逆に犯人ということも……。
「あぁ? でも、あの人はうちの学校の生徒じゃないって言ってたぞ? それだと前提条件に反するような……」
婚約者がいるからこそ、俺はあの学校に転校したんじゃなかったのか? あの学校の女子生徒の中から探せって話だったし。
「私のことを信じるのならそうでしょうね」
「……え? あなたが嘘を吐いてる可能性もあるんですか?」
「さあ? どうでしょう? 私の口からは何とも」
この人……マジで当てにならないな。家事をしてくれてるのはメチャクチャ助かるけど、婚約者探しにおいては頼りにしない方がよさそうだ。
となると、真実を知るためにはやはり本人に直接確認するしかないか。次にいつ会えるかわからないが、今度話を聞ける機会があったら、記憶喪失のことを打ち明けてでも詳しい事情を聞き出してやる。
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