終末世界の過ごし方_08 冬の備え

 ※昨日、10月22日の投稿は予約投稿時間を間違えたもので、後半部分が欠けてました。

(次回投稿でも告知しますが)今32話の22日投稿分を読んだ人は、後半が追加されていまので後半部分を読んでいただけると幸いです。


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 マギーとニナは、背嚢を盗まれないように抱えながら、肌寒さを耐えるために二人で寄り添って目を閉じていた。


 燃え盛る焚火からも離れた部屋の隅で、肩を寄せ合っている。揺らめく影が壁に踊っていた。窓の外は薄暗く、仮に変異獣ミュータントが夜の闇に紛れて居留地へと入り込んでいたとしても気づくのは難しいだろう。

 窓から突然に変異獣ミュータントの手が伸びてきて、子供を浚っていった話なども、曠野では聞くのに事欠くことはない。奴らの知性は意外なほどに高く、得てしてこうした暗闇の夜に襲ってくることがある。変異獣ミュータントが踊り込んで来たら、いの一番に襲われるのはマギーだろう。

 

 うとうとしているニナを抱き寄せながら、マギーはまるで悲しむように下唇をかみしめた。

(……ミュータント、か)

 交易商人として、旅をしていた時には色々な噂を耳にしたものだ。

 一夜にして住民全員が消滅した居留地。都市の防壁すら破砕するベヘモスやリヴァイアサンと呼ばれる巨獣。霧と共に押し寄せる巨人の影の噂。銃弾すら通用するかも怪しい巨大甲虫。数千、数万で大地を徘徊する屍者の群れ。

 確実に存在している抗えない脅威が、世界の何処かを闊歩している事をマギーは知っていた。

 大崩壊後の世界では、人間など弱く、小さい、脆弱な生き物でしかない。

(果たして私は、この子を守れるのかな。あの廃墟から連れ出して、幸せにしてやれるんだろうか?)

 ニナを抱き寄せて、マギーはスンと匂いを嗅いだ。


 堂々巡りの思考に陥っていたマギーだが、人の気配が近づいてきたのに気づいて、薄っすらと目を開いた。拳のうちにナイフを握り込んでいる。

 何時でも飛び掛かれるよう、全身を淀みなく力を巡らせながらマギーが様子を窺うと、視線の先には少女がいた。

 歩み寄ってきて、ニナの肩に手を掛けている。

 揺すられたニナが眠たげに目を見開いた。

「んー。なんのようさ?もう寝る時間だよ?」

 目の前に王女さまがくると、年相応に戻ってぶつぶつと呟いている。

「あんたこそ、いるならいるって言いなさいよ。探しちゃったわ」と王女さまはふんぞり返りながら、ニナの手を掴んだ。

「お風呂が沸いたわ。子供たちは入れてくれるって」とは、王女さまの言。

「……お風呂?」ニナが首を傾げた。


「そうよ。お風呂よ!水がたっぷりとあるし、体も冷えてるし、そうだ!ゲッコーの出入り口を見つけたのよ!」王女さまの話は脈絡もなくあちこちに飛んだ。

「なんか、危ない事してたぁ」呆れたようなニナの言に王女さまが抗議した。

「見張ってたの!

 ゲッコーは崩れた建物の壁から出て屋根を伝って村の中に入り込んでたの!」

 興奮で腕をばたばたさせた王女さまが、唐突に部屋の向こう側に振り返った。

 そこでは湯舟が湯気を立てており、裸の子供たちがきゃいきゃいと騒いでいた。

「ご褒美に、大人たちがお風呂を作ってくれたのよ!素敵だわ。何年ぶりだろう!」

 王女さまに引っ張られて、あきらめの表情でついていくニナを、マギーは微笑んで見送った。ナイフは見咎められないよう、最後まで掌に隠し通した。


 沢山の水と燃料を必要とする風呂は、崩壊世界では相応の贅沢に違いなく、ニナは入った記憶が無かった。

「おぼれるぅ」腰までの水に浸かったニナが絶望に叫んだ。

「溺れやしないわ」と王女さまがスポンジに石鹼をつけながら迫ってくる。

「いやぁ。おたすけぇ」

「失礼ね」

 背中をごしごしと洗いながら、王女さまが首を傾げた。

「それにしてもあんた、どれだけお風呂入ってないの?」


 子供たちがゲッコーの出入りする穴を見つけたのは、居留地ポレシャの人間から見て誇張なくお手柄だった。建物の出入り口を塞ぐ手間が省けたのと、今年の渡り人たちが薪取りを盛んに行うので、居留地ポレシャでは、冬を計算に入れても薪が大分余っている。使える豊富な水と、薪の余裕。それなりの居留地の住人でも、暖かな風呂に入るのは多少の贅沢だが、今は偶々、条件が揃っている。


……あら、綺麗にしたら可愛いわね。あんた。あたいほどじゃないけど……やせてるけど。もっと食べなくちゃだめよ……余計なお世話だよぅ……


 子供らの喧しい喧騒に耳を欹てながら、マギーが外の景色を眺めていると、再び足音を響かせて正面に誰かがやってきた。


 椅子と金属製ケトルを両手にぶらさげた、簡素な農夫の服を来た男性が佇んでいる。

「座っていいかね?」

 誰だろうか、と心当たりの浮かばないマギーの怪訝そうな表情に気づいて、失敗したと照れくさそうに頭を掻いた。

「ああ、すまなかった。初めまして、かな……娘が世話になっているので挨拶をと思ってね」

 どうやら、王女さまの父親らしい。敬意を示しているのか、帽子を取ってマギーに挨拶を送ってきた。言われてみれば、話したことはなかったが町中や路地裏で見かけたことはあった。

