手紙など時代遅れと笑うけど昭和レトロは今流行りだし

「あの……そこ、俺の下駄箱なんだけど」

 恐る恐る上げた声は、酷くかすれて言葉にならなかったと思う。恐らくは。

「は? そんなの、言われなくてもわかってるんですけど」

 けれども、彼女は聞き返すこともなく、不機嫌に淡々と会話というものを成立させてしまった。それも、ほぼ話したことのないクラスメイトを相手にして。

「えっと、一応聞きたいんだけど……もしかして新手のイジメとか、ですか」

「いじめてないし。つーか、タメのくせに敬語やめろし」

「た、タメ……?」

「あーもう! 同級生ってこと!」

 これだから優等生は、と鋭い目を更に細めて彼女はぼやく。だが、俺だってタメという言葉の意味くらいは知っている。疑問に思ったのはそこじゃない。

「……あんたさ、今、『でもこいつ留年してるじゃん』って思ったでしょ」

「え、なんで。……エスパー?」

「いや、思ってるんかい」

 右手にもつ『それ』をハリセンがわりにひるがえしながら、彼女はその仏頂面をほんの少しだけ歪ませた。

「……ん」

 とりとめのない沈黙。気まずさを感じる隙もないような、そんな一瞬の空気の中を、白いナイフが駆けていく。

「え?」

「……だから、んっ!」

 差し出された封筒の角が、チクリと胸を刺激した。

「……果たし状?」

「違っ、ちげーし! はーあ、察しが悪いなぁ、もう」

 心臓が、跳ねる。非現実的なシチュエーション。さながら、ラブコメの一幕のようなまばゆい光景。差し込む夕日が、赤々と青春の象徴を照らし出す。

 しかし、その手紙を、手紙に付けられた靴跡くつあとを目にした瞬間、僕は。

「これ。この手紙、さ」

 カチリ、カチリ。秒針の音は緩やかに、思考のパズルを組み立てていく。

 僕は、全てを理解してしまった。

「廊下に落ちてたんだけど……書いたの、だよね?」

 答えたくなかった。今すぐにでも、上履きのまま逃げ出したかった。時計の針は無常にも規則正しく現実を刻む。

「……あー、中身とかそういうのは見てないから! 全然、本当に! ただ、封筒にあんたの名前だけ書いてあったから、届けようと思っただけで」

「いいよ、気、使わなくて。封が開いてない時点でそれくらいは分かるし」

「……ちなみに、誰宛て?」

「気を使わないにも限度があると思うんだけど、流石に」

「ごめん、冗談言うタイミング完全にミスったわ」

 不意に響いたチャイムが放課後の終わりを告げる。ため息とともに吐き出した心のモヤは、紛れて、かすかにほどけたような気がした。

「……先生だよ。新任の、国語の先生」

 彼女は一瞬だけ呆気に取られた顔をして、すぐに口角をだらしなく緩ませた。

「へぇー、見かけによらず結構大胆なことするじゃん。やるねぇ」

「自分でも、馬鹿だと思う。今時、生徒が教師に、それも手紙なんて。……どこの古いメロドラマだよ、って」

 乾いた笑いがひとつ、ふたつとこぼれ落ちる。下駄箱に上履きを押し込んで、靴をコンクリートに放る。いつも通りの行動なのに、今日に限って片方の靴が裏返る。ああ、上手くいかない。何もかも。自嘲が、あふれて止まらない。

「そう? 私はいいと思うけどなー、ザ青春って感じで」

 何かに、小さなヒビが入る。

「……ジェネレーションギャップってやつか、これが」

「次、留年イジリしたらこの手紙、放送室で音読するからねー。冗談はさておき、ほら、流行りは一周するってよく言うじゃん! メロ……何とかってのはよくわからないけど、今、昭和の色んなものとかすごいブームだしさ」

 ヒビは広がって、大きくなって。それはきっと、予防線という自分の殻に突きつけられた、不器用な温かさのせいに違いない。

「……ふっ」

「何? 私、なんか変なこと言った?」

「いや……。ヤンキーの中でも見た目が妙にスケバンっぽいなぁと思ってたから、ちょっと納得しただけ」

「は、はぁ〜!? ヤンキーじゃないしスケバンでもないしスカートは確かにちょっと長めだけどサイズ間違えただけだし目付きは生まれつきだし……というか普通に失礼だし! いいんだね、この真っ白な黒歴史、今すぐ読んじゃうけどいいのね!?」

「な、ダメに決まってるだろ! 大体、返しに来たって自分で言ってたくせに……!」

 青春とは、終わった瞬間にまた、始まっているものなのかもしれない。二人の手中で紙吹雪と化していく淡い恋の残骸ざんがいに、ふと、そんな思いがよぎった。

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