03_16 火を求めて
リリーの頭に最初に浮かんだのは、親は何処か、という疑問。時々いるのだ。子供だけでも喰わせるため、大人は隠れながら、優しそうな相手に近寄らせる乞食の手法を使う者が。食べものや施しを得るために子供を道具として使う乞食もいれば、腹を減らした子供だけでも食べさせたいと親がやらせることもある。兎も角、リリーは、何度か引っ掛かった。そして学んだ。賢いのだ。
しかし、どうにも他に人の気配はしない。耳を澄ませても、ひそひそと交わす声も、衣擦れの音も聞こえない。それとも、激しい雨音で聞こえないだけだろうか。
「……あの」おずおずと柱の傍に立って話しかけてくる。酷くくたびれた目だ。
「火に当たりたいんか?」リリーは尋ねた。
「はい。弟たちだけでも」
子供強盗団、とか言うオチはないやろうか?リリーは少し警戒した。
町外れでもひと気が少ない一帯。
廃墟や曠野に出没する、
親も知らず、家族も知らず、命の価値さえも知らぬ子供盗賊の群れは、その単語とは裏腹に、歴戦の傭兵たちにさえ恐れられている。両の眼を抉られた死体が時々、裏通りのバリケード近くでも見つかる。子供強盗団の仕業と分かるのは、見つかった犠牲者の主に下半身が、こん棒やナイフで執拗に切り刻まれ、砕かれているからだ。
リリーは隻眼だ。喧嘩も強くないし、殺し合いなんてした事もない。暴力とは無縁の生き方をしてきた。普通の子供が集団で襲えば、リリーを殺せてしまう。
(……片目を潰されたら、お先真っ暗やな)思いつつ、リリーは子供たちを眺めてみた。多分、姉、兄、弟、なんか下の子が一人、二人の合計五人。
そして一番年上と思しき少女の唇は、真っ青になっていた。それで決めた。
「……好きに、当たったらええ」そうぶっきら棒に告げた。
「ゴブリン、かと思ったわ」
「ゴブ……違います」生真面目に答えた。口調からすると、子供強盗団の事は知らないようだ。
少女は警戒と空腹の間で揺れているようだった。それはリリーも同じだが――薄汚れた子供たちは何故か、怯えた目でリリーを見ていた。濡れた服に震える身体。見るからに腹を空かせた様子で、じっとチーズを見つめている。
「ほれ、こっちゃ来い」
リリーはため息をつきながら手招きした。食べ物は十分じゃない。それでも、身体が勝手に動いた。袋の中から堅いパンをを取り出し、少しずつ千切ってチーズを分け与える。
「あいあと」幼い子が最初に礼を言った。他の年長の子たちがなにも言わずに喰いついたのは、比較して空腹が殆んどギリギリだったからだろう。下の子たちに喰わせていたと見えて、血色がひどく悪かった。
「期待されても、もう、それ以上ないで」リリーは、目の前で袋を逆さに振った。本当にゴミしか落ちてこない。
アホや、と心のうちで自嘲する。生きるのも必死な癖、後先考えずに食べ物を分けてやった。これで、飯を集れる隣人が帰ってくるか、食べもので日当を先払いしてくれる雇い主でもいなかったら、三日後には飢え死にである。しかし、震える子供たちが、火の傍らでようやく落ち着いた顔を見せていた。
燃やすものが足りない。リリーは視線を自分の「家」、段ボールでできた簡易な小屋に向けた。一部は、雨に打たれてボロボロで、もうほとんど形をなしていない。
それでも、まあ、乾けば、また使えなくはないだろうが。ええ、女は度胸や。どうせ、ええ加減、草臥れてたし。数回、躊躇ってから、段ボールの端をちぎって、火の中にくべる。明日一日は、薪集めに使うべきか、虎の子の金を……いや、冬を越せなくなる。既にギリギリでもあるのだ。
炎が強くなり、子供たちは震える体を寄せ合っている。リリーはじっと火を見つめていた。燃え上がる段ボールの炎は、居場所の最後の欠片だった。
「お前ら、何処の子や?見ん顔やけど……」リリーは尋ねた。
「セ、セフの」と最年長の少女。
