第11話 婚約者はトップアイドル
自分の中で、まだ整理がついていない。大量の情報を一度に投入され、完全に脳みそがフリーズしてしまっている。
えっと……つまり……どういうことなんだ? 結婚を約束した? この人が? 誰と? 俺と?
ってことは、俺の婚約者……? なんでだ? なんで自分から白状した? 俺の婚約者は正体を隠すはずだろ?
わからん……全然わからん……一度も勉強したことの無い科目のテストをいきなり受けさせられている気分だ。何一つ頭に入ってこない。
「今の音は────ッ⁉」
騒音を聞きつけて部屋に入って来た名張さんが、眼前の惨状に硬直する。
そりゃそうだよな。あれだけ絶対に詮索するなと言っていた相手が、カーテンを突き破って馬乗りになっているんだ。顔を見てしまったどころの騒ぎじゃない。
「な……何を……⁉ とりあえず警察に……」
「ま、待て! 早まるな‼」
「え、じゃあ……消防?」
「そうじゃなくて! 一旦落ち着け‼」
そうだ。一旦落ち着け。慌てている名張さんを見て、一旦冷静になれ。
俺にのしかかっている少女────天之川千世と名乗った彼女は、こうして見ると同じ世界の住人とは思えないほどに整った顔立ちだ。
美醜の基準は人それぞれとはいえ、彼女を醜いと評する人間など存在しないと断言できる。
溢れ出るカリスマ性は、クラスの人気者という域を優に超越している。国民的大スターと呼ばれるような人と同じレベルか、あるいはそれ以上に人の目を惹きつける圧倒的な存在感の持ち主だと言っていい。
要するに、余計に意味不明なんだ。なぜそれほどまでの美少女が、俺にまたがっているのか。そして俺のことを知っているのか。
「どうしたの? 青斗? 私のこと、わからないの? そっか、私たち、会うの久しぶりだもんね」
久しぶりどころか、記憶がないんだよこっちは! 完全に初対面だ。どう挨拶していいのかもわからん。
「千世……そ、そんな、男子と密着なんてしてたら……」
「あはは、大丈夫だよ。もうとっくにカメラは止めてるから」
「でも……」
「それより、この部屋に誰も入れないでね? 私がここにいるってことが知られちゃったら、企画がパーだから」
二人は何の話をしているんだ。カメラ? 企画? 何のことだかサッパリわからない。俺を置いて行かないでくれ。あと、俺から降りてくれ。段々足が痺れてきた。
「きゃは、青斗驚いてる? そうだよね。そうだよね。私も驚いてるよ。まさかこの学校に青斗がいるなんて思ってなかったから」
「さ、最近、転校して来たんだ」
「へぇ~そうなんだ。偶然だね! 私も、最近この学校でドッキリ企画を始めたんだよ!」
「……ドッキリ企画?」
よく見れば、彼女の服装は制服じゃない。俺はファッションに疎いのでよくわからないが、雑誌で見るようなとにかくお洒落な格好だ。
「……ここの生徒じゃないのか?」
「そ、私、約束通りアイドルしてるから。高校は芸能系のとこ行ってるよ。ここには動画の企画で来てるだけ。忍に協力してもらって、こっそり学校に潜入して正体隠したまま恋愛相談するっていうドッキリ企画だよ」
……アイドル? アイドルだと? 確かに、彼女からは芸能人特有のオーラというか、輝かしさみたいなものを感じるが……いきなり言われてもいまいちピンとこないな。
「……知らないの? 天之川千世って言ったら、結構有名だけど」
依然として寝転がったままの俺に、名張さんがスマホの画面を見せてくれた。そこにはかなり大きめのステージの中央で、歌って踊って注目を集めている天之川さんの姿がある。
「マジでアイドルじゃん。うわ、マジかよ。画面に映ってる人が、現実にもいるって変な感じだな……いや、当たり前なんだけどさ」
「それより、婚約ってどういうこと? アレはただの設定だったんじゃ? 現役トップアイドルの婚約って……冗談抜きで大ニュースだと思うんだけど……」
