第4話 隣の席の少女
俺が元々どこの学校に通っていたのかはわからない。だが少なくともここではないようだ。
クラスの誰も俺のことを知らない。まさか、俺って誰の記憶にも残らないようなとんでもなく影が薄い男だったのではないかとも思ったが、先生から普通に転校生として紹介されたのでそんなこともなさそうだ。
記憶はないが、転校生としてならば過去のことを覚えていなくても不自然はないので、学校生活に溶け込みやすい。どうせ前の学校にも友達はいなかったらしいし、転校は正解だったな。
それに、ここには俺の婚約者がいる。何年何組の誰なのかはわからない。だから今の三年生が卒業してしまうまでに見つけ出せなければ、実質ゲームオーバーだ。
今が六月だから、あと九ヶ月ってところだな。三百人の女子生徒を調べるには絶望的に時間が足りない。
「うかうかしてるわけにはいかない。さっそく探りを入れてみるか」
しかし、どうやって調べればいいんだろう。とにかく片っ端から女子に声をかけてみるかな。
それでもし、俺のことを知ってるっぽい人がいれば、それが俺の婚約者だ。効率は悪いが、今はこれが最善だろう。
「────よっす! 転校生!」
誰から声をかけようかと迷っていると、隣の席の女子から陽気な挨拶を食らった。
「よ、よっす……」
「お? どうした転校生? 何か悩み事かな?」
クルクルと癖がついた明るい茶髪、宝石のようにキラリと輝くまん丸の瞳。輝いていると錯覚しそうになるほど、はちきれんばかりの笑顔。それらにより、小柄ながらクラス一と言っても過言ではないほどの存在感を放つ少女。
「ま、まあ、ちょっとね」
多分、彼女はこのクラスの女子のまとめ役。あんまりこういう表現は好きではないのだが、スクールカーストのトップ層とでもいうのか。そんな感じの人だ。
「わかるよ~わかるわかる。私も中学の時に転校を経験したからね。誰も知り合いがいない環境に飛び込んでいくってのは怖いものだよねぇ。そりゃ、悩みもするわさ」
「う、うん、そうなんだよね」
どうやら俺が、転校直後で周囲に馴染めず落ち込んでいると思われたようだ。それでわざわざ話しかけてくれたのだとすれば、かなり面倒見の良い人だな。
都合がいいので、勘違いは正さずそのままにしておこう。記憶喪失のことは、誰にも話すつもりはない。
下手に同情されても嬉しくないし、婚約者を探し出すためのカードをみすみす一枚無駄にするようなものだからな。
「私、
「……恋愛相談は駄目なのか?」
「駄目駄目、恋愛は自分で答えを見つけるものだからね。それに……ほら、私、恋愛経験とかないでしょ?」
「いや、知らないけど」
「だからそういうのは相談されても困るんだよねぇ。それ以外なら何でもオッケーだからいつでもどーぞ」
何でもか。それなら、聞きたいことは山ほどある。ここは遠慮せず、頼りにさせてもらうことにしよう。
「えっと……そうだな。じゃあ、日向さんって────」
「陽夏でいいよ」
「……陽夏さんって────」
「陽夏でいいってば。私は呼び捨てオッケーな女なんですよ」
「そ、そうは言っても……」
初対面の女子をいきなり下の名前で呼び捨てというのはハードルが高いな。ちょっと馴れ馴れしすぎやしないか。
「ま、強要はしないけどね。でも私は、君のことを青斗って呼ばせてもらうよ?」
「青斗……?」
「え、間違ってた? さっき自己紹介で、霞青斗って言ってなかったっけ?」
「あ、ああ、いや、間違ってないよ。合ってる。俺のことはどう呼んでもらっても構わないから」
霞青斗という名前は、正直今でもしっくりきていない。かといって違和感があるわけでもないので、本来の俺の名前じゃないということはないのだろうが、慣れるのには時間がかかりそうだ。
「ふむ、それじゃあ青斗。さっき、何を言いかけたの?」
「いやぁ、さっそく相談をしようかと……」
「お、嬉しいねぇ。頼られる女、日向陽夏です。それで、どんな内容かな? 地球温暖化対策? それともエネルギー自給率の問題かな?」
「そんな話はしない。もっと身近で、簡単な話。単刀直入に聞くけど、この学校に家がやたらとお金持ちの女子生徒っている?」
「……お金持ち?」
それを聞いた途端、興味津々に前のめりになっていた陽夏さんが、一歩引き下がってしまった。
「え、何? 逆玉狙い?」
「違う違う、というか恋愛の相談は受け付けないんでしょ? ほら、今日、登校中に道に迷って、この学校の生徒に案内してもらったんだけど、それが誰なのかわからなくて困ってるんだ。お礼を言いそびれちゃったから」
正直言えば、逆玉というのは当たらずも遠からず……というか、ほとんど正解みたいなものなのだが、話が拗れるのは面倒だ。適当に誤魔化しておこう。
「なんだ、そういうことか。てっきり、転校初日から女漁りを始めようとするヤバイ人かと思ったよ」
これまたほぼ正解なんだよなぁ……この人ひょっとして、勘が良いな?
「それで、唯一の手掛かりが、お金持ちの女子生徒なの?」
「そういうことそういうこと」
「ちなみに、なんでお金持ちだってわかったの? うちの生徒なら、当然制服を着て登校してるだろうし、派手なアクセサリーを学校につけて来ることもないだろうから外見じゃ判別できないよね?」
やっぱりこの人鋭い⁉ うへぇ~どうしよう……何か言い訳を考えないと……。
「それは……ほら、所作? お嬢様っぽかったっていうか、上品な感じだったから名家の産まれなのかなぁ~って」
「へぇ~」
陽夏さんは顔を寄せ、俺をジロジロと観察してくる。
「────わかった。そういうことなら、何人か心当たりがあるよ!」
そう言って、彼女はにっこり微笑み、俺の手を引く。
「ついてきて! 大丈夫、安心していいよ。この陽夏ちゃんがバッチリ責任持ってその子を見つけ出してあげるからさ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます