第10話 ショコラの恋愛相談室
「ショコラに会う前に、言っておかないといけないことが山ほどある」
ショコラを紹介してもらえる約束を取り付けたが、即会わせてもらえるわけではないようで、名張さんによる事前説明会のようなものが始まった。
「山ほど?」
「山ほど。彼女は取り扱い注意だから」
「取り扱い注意って……」
「そもそも、彼女の正体は本人の希望で固く口止めされてる。会わせてあげることはできるけど、顔は見せられないし、名前も教えられない」
「そうなのか? まあ、話が聞ければ俺としては問題ないけど」
校内の恋愛事情を把握して、婚約者の候補を絞りたいだけだからな。ショコラという人物と対面すること自体が大事なわけじゃない。
「……そんなに恋愛相談がしたいの?」
「ああ、こう見えて悩んでるんだ」
「ふぅん……好きな人でもいるの?」
「そう、いるらしいんだ。好きな人が」
「……らしい?」
恋愛関係で悩んでいるのは事実なんだし、いっそ本当に恋愛相談してみるというのもアリなのかもしれないな。
しかし、この特殊な悩みを相談して、まともな答えが返ってくるわけもないか。秘密を明かすリスクを負うだけで、特にメリットはなさそうだ。
「……まあいっか。相談者のことは詮索しないのがルール……私は恋愛なんて興味ないけど、あのコーナー人気だし、しばらく続けたいから……あなたにもちゃんとルールは守ってもらう」
「もちろん、頼んだのはこっちだからな。ルールがあるならそれに従う」
「本当に?」
名張さんの疑うような視線が、俺の瞳の奥底まで探ろうと覗き込んでくる。
「ショコラは気難しくて、機嫌を損ねると相談を受けてくれなくなるかもしれないから……ちゃんと約束して」
「お、おう……大丈夫。それで、肝心のルールっていうのは?」
「それを今から説明する」
コホンとひとつ咳ばらいを入れる名張さん。真剣な空気に、俺は思わず背筋を伸ばして姿勢を正す。
「一つ、ショコラのことを詮索しないこと」
「うん」
「二つ、ショコラのアドバイスを否定しないこと」
「……うん」
「三つ、ショコラの自慢話は絶対に遮らないこと」」
「ん?」
「四つ、ショコラの前でショコラ以外の誰かを褒めないこと」
「ちょっと待て」
「五つ、一回の相談の中で、ショコラが世界で一番可愛いと三回は言うこと」
「ちょっと待てって‼」
感情の無い死んだ目で、流れるようにルールを語っていく名張さんを、大声を出して強引に止めた。
「……何? まだ話の途中なんだけど」
「いや、おかしくない? 恋愛相談のルールだよね? 山奥の村のカルト的な因習の話とかじゃないよね?」
独自ルール多すぎてメチャクチャ怖いんだけど。このルール聞いた後で恋愛相談したくなるやつなんているのか?
「言ったでしょ、ショコラは気難しいの。このルールが守れないなら、会わせられないから」
「……何なんだ? 業界の大物なのか?」
恋愛事情に詳しい人に話を聞けたら、婚約者探しも楽になると思ったけど、そこまでして会いたいかと言われるとそうでもないな……けど、ここで引き下がるのもなんかなぁ……。
「一応聞いときたいんだけど」
「……何?」
「あの壁新聞って毎週作ってるの?」
「……うん、それが私の仕事だから」
「じゃあ、あの恋愛相談のコーナーも毎週あるってこと?」
「そうでもない。ショコラの機嫌が悪い時は相談を受けてくれなくて、記事が書けないから。でも、ショコラの恋愛相談室は人気コーナーだから、無いとクレームが殺到する。それを聞き流すのも私の仕事……」
名張さんも名張さんで苦労してるんだな……まだ高校生なのに、既に社会人十年目のような精神の領域に到達してるぞ。大丈夫なのか。
「ま、まあ……大体わかった。とにかく、その人の機嫌を損ねるなってことだな」
「要はそういうこと……もし、ショコラの機嫌が悪くなったら、霞くんが自分で責任を持ってご機嫌取りしてね。記事が書けなくなると困るから……」
「わ、わかった。なんとかするよ」
俺が首を縦に振ると、名張さんはスマホを取り出し、素早い指の動きで画面をなぞる。さっそく連絡を取ってくれているらしい。
「……運が良かったね。今から会ってくれるって」
「ほ、本当か⁉ 三か月の予約がどうとか言ってたのに」
「あんなもの、ショコラの気分次第だから」
本当に無茶苦茶なんだな……そのショコラって。その人に会うために、こうして名張さんと交渉したわけだけど、今さらながら不安になってきた。
「────そろそろいいかな。ついてきて、相談室に案内する」
一時間ほど時間を潰してから図書室を出て、俺たちが向かったのは新聞部の部室の隣にある空き部屋だ。恋愛相談をする場合は、毎回この部屋を利用しているらしい。
「もうショコラが待ってるみたいだから、あなたも早く入って。部屋の中央がカーテンで仕切られてるけど、絶対にその向こう側に行かないこと。ショコラの顔を見たら大変なことになるから」
「正体を隠すタイプの占い師的なものか……その方が色々話しやすかったり、雰囲気が出たりするもんなのかね」
「ショコラの場合は、顔を隠さないといけない事情があるから……って、そういうのも詮索禁止だから」
「わかってるわかってる」
俺は扉を開け、室内へと入る。中は名張さんの言っていた通り、カーテンが部屋を半分に仕切っていて、中央辺りに魔法陣のような装飾があり、その正面にくるように机と椅子が置かれている。
多分、ここに座れということなのだろう。魔法陣的なものは、よく見れば覗き穴が開いていて、目を近づければ向こう側の様子がわかりそうだ。
もちろん、こっちから向こうの様子を探るためのものではなく、ショコラが相談者の様子を探るためのものだろう。なので不用意に近づくのは絶対に駄目だ。
「よ、よろしくお願いします!」
相手の機嫌を損ねないためには、まずは挨拶だよな。就活かというほどハキハキと声を出し、直角に腰を下ろす。
「は~い、よろしくね~」
カーテンの向こうから声が聞こえてくる。これがショコラの声か。結構可愛らしいというか、印象的な声だ。
歌手か、役者か、あるいはアナウンサーとか、そういう声を使う仕事をしている人みたいな、通りの良さがある。
「それじゃ、さっそくだけど、名前を教えてもらえるかな?」
「はい! 霞青斗です! 精一杯頑張りますので、よろしくお願いします‼」
頑張るって何を? ってか何この挨拶? 部活?
名張さんに散々注意を受けたせいか、変に緊張しているみたいだ。声も思いっきり裏返ったし、これは逆に印象悪いか?
「霞青斗……? え、ホントに?」
「え? はい、本当ですけど?」
なんで? 疑われてる? 偽名だと思われてる?
「青斗? ……青斗⁉ 会いたかった‼」
ひたすら困惑していると、突如としてカーテンが膨らんで、俺に覆いかぶさってきた。不意の突撃に回避する余裕もなく、凄まじい物音を立てながら下敷きにされる。
「な……なんだ⁉」
気づけば、仰向けに転がった俺の上に少女がのしかかっていた。ショコラがカーテンを突き破り、俺にタックルしてきたんだ。
「い、一体何が……」
「ほら、私だよ私。昔、結婚の約束をした
「結婚の……約束……⁉」
何が何だかわからぬまま、思わぬ形で俺の婚約者が見つかってしまったらしい。
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