「あーはいはい、そこまでねー。そこは私と青斗のプライベートだからさ。内緒ってことで。新聞部だからって、記事にしちゃ駄目だよ?」
内緒にしないでくれ~教えてくれ~俺もわかってないんだからさぁ~。
「……まあ、いいけど。私は企画に協力してる分バイト代もらってるし、壁新聞のネタにもしてるし、千世が無茶苦茶なのは昔からだし」
「えへへ、思い付きの企画手伝ってくれたのはマジ感謝だから!」
「都合の良い事ばっかり……」
名張さんは不満げな顔をしながらも、部屋から出ていった。律儀にも天之川さんに言われた通り、誰も部屋に入れないよう見張りに行ったみたいだ。
本当に苦労してそうだなあの人……そりゃ、趣味の話になると爆発するわけだ。そうでもしないとバランス取れないだろうからな。
「それにしても、青斗と再会できるなんて嬉しいよ。結婚の約束、私は今でも忘れてないからね?」
「あ、はは……そ、そうだなぁ……」
未だに状況は掴めていないが、わかったことはいくつかある。
この人は、俺と昔婚約をしているということ。そして、俺の記憶喪失を知らないということだ。
俺の婚約者は、俺が事故で記憶を失っていることを知ってるはずだよな? じゃなきゃ会いに来ない理由がない。
婚約者だけど……知っているはずの事情を知らない? それに、俺がこの学校にいることを知らないのも変だ。
俺の婚約者はかなりの財力を持っている。それこそ、医療の限界を金の力でひっくり返すぐらいの圧倒的財力だ。
俺に請求されるのは二億だが、きっと実際にかかった費用はそれどころではないだろう。桁が二つか三つ違ってもおかしくない。
これは俺が婚約者を見つけ出す上で、重要な手がかりになる。それほどの額を動かせる金持ちなんてそうそういないからな。その点、トップアイドルなら当てはまる可能性はある。
だが、それにしても不自然な点が多すぎる。婚約者が見つかったと喜ぶのはまだ早いか。
「どうかな? 今日は再会を祝して、私の家に来ない? せっかくだからお泊り会しようよ。あ、でも、ちゃんと変装はしてね。撮られちゃうとマズいから」
「あぁ~えっと~今日は……忙しいから……」
「忙しい? 私との再会より大事なことがあるの?」
「い、いや、そんなことはないけど……ほら、急なことだし、いきなりは色々と問題があるかな~と。再会を祝すなら、日を改めてからの方がいいんじゃないかなって」
「……馬鹿、こういうのは勢いが大事なんだよ」
そう言って彼女は、俺の胸に頭を埋める。彼女の吐いた息が、シャツの隙間を通って俺の肌に当たっている。
段々、もう、ちょっと洒落にならない感じの体勢になってきた。実に不健全な流れだ。そろそろ止めないと、不健全どころか大人の階段を上ってしまう。
「あ、あの、天之川さん? 流石に、これは……その……」
「────天之川さん?」
その一言にピクンと反応し、彼女は素早く立ち上がる。その目はさっきまでとは別人のように鋭くなっていた。視線だけで心臓を貫かれそうだ。
「なにその他人行儀な呼び方? 私たちってそんな仲だっけ?」
「そ、そんな仲……じゃ、ないけど……ほら、その……」
「もういい! 私帰るから!」
「え、えぇ……」
「出て行って!」
半ば追い出されるような形で、部屋の外へと転がり出た。すると外では、気怠そうな目をした名張さんが出迎える。
「……あれ、婚約者との再会は終わり?」
「なんか……よくわからないことになってるんだけど」
「大丈夫、千世の相手をする時は、よくわからないのが基本だから」
「……何が大丈夫なんだ? それ?」
自称婚約者に出会えたのはいいものの、台風のようにかき回された挙句、わからないことが余計に増え、前進したのか後退したのかよくわからないまま、婚約者探し二日目が終わった。
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