第6話 生徒会副会長
生徒会室というと、どことなく近寄りがたいイメージがある。お堅いというか、秩序の番人というか。生徒会役員の肩書には、どこか躊躇してしまう権威的なものを感じる。
多分、俺はさほど真面目な生徒ではなかったのだろう。だから教師とか、委員長とか、生徒会とか、そういう秩序側の立場に、無意識に苦手意識を持っているのだ。
「しっつれーいしまーす」
しかし、陽夏さんにそんな意識など微塵もないようで、ノックもせず、ノータイムで生徒会室の扉を開け放った。
「────あら、いらっしゃい」
俺たちを出迎えたのは、長い黒髪の女子生徒。穏やかそうな垂れ目で、おっとりとした喋り方をしている。
突然部屋に二人組が入って来たのだから、もっと驚いたり怒ったりしてもよさそうなのに、彼女はどこか幸せそうな微笑みを浮かべていた。
「今日はどうかしたの? また勉強教えてほしいとか?」
「違う違う。ちょっとこの子が、人探しをしててね。私はそれに付き添ってるだけ」
「人探し?」
彼女の視線が、陽夏さんから俺へと移る。
「ほら、この人がさっき言ったゴリゴリのお金持ち。生徒会副会長にして、超超超超大病院の理事長の孫。
「もう~! 恥ずかしいからやめて~! ここではただの高校生だよ! 一応、家のことはあんまり人に言わないようにしてるんだからね?」
「もったいないよね~もっと自慢すればいいのに。そうすれば、今よりもっとモテるんじゃない?」
「そんなことに興味はありません。それより、人探しってどういうこと?」
この質問にどう答えるか、そして彼女がどう反応するか。この人が俺の婚約者かどうか見極めるには、そこが重要になる。
というか、どう考えてもこの人が最有力候補だよな……?
三百人ほどの女子生徒がいるといっても、ここはエリート校というわけでもない極普通の高校なのだから、何億という額を動かせるような財力を持った家の子供なんて他にいるわけがない。
だったらここは、思い切って鎌をかけてみるか? もうほとんど確定的と言ってもいいんだし、念のため最終確認を取るぐらいのつもりで聞いてみてもいいんじゃないだろうか。
「あなたを探してたんです。切石先輩。俺のこと────知ってますよね?」
誤魔化しや言い逃れができないよう、もう断定してしまおう。これなら彼女も認めざるを得ないはず。
記憶はサッパリ戻っていないが、婚約者を見つけ出すという目的自体は達成できているわけだし、セーフだろ。これで俺に借金が降りかかることもない。
「…………ごめんなさい。人違い、ではないですか?」
「あれっ」
予想外の返答に、俺の口からは自分のものとは思えないほど気の抜けた声が出た。
「え、嘘? アレ……ですよね? ほら、俺の……こ、婚約……者……的な」
「婚約? 私と、あなたが? これは……私は今、口説かれているのかしら? だったら他を当たって? それと陽夏、あなたはこのためにわざわざここへ来たの?」
「いやぁ……こんなこと言い出すなんて私も知らなかったなぁ……。確かに、迂闊にお金持ちだって言っちゃった私も悪いけどさ。それを聞いた瞬間に口説きに行くのってどうなのよ」
「え? え? あ、いや、これはちょっとしたジョークジョーク‼ えぇ? 面白くなかった?」
女子二人の、白けた目つきが刺さる。完全にヤバイ奴だと思われてるな、これ。
なぜだ? どういうことなんだ? 絶対この人だと思ったのに、もう答えをズバリ言い当てたつもりだったのに、完全否定じゃないか。
「青斗……いや、霞くんさぁ」
「苗字+君付けに格下げ⁉」
「申し訳ないのだけれど……私、軽薄な男の人は嫌いだわ。ここがどこだかわかってる? 神聖な生徒会室よ。他の生徒の模範となるべく選ばれた生徒会役員が、業務を行うために使う部屋なの。一般開放されてはいるけど、不純な動機で立ち入ることを許可されているわけではないわ」
「ぐっ…………お、俺は……その……」
繰り出されるガチの説教に対し、反論できる材料が全くない。今のは完全に、突然意味不明なことを口走った俺が悪いと、自分で認めてしまっている。
何か……何か言い逃れできるものはないか……適当に誤魔化して……いや、そういうことができないようにハッキリと断定したんだった……。
「恋愛をすること自体は否定しないわ。けれど、場所は弁えなさい。それと、相手もよく見極めることね。そのような軽薄な態度を取り続けるのであれば、近い内に身を滅ぼすことになるわよ」
「………………はい、すいません」
もう謝るしかなかった。完全敗北だ。自信満々に回答して、思いっきり外したクソダサい俺が悪いのだ。
「でも、真正面から想いを伝えようとする姿勢だけは評価します。今後は心を入れ替えて、本当に好きになった人だけにその想いをぶつけることを勧めますわ」
「肝に銘じておきます……」
転校初日、そして婚約者捜索一日目────この日は見るも無残な惨敗で、幕を下ろしたのだった。
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