「ああ、セフんか」最近、巨大蟻に滅ぼされたとかで、避難してきた村の連中がそんな名前だったような気がした。
「……親は?どしたん?」
「いない」別の子が応えた。
「仕事か?」
「家で待ってろって」パンをちびちび食べて、半分をポケットへとしまった。
急に増えた近隣からの難民に、ポレシャは仕事が足りない。一旦、居を構えたものの、他の居留地やら、都市圏やらに移住やら出稼ぎやらと出掛けた連中がいたのは耳にしていた。
「もう、何日も帰ってこなくて。食べ物も無くなって……」途方に暮れたように少女が言った。
「他の大人は?」無言で、脅えたように身を竦めた。
あんな良くなさそうやな、思ったリリーだが「……上手くいっとらんのかな」口に出してはそう言っただけだった。
段ボールの焦げる匂いが鼻を突き、揺らめく炎が少女の強張った青白い表情を照らしていた。子供たちは小さく寄り添い、火の暖かさに震えを少しずつ解いている。肩をすくめたリリーは、壁に背を預けながら軽くぼやいた。
「早く嵐が終わってくれんと、うちの家兼燃料が消えてしまうわ」
外では雨が叩きつける音が続き、風が吹きすさいでいた。
※※
数日振りの温かな陽だまりが窓際の絨毯を照らし、微かな埃が光の中を漂っていた。民兵幹部である中尉の邸宅は、どこか古風ながらもきちんと整えられた趣で、家具の一つ一つに歴史の重みが感じられる。天井近くの梁には、手彫りの模様が刻まれ、壁には古い地図と家紋の入った盾が飾られていた。
(……流石に金があるな。大きな居留地の古い家系とは、これほどのものか、と)マギーは感心して眺めていた。盾も実際に使われた形跡があった。さすがに西暦の騎士の時代ではなく、文明後退期の鉄と炎の時代の遺物だろうが。
ヘルナル中尉殿は厚手の椅子に腰を下ろし、テーブルに広げられた品々を眺めている。硝子の小さな人魚像が巻き付いた半透明の瓶や、仕入れたばかりのガラス器、古代の技術を再現した焼き物がマギーによって並べられている。
「どうぞご自由にご覧ください」心地よい暖炉の火が揺れる中、中尉が所望していた品。硝子の小さな人魚像が巻き付いた半透明の瓶をテーブルにそっと置いて、マギーは頷いた。
「16ポレシャ・ポンド。都市通貨であれば、60ズール・クレジットでお譲りいたします」
中尉は、壊れ物を扱うかのように瓶をそっと手に取った。瓶自体の美しさに加えて、人魚像の優美な造形は、顧客の中尉殿を満足させたのか。「……悪くない」と頷いた。
ほほ笑んでいたマギーだが、ふと、ホームレスの生活を追体験できる昔のゲームを思い出した。ゴミ箱で拾った綺麗な酒瓶を、換金アイテムとして売却できるのだが、
(……まさかね。幾ら崩壊前の文明が技術の粋を極めていたからと言って、この精緻な美しい瓶が酒瓶とか……)思いつつも、レプリカだが職人たちが焼いている
「紅茶はどうかな?」中尉の提案に「いただきます」マギーは遠慮せずに頷いた。
傍に控えている黒髪ショートの美人系メイドさんが絶妙な手つきで手際よくお茶を入れる。
「いい香りです」お茶はそれほど分からないが、流石にいい茶葉を用いてるかくらいは理解できる。邪道かも知れないが、僅かなブランデーが疲れた身体の疲労に染みた。
誠実な商人のマギーちゃんなので、一応の懸念を婉曲に伝えておく。
「そう言えば、大崩壊前の世界では、ガラスの細工技術も巧緻を極めていたとか。或いは、あれも花瓶ではなく、酒瓶であったかもしれません。だとしたら、世にも美しい酒瓶ですが」
「だとすれば、これに入っていた酒がどんな味だったか、知りたいものだな」中尉は大人の余裕でいなしてくれた。金を返せとか言い出さないところが紳士で素敵だ。そう言う顧客もいるのだ。オーも苦労していた。
居留地でも裕福な市民や富農など、一部の好事家たちは、意外にも骨董品や美麗なガラス細工などの
高価なアンティークは、数千クレジットの値をつけるし、古代遺物のアンティークや
