第8話 頼れる相手
記憶を失う前の俺と、今の俺は、女の好みが同じなのだろうか。もし同じなのであれば話はまだ簡単だ。普通に恋愛すれば、その相手は高い確率で婚約者になるわけだからな。
だが、違うのであれば面倒なことになる。そんな不確定で曖昧な要素に賭けるわけにはいかない。
ただ、恋愛という観点を軸に考えてみるのは悪くない。俺は記憶を失ってしまったが、婚約者の方は何も変わっていないのだから、彼氏持ちの女子は候補から除外できる。
また、最近まで彼氏がいた人も除外だ。俺たちが一体いつから婚約していたのかは知らないが、そこまで深い関係になっていたのなら、数か月程度の仲とは思えない。
花の女子高生、恋に憧れるお年頃、交際相手がいる生徒は少なくないだろう。つまりかなり人数を絞り込むことができるはずだ。
しかし、誰に彼氏がいるとか、誰に彼氏がいないとか、そんなことは転校生の俺にわかるわけがない。誰か情報通を頼らなくては。
「────今度は何? 彼氏がいない女子を教えてほしい?」
陽夏さんは、カエルやトカゲでも見るような目で俺を見ている。昨日の一件で相当嫌われてしまったようだ。
しかし、校内の恋バナに精通していそうな知り合いといえば、思い浮かぶのは彼女しかいない。
「頼む! どうしても知りたいんだ!」
「……そんなに知りたいの?」
「ああ、知りたい!」
「どうして?」
「俺に惚れてる女を探し出すためだ‼」
────教室から蹴り出された。
「駆け引きは俺にはできないってわかったし、素直な気持ちを伝えればいけるかと思ったんだけど……」
あの調子だと、余計に嫌われたっぽいな。どうしよう……他に頼れる人なんていないのに。
……でも、そういえば、陽夏さんは恋愛経験がないと言ってたな。だったら彼女も俺の婚約者候補の一人なわけで、そんな人を頼るのは危険か。
犯人を助手につけて、事件を捜査する探偵のようなものだ。いつまで経っても犯人は捕まらない上に、そんな様子を間近で犯人に見られることになる。これほど間抜けなことはない。
「頼るなら確実に俺の婚約者じゃない人……男子に聞くのがいいか。でも、男子って恋バナにあんま詳しくなさそうだな。だったら彼氏持ちの女子がベストか? いや、だからそれが誰かわからないんだって。もう、とにかく情報通な人ならいいか」
情報通といえば、生徒を束ねる学級委員長や生徒会か? ううむ、昨日の今日で生徒会室に踏み込む勇気はないな。
それに、情報通といっても、恋バナなんて下世話な噂はむしろそういう真面目系の生徒の耳には入らないだろう。
だからもっと、クラスの中心的人物でありつつ、友達が多く、親しみやすそうな人が良い。そういう立場の人が最も噂話に詳しそうだ。
「────って、これはもろ陽夏さんだよなぁ……」
候補者の一人ではあれど、彼女以上の適任が思いつかない。やっぱりもう一度教室に戻って、土下座でもして頼み込むか……?
「ん……これは……」
頭を抱える俺の目に、掲示板に貼られた一枚のポスターが映る。
どうやら新聞部が作った壁新聞らしい。校内でのちょっとしたニュースとか、部活動の記録なんかがまとめられている。
「へぇ~こんなのあるんだなぁ」
高校生の作ったオリジナルの新聞にしてはよくできている。文章は丁寧だし、レイアウトは綺麗だ。
今、俺がそうだったように、前を通りかかっただけで、自然と目を引くクオリティになっている。
思い付きで適当に作ったわけではなく、きちんと勉強して、真剣に取り組んでいることが一目瞭然だ。
「……ん?」
ふと、端の方に小さく書かれたコーナーに目が留まる。
「ショコラの恋愛相談室……?」
ザッと見た感じ、ショコラという人物が一問一答形式で、生徒からの恋愛相談に答えるもののようだが……待てよ? この人に話を聞けば、この学校の恋愛事情は大方把握できるのでは?
「おお、これは名案じゃないか⁉ 日頃から恋愛相談を受けてる人なら確実に情報通だ!」
しかし、誰だショコラって。そんな名前の人がいるのか? 少なくとも俺の知り合いではないな。そもそも俺の知り合いなんて片手の指より少ないけども。
「この新聞を作ったのは……名張忍って書いてあるな。これって、昨日図書室であった女子か。あの人、新聞部だったんだ」
新聞の制作者である名張さんなら、確実にこのショコラなる人物を知っていることだろう。紹介してもらえれば、俺の婚約者探しは大きく前進することになる。
「いや、落ち着け。落ち着くんだ霞青斗。あの人もまた候補者の一人……頼るのはリスキーじゃないのか?」
俺のことを知らないと言い、拒否感すら示したあの人。一言会話しただけで、即婚約者候補から外したが、今となってはあの判断は早計だったと言わざるを得ない。
婚約者は全力で正体を隠そうとするらしいので、あれぐらいの対応はしてきてもおかしくない。あの反応が全て演技である可能性だって否定し切れないわけだ。
まあ、けど、あれが演技なら大したものだがな。
あの目は明らかに俺のことを邪魔な奴だと思ってた。「クソめ! とっとと消え失せろ‼」みたいな顔してたし。……いや、自分で言ってて悲しくなるけど、本心だったとしか思えない。
だったら一応は安全……と言えるのでは?
「誰も信用できないなんて言ってたら話が進まないし、ここは一度、頼ってみることにするか」
彼女が昨日と同じ場所にいることに望みを託し、俺は図書室へと足を運ぶことにした。
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