第3話 講師依頼
そんなこんなで六月。
エルちゃんも高校に通いだして二か月か。毎日、あきるだろうに頑張って通っているようだった。
花浅葱女子高等学校だったかな。
電車で五つ先の駅だ。
今のところは目立った問題はないようだ。部活も文芸部で楽しく過ごしているようで、たまに話題にも上る。
とぼとぼと歩いてまた夜に喫茶店メルシーに行く。
カランカランと入り口のカウベルが鳴った。
「いらっしゃいませ〜、鈴木さーん。一名様ご案内しますね」
すっかり店員気取りのエルちゃんがいた。
黒髪ストレートロングのさらさらヘアはとても綺麗で似合っている。
丸い顔つきに、大きなつぶらな黒い目。
まだ幼さも感じられる美人さんだ。
まさしく絵に描いたような美少女は俺だけのために優しく微笑んでくれる。
で、問題はその格好だった。
セーラー服はダメと言われた反抗心なのか、マイクロミニスカートに絶対領域の白いガーターベルトとニーソックスという、まるでコスプレ衣装のメイド服なのだ。
この前のコルセットのメイド服とは違うやつだ。
白と黒のメイド服はとても似合っている。
本物のセーラー服とこれ、どちらがいけない感じなのかは難しいところだ。
胸の部分もこう胸の形に緩いコルセットがあって、おっぱいを強調しているデザインだった。
彼女の胸はDカップぐらいだろうか。
「鈴木さん、こういうの好きなんでしょ。うはふふ、知ってるよ。小説にも出てきたから」
確かに俺はこういうメイド服を書いたことがあった。
あの時はノリノリだったと思うと恥ずかしい。自分の趣味全開にして、まさか女子高生に読まれて把握されるようになるとは思っていなかったので。
高校生のころ書いた小説だ。
こういうのも黒歴史というのだろうか。
「アイスコーヒー」
「あいよ」
ちなみにここのアイスコーヒーは水出しコーヒーといって事前に抽出してあるものをグラスに注ぐだけなので、マスターが作ってもエルちゃんが作っても全く同じだ。
出されたグラスにシロップとミルクを入れて、ストローでかき回す。
そしてぐいっと一口いただく。
うむ、甘味と苦みとこの芳ばしい香りがなんともいえない。
泥水とは雲泥の差だ。
ちなみに喫茶店のカウンターとは反対側の壁は一面が全部本棚になっていて、ずらっとライトノベルと新文芸が並んでいる。
その数はちょっとしたもので、ライトノベルの冊数でいえば本屋さんよりもよほど多い。
これがエルちゃんの「英才教育」の一部である。
マスターは別にエルちゃんのために購入したわけではなく、高校生や特に大学生たちの読書家などにライトノベルの図書館のような気持ちで収集しているという。
それをエルちゃんは小さいころから読んで、ほとんど読破しているというから恐ろしい話だ。
俺だってこんなに多くは読んでいない。
そのうち大学生なども面白がって蔵書を置いて行くので、冊数は増える一方だった。
ティーンズなどといって若者向けの蔵書を増やす図書館もある。
それに近い。ただ図書館って盗難などが非常に多くて、シリーズものが全冊そろっていなかったりする。ここは普通に全部最新刊まで並んでいる。
「どうです、メイド服」
「うんまぁ、マスターが怒らないなら、俺は何も言うことがない」
「そういう意味じゃないんですぅ、ぶうぶう」
エルちゃんは怒って見せるが、褒めて欲しいのだろう。
だがちょっと煽情的すぎやしないだろうか。
ちょっと前かがみになって後ろから見たらパンツが見えそうじゃないか。
まったくはしたない。
またエルちゃんが楽しそうな顔をしてにじり寄ってくる。
俺の右耳に口を近づけてくる。
「(せーんせっ)」
エルちゃんの囁きボイスは脳に来る。
「やめろっって」
「あはは、あのね、講師をして欲しいんです」
「講師?」
「そう。放課後文芸部にきて指導して欲しい」
「あぁ、まあ俺ニートだから、いつでも時間取れるんだけど」
「そうですよねっ、やった!」
「まだ受けるって言ってないんだけど」
「こんな格好までさせてるのに、お願い聞いてくれないんですか? もっと過激なほうがよかったですか」
これ以上、どんな格好するつもりだよ、やめてくれ。
「わかった。講師な講師」
「やったっ!」
エルちゃんが飛び跳ねる。
スカートがヒラヒラして中が見えそうだ。
ついつい視線を注ぐ。
「フライドポテト」
「はーい」
といっても既製品の冷凍ポテトだ。
電子レンジではなく再度油で揚げてくれる。
カリッカリで美味しいので、人気商品だ。
これにケチャップをつけて食べる。
「うん、美味しい」
「ありがとうございます、ぺこりっ」
ぺこりまで口にするところがエルちゃんらしい。
なんともかわいくて、まったくあざとい。
「エルちゃんも食べる?」
俺がポテトにケチャップをつけて差し出すと、手ではなく口を突き出してくる。
「あーん」
「ああ」
パクッと俺から食べる。
「おいち」
まるでひな鳥だな。
こういうプレイってなんか有料でありそうだ。
「オムレツ」
「はーい、私、作りますね」
エルちゃんがメイド服のままキッチンスペースに入ってフライパンで作ってくれる。
正式名称〝エルちゃんのラブラブオムレツ〟というエルちゃんがいる時しかないメニューだった。
まぁ本来はマスターの普通のオムレツがあるので問題はない。
バターとミルクを使ったオムレツは普通にうまい。
なおケチャップがハート形になっているのがメニュー名の由来だ。
オムレツを食べて、アイスコーヒーをまた一口飲む。
「それじゃ、明日の放課後三時、顔合わせしましょう。学校にはもう話を通してあるので守衛さんにも伝わるようにしておきますね」
「分かった」
当たり前だけど女子高の門のセキュリティーは共学などよりずっと高い。
校門にガードマンが常駐している。
俺みたいな「不審者」は通常入れないのだ。
また執筆をする。
キーボードをカタカタと打って文字を並べていく。
俺はローマ字入力だ。もうけっこう長いのでほとんどそれを意識することはなく、ひたすら文字列を生成する作業をする。
思考と文字入力どちらが早いとかもほとんど気にしたことがない。
これでも高校時代にはワープロ検定とかも取っていた。
俺はクラス内では上から数えるくらいには文字入力が早い。
「よし、できた。新型機登場、出撃して敵をばっさばっさと」
「SFの最新話ですか」
「うむ」
「夜、ベッドで見させてもらいますね」
見ようと思えばエルちゃんが小説投稿サイトでイイネを押してくれたことも把握できる。
だた十個以上毎回貰えるので、実は誰から貰っているかちゃんと見たことがほとんどなかった。
この前SF長編を読まれていると発覚してから、一度確認したら「黒石ルビー」というのが混ざっていたいので、まあそういうことなのだろう。
「んじゃ、帰るか。お会計お願いします。またね」
「はい、鈴木さんお会計です」
電子マネーで支払いを済ます。
「鈴木さん、また明日学校で。おやすみなさい」
「おやすみなさい。エルちゃん。いい夢を」
「ばいばい」
エルちゃんがメイド服で手を振ってくれる。
なんだかいけないプレイのお店に来てしまったような気分になってくる。
彼女の爽やかな笑顔はプライスレス。何物にも代えがたい。
また道をとぼとぼと歩いて家に帰った。
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