兎も角、年代物のアンティークには手が出ないにしろ、掘り出し物を探し出すのはマギーの商才のひとつだった。幾度かの商談を経て元手を作ったマギーは、蚤の市や小さな工房を廻って、値段の割に良い品を見かけては、買い付けていた。売れるとしても日に一つか、二つだが、こうした品を買ってくれる顧客は意外といて、馬鹿にならない売り上げをもたらしている。
金のありそうな客たちにニナの描いたカタログ・リストを見せて、興味があるか尋ねてみた所、反応は悪くなかった。年配の客層を中心に悪くない売り上げを出している。同年代の友人たちが求める携帯ゲームなどには、手を出してない。
遊んだり、友人にやるくらいなら兎も角、修繕の知識もないし、壊れてもアフターケアがまったく効かない商品を売る気にはなれなかった。焼き物は、少なくとも修繕できる職人が一応の知己に含まれている。
「商売が順調そうでなによりだ」肘をつきながら、中尉が頷いている。
「中尉殿のお引き立てのお陰です」実際には全部、己の運と努力の賜物だと思ってるマギーちゃんだが、相手を不快にさせない為の社交辞令を喋るのは苦ではない。
「老人やほか数人にも同じことを言ってるのかな」中尉がおかしそうに笑う。
「恩人と心得ています。私に力になれることがあれば、なんなりとご用命をお申し付けください」 マギーも、聞こうと思えば、多少は上品な口を聞けた。
「値段は、応相談で、かね?」
「商売人で御座いますれば」マギーの回答にも、中尉は機嫌良さそうに笑っている。
それから二人は世間話へと移った。
「街道の様子はどうかな?」中尉の質問にマギーが応える。
「最近は、何処でも盗賊を見ますね。屈強の兵士たちさえ恐れています。街道を歩いていても、襲撃が増えているように感じます」盗賊の動向や変異獣の群れの目撃証言など街道の治安問題が、中尉にとって最大の関心事なのだろう。この時ばかりは、真剣な表情となり、傍に控える執事が会話の重要な部分をメモに取っている。
曠野の脅威は
儲かるなら、売った品がどう扱われようがマギーに文句はなかった。それに下層地区とは言え、マギーもポレシャの住人だった。警備隊がしっかりしているに越したことはないのだ。
幾つかの盗賊団の縄張りの変更と動向を報告してから、そろそろ暇を告げようかと思った時に、中尉が話題を転じた。
「セフの連中がな。行商の真似事をしていたが」人差し指を鼻の下に当てて、少し考えてから、中尉は言葉を続けた。
「小麦を売ってくれと頼みに来た」
「はい?」呆気にとられるマギー。小麦は、居留地の命綱である大事な産物だった。
「当然、断ったが……」当惑気味に続ける中尉が、言いにくそうにマギーを見つめた。
「どうやら、誰かが小麦を自由都市に持ち込んで稼いでいるのを、倣おうとしたのだろう」
「しかし、私は……それは」マギーが口籠った。
「分かっている。それ自体ではな。殆んど、利益など出ていまい」中尉が頷いている。
マギーは確かに小麦を幾らか卸してもらって、それを自由都市に持ち込んでいる。
しかし、マギーが自由都市で仕入れ、居留地に持ち帰ってる品のリストは、一部の参議たちにも報告されている。
鉄などの金属片。常に不足しがちな釘、金づちにノコギリなどの工具。木材、
「今、取り仕切ってる者がいなくなれば、代わりになれると考えるような短絡的な思考の持ち主は、何処にでもいる」ヘルナル中尉はマギーを眺めながら、淡々と忠告した。
「用心したまえ。今、君に何かあったら、この町も少々、困ったことになる」
8月中旬
マギーたちの所持金 1355クレジット
※ヘルナル中尉 「やつら、何か目論んでるかも知れんぞ?」
※セフの農民たち「……ふぁ?!」
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