第4話 女子高文芸部での指導
さて午後の昼下がり。俺はとぼとぼと電車に乗り、女子高へ向かう。
電車で五駅だったか。遠過ぎるというほどではないけど、近いということはない。
市も境を越えているし。駅前からさらに五分ほど歩く。
「花浅葱女子高等学校、ここか」
立派な塀がぐるっと一周。正面の門には警備のおじさんが三人。
「すみません。講師の依頼で来た鈴木、あ、ちが」
「なんだね」
鈴木は本名だ。今回はどこの誰かも分からない鈴木ではなく、小説家として呼ばれている。
「ペンネームの『
「は? あぁ、確かに釣りなんとかいう人がリストにあるね。いいよ通って」
「お疲れ様です」
頭をぺこぺこさげて、通過する。
鈴木だから魚の鱸、スズキの連想『海魚 釣蔵』。
まだ高校生の頃に、釣りの憧れとかあったころだ。釣りをしたことがなかったのだ。
今でも釣りをしたことがないんだけど、こんな名前をしている。
思い付きのペンネームなんてこんなものだ。
まさか書籍化するなんて思う訳もなく、ただサイトの登録に「名前」が必要だったからにすぎなかったのが、今となっては悔やまれる。
もっと「多和マン 太郎」とかにしておけば、今頃売れっ子作家になっていたかもしれない。
そんなことはないが。
女子高生がちらほらといる学園内を歩いていく。
育ちがいいのか、俺を見ると頭を下げて挨拶してくれる美少女たち。
影の者、夜を生息域としているドラキュラの眷属である深夜執筆作家の仲間入りをしている俺みたいな人間にはとても眩しかった。
しかも放課後なので、真っ白なテニスウェアのミニスカとかシャツ一枚の陸上部員とかの女の子たちがあちこちで汗を流して笑顔を浮かべている。
なんだか浄化されてしまいそうだ。
ここに毎週来ないといけないのか……俺、大丈夫だろうか。
職員室に顔を出す。
「すみません。文芸部の」
「あぁ、先生ですね、聞いていますよ。なんでも書籍化作家だとか」
「ええまぁ」
「すごいですね。本、出されて。まだ二十一でしたっけ」
「そうですね」
「普通なら大学生とかなのに、もう作家先生だなんて」
べた褒めだった。何を吹き込んだのか俺の印象はとてもいいらしい。
「こんにちは」
職員室にセーラー服の生徒が入ってくる。
その子は俺を見て「こいつだ」という顔でロックオンしてきた。
文芸部の子なのだろう。眼がキラッキラで見つめてくるから怖い。
「海魚釣蔵先生、はじめまして、
「あ、ああ、海魚釣蔵です。鈴木とでも呼んでください」
「タイとかヒラメとかじゃなくてスズキなんですね」
「ベル、ウッドのほうの鈴木です、本名ね。あはは」
「あぁ、そっちの、すみません、なんか」
丁寧に頭を下げてくる。
そんな義理ではないので、恥ずかしくなってしまうが、憧れの作家先生ともなれば、こうなのかもしれない。
やはり先輩に対して礼儀正しかった。
遠藤さんに連れられて教室棟を後にして、部室棟へと移動していく。
間には特別教室棟というところを通過した。説明してくれるので分かる。
特別教室棟には調理室、被服室、理科室、などが並んでいるそうだ。
そして俺たちはその先、部室棟という部室の並びへ入っていく。
なるほど部屋一つ一つがここは小さい。
そんな一角に文芸部があった。
トントン。
「どうぞ~」
ガラガラ。ドアを開ける。
ノックは礼儀なのだろう。女の子しかいないとはいえ、なおさら礼儀作法は重要視されるのだろう。
「先生、ちーす」
エルちゃんがピースしてくる。
「エルちゃん、こんにちは」
「エルちゃんだって、先生! きゃっきゃっ」
「もうエル、どんな関係なの? 思ったよりカッコイイじゃん」
女の子たちの声は高い。
部長がパンパンと二回手を叩くと静かになった。
「はい、海魚釣蔵先生です。ライトノベルを執筆していて元現役高校生作家なの。ライトノベルをえっと二シリーズ、二巻と一巻の三冊出してるわ」
「すごーい」
「本物の書籍化作家先生とか初めて見る」
憧れのキラッキラした視線が痛い。
ここで鼻高々とかして天狗になったら、墓穴を掘るに決まっている。
俺は影の者、陰キャだ。
女子高生新人作家ちゃんたちはとても眩しく見えた。
「私、現実恋愛が好きで。女の子が幼馴染の男の子と恋に落ちる話とか」
「わっわ、私は、異世界恋愛。悪役令嬢とか聖女様とかもふもふとか書いてます」
「私はえっと、その、BL専門で。男同士の熱い愛を書いてまーす」
なるほどみんな目指すものが見えているようだった。
そんな中、一人あまり乗り気でないのが、文芸部のエース、エルちゃんだ。
「エルちゃんは?」
「私は、その……流行りのネタを飛ばす感じというか」
「何か、これが書きたいっていうのはないのかな?」
「あんまり。よくわからないというか、雑食なのでみんなどれもいいなとは思うんだけど、逆にわかんなくなっちゃった」
エルちゃんは本の好みに偏食があまりなく、雑食性らしく、なんでも読んでしまう。
みんな楽しく読める体質らしく、逆に強いこだわりがないのが作家性として弱いみたいだった。
英才教育したせいで、活字なら何でも食べるという元気っ子も、作家としてみると少し悩んでいるようだった。
ふむ、どうにかしてあげたいような気もするけれど、何書いてもそこそこ読まれてランキング上位は確実とかいうバケモノじみた執筆暦のエルちゃんに、俺がアドバイスできることなんてあるだろうか。
「俺が言えることねぇ。そうだなぁ、エルちゃん、なんでもできちゃうしな」
「まぁ、はい」
「ですよねぇ、エルはすごくて」
「エルはお父さん譲りなんですよね。作家の娘は作家。カエルの子だよねぇ」
俺もそう思う。
でもたとえ作家の子でも、本人の資質は本人の物であって、親の物ではない。
今まで本にたくさん触れてきたことも、本人の選択で、強制や特別待遇があった結果ではないのだった。
確かに恵まれてはいたものの、本が好きで本を読んできた実績はエルちゃん本人のものだ。
「やっぱり、瑞々しい女子高生の感性で書かれた恋愛小説とか読みたいかな」
俺がそういうと文芸部の部室は「おおぉおぉ」と歓声があがり、熱気に満ちていた。
この日は、恋愛小説の短編を千文字ほど書いて、終わりとなった。
そんなこんなで、初めての指導をしたのだった。
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