第5話 夜間学校
俺は講師で行った女子高から家に帰って、夜中に再び喫茶店メルシーへとぼとぼと向かった。
「おはよう」
「おはようじゃないですよぉ、もう鈴木さん~」
「なんだ、元気だな」
「もう夜ですよぉ」
「お、おう?」
エルちゃんは今日もガーターベルトのメイド服だ。
まあかわいいからいいんだけど。
なんだか、くっついてくる。いい匂いがするし、なによりも柔らかい体が密着してくる。
なんだか不明だが、今日は好感度が高い。
「マスター、とりあえずアイスコーヒー」
「あいよ」
俺はいつも通りアイスコーヒーを注文する。
カフェインは必要だ。
今日もまだSF長編の投稿予約分の残作業がある。
つまり書きかけだ。
今のところ、毎日投稿を続けているが、リアルタイム執筆ではなくて、数日以上の予約投稿になっていた。
書かないで寝てしまう日もあるし、こうして喫茶店に来て結局書かないかもしれない。
安定した投稿にはバッファーはあったようがよい。
もっともリアルタイムに書いていくというのも悪いわけではない。勢いがあったり、感情がこもっていたりと、ノッてるときは悪くないと思う。
問題はダウナーな時に影響が出るのは怖いなというのは思うところだ。
シロップを入れてミルクを入れ、氷をカラカラとストローで回す。
うむ、今日もいい香りだ。
水出しコーヒーは長時間の抽出が必要で、手間がかかる。
だから値段が高かったり、売り切れていたり、特別メニューだったりする場合も多い。
ここメルシーでも「水出しコーヒー」という別メニューになっている。いわなくても水出しにしてくれるけど。
「美味しい、です。マスター」
「ありがとう、鈴木君」
「ええ」
「ところで、学校どうだった? 女子高生ばかりで」
「え、『そこ』ですか?」
「だって鈴木君、女子とか苦手だろう」
「はっきり言われると、そうですね」
それを聞いて、エルちゃんが目を見開く。
「え、鈴木さん、女の子苦手だったんですか。わわわ、私、全然知らなくて」
「いや、いいんだ。言葉の綾であって別に本当に無理なわけじゃないよ、あはは」
「それならいいんですけど……」
「高校生の時、女の子とほとんど会話したことがないってだけで、本当は女の子と楽しくやりたいんだ。ただやったことがないだけで」
「あぁ、そういう意味ですか」
「うん」
エルちゃんがほっとしたように、胸に手を当ててうんうんと同意してくれる。
「だから、別にエルちゃんも嫌いじゃないよ」
「えへへ」
今度はテレッテレである。いやぁ、かわいいなぁ。
「どうですか先生、続けられそうですか?」
「あ、うん。多分大丈夫。まあペーペーなんで、大したアドバイスはできないけれど、先輩として助言くらいなら」
「それでも十分です。それさえ得られない人が大多数なので」
「そうなんだよな。ネットでつながってる現代でも、意見を言うというのはけっこうハードル高いんだよね」
「そうですね」
エルちゃんとしんみりしちゃう。
なんでこんなにも発達した情報化社会なのに、先輩に指導して、ちょっと助言をもらうということが難しいのか。
例えば学校の先輩なら人となりなどを知っているから、何を言われても「この先輩ならな」というのがある。
ネットではそういう前提が乏しく、元々他人なんだと強く感じる。
そんな状態でズバッと言われてしまうと、深く傷ついたりするのだ。
だから助言も難しかったりする。もちろんうまくやっている人はいるよ。
「どうエルちゃん。なんか好きなこと、書きたいこと、思いついた?」
「そうですね。なんとうか『恋愛経験値0の二人、JKと作家先輩』みたいな? 昼間言った女子高生の瑞々しいっていうの、いいなぁとは思いました」
「そっか、エルちゃんもJKだもんね」
「そうですよ」
JKブランドは強い。これは小説でもそうで、やっぱり高校生コンテンツは色々強い。ラブコメも主戦場といえば高校なので、いいかもしれない。
「ところで、そこはかとなく『恋愛経験値0の二人、JKと作家先輩』っていうと、他意はないんだけど、俺たちみたいだよね」
「え、あ、はい。えへへ」
否定しないぞ。おうぉぉおお。俺たち恋人とかになっちゃうのか。
いや、別に恋愛関係になりたくないとか思ってないというか、前から恋人にしたいと思ってはいたけど、面と向かって否定されないと、期待しちゃうよね。
「んじゃ、面白いの待ってる。期待してるね」
「はいっ」
お、小説の話ということにしておこう。
俺たちは恋愛経験値0だからね。小説家とか聞いて呆れるけれど、恋愛経験は皆無だった。妄想はしたよ、うん。
書籍化した作品は異世界ファンタジーだったので、ハーレム系というのだろうか、あれは恋愛要素はもちろんあるんだけど、方向性としてはだいぶ異なるんだよね。
現代恋愛、ラブコメとは違うっていうか。確かに女の子がグイグイくるとかテンプレ的な部分は普通にあるんだけどねぇ。
さて俺も更新しよう予約だけれど。
毎日投稿時間は来るので、毎日追加してやらないと、残りが減ってしまう。
使い慣れたノートPCに向かう。
ちょっとキーピッチが狭いものの、慣れてしまえばなんということもない。
俺の手は女の子まではいかないけれど、小さめだから、大丈夫。
更新を何とか終えてサイト上の「予約」のボタンを押す。
それからテキストデータをローカルにコピーしておく。
データの二重管理は基本だ。これをやっていなくて紛失する人が後を絶たないんだけど、マジ大切なので、バックアップは取ろう。クソニート小説家との約束だぞ。
「アイスコーヒー、おかわり」
「あいよ」
もう一杯いただく。
コクのあるコーヒーが喉にしみわたる。
美味い。
「えっと、サンドイッチ」
「おぉ、まだ残ってる。よかったな、ラストワン」
「そりゃよかった」
マスターのサンドイッチは作り置きなので、ないときはない。
少し寝かしてあるとパンと具がいい具合になじむので、これはこれで悪くない。
「いただきます」
もぐもぐ。ベーコンと卵、それからレタスだろうか。
それにトマトベースのソースが使われている。このソースがうまい。
「ごちそうさまでした」
エルちゃんもそろそろ寝る時間だ。
俺はもうひと仕事しよう。
――今夜も更けていく。
とりあえずアイスコーヒー。酒はやめたんだ、マスター ~ニート小説家とJK小説家の卵~ 滝川 海老郎 @syuribox
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