 マギーも胸に手を当てながら、起き上がった。

「ああ、あの娘のお父さん。これは、初めまして」

 無難に挨拶を交わして座るように促がした。


 騒いでいる子供らを眺めながら、父親は微笑んだ。

「……子供は何時も無鉄砲なもので。それでも、妹さんと一緒に遊ぶようになってから、大分、大人しくなってくれて助かっている」

 マギーは頷いた。無論、ニナはいい子だし、廃墟で培われた用心深さは、今の時代に保護者を一番に安心させてくれる資質だった。


「……居留地に入り込んでいたゲッコーの出入り口を見つけたそうで」

 居留地を留守にしたお陰でニナが付き合わないでよかったと思いながら、マギーは話を向けた。少し顔を顰めた父親が、苦笑を浮かべてケトルとコップを取り出した。

「ホットワインだ。蜂蜜が入っていて体が温まる。一杯どうかな?」

 湯気を立てるケトルから注がれた杯をマギーも受け取った。

父親が口をつけたのを確かめてから、軽く口に含んだ。別にここで毒など仕込まれる筈もないが、普段から多少そう振舞うことで、知らない相手ばかりの局面でも用心深く振舞う習慣づけをしている。


「あの子と付き合ってくれた友だちとその家族に、礼を言いたかった。早くに母親を亡くして、ここに落ち着くまでろくに知り合いも作ってやれなかった。

これからもあの子に付き合ってくれると嬉しいのだが」

 マギーはため息を漏らした。

「ニナが望むなら、そうするでしょう」

 実のところ、保護者としてのマギーは、眼前の父親に対して少し感心できなかった。マギーが過保護なのかもしれないが、自由時間を子供の好きにさせ過ぎではないかと危惧している。


「風呂は、子供たちへの褒美だと聞いた。大きな被害が出る前に突き止めたからか。居留地ポレシャもどうして気前がいい」

 父親の表情に一瞬、苦々しいものが走ったのがマギーにも分かった。

「ありがたい話なのだろうな。他にも色々と。助かったことは事実だ。食料100日分を寄越したよ」

 マギーは正直に告げた。

「それは、大した報償だ。本来、居留地の人にとっても難事だったのでしょうね」

 父親は最後まで言わさずに大きく頷いた。

「そう。ポレシャの住人たちは公正な人々だ」

 隠しきれない苦々しさが、父親の口調から立ち昇っていた。

「居留地にとっても、それだけの報酬を払うべき、危険な任だった」

 それでマギーも、眼前の父親の気持ちは幾らか理解できた。けして、娘の危険な行いを良しとしている訳ではないのだ。




「……皆が褒めそやしている。父親としては、危ない真似をしたと、𠮟るべきなのかも知れない。だが、人々の助けとなって笑い喜ぶあの子をどうしても皆の前で叱れなかった」他人の懊悩を聞かされても、マギーには言うべき言葉は浮かばなかった。

 誰が悪い訳でもない事情に迂闊に口を挟むべきでもないだろう。貧しい人々にとって、食料の重さは常に命の重さでもあった。それに、王女さまは、どうにも父親に憧れているらしい。


 父親は黙って俯いている。

「正直に心底を明かしたらどうだろうかな……」

 なので、マギーとしては無難な感想を口にするしかなかった。

「わたしがニナにそうしてるからだけど、危ない事を止めて欲しいと。勿論、人助けは素晴らしい事だが、父親にとっては家族もまた大事なのだと。なので危ない事をしたと叱り、人を助けたと褒めて。後は、これから中庸になれるように、と」

 どうしようもない当たり前の結論だったが、娘の性質に思い悩んでいた父親にとっては些少の助けになったのだろうか。少し強張っていた父親の顔色も、心なしよく見えた。

 頷いて立ち上がり、手を差しだして来た。マギーは握手に応えた。






 居留地ポレシャにはいくつかの店舗が並んでいるが、雑貨屋は碌な品揃えがしていない。木製の店舗はよく掃除はされているが、スカスカの棚に並んでいるのは、ごくわずかな金属製のナイフとフォークに陶器の皿、金属製のピッチャーなど、廃墟から探して来たほんのわずかの食器ばかり。後は数冊の本と古い新聞が並んでいるが、本は貴重品で、貸本として時間当たりの金を払って読むことしかできない。


 あとは、店主の前の机に壊れかけたラジオと伝票。職人に足踏み動力用に改造された扇風機。水や食べ物の保管用に使える空き缶と空き瓶などが箱の中に並んでいる。それが全てだった。


 雑貨屋に並んでる品の七割ほどは、最近にニナとマギーが近隣の廃屋から探して持ち込んだ二束三文の拾い物で占められていた。残りの三割は、近隣の都市からの輸入品。煙草や酒に安っぽい弾薬が数発と幾らかの釘などで、居留地の住人や路地裏の流れ者らにコンスタントに売れているようだ。


「……フォークが三本。ナイフが二本。コップに皿と」

 雑貨屋の爺さんが(婆さんかも知れないが外見から区別はつかなかった)入れ歯をふがふがとさせながら、レジから金を出して数えだした。


 旧文明の産物と言ってもピンキリで、マギーとニナが廃屋から持ち帰ったような日用品には、大した価格はつかない。とは言え、金属製品の加工が困難になった分、一日分の食事代くらいにはなった。


「ピザカッターは?」マギーは持ち込んだ品に視線をくれた。

「なんに使えちゅうん?ピザなんて誰も食わんよ。町に持ち込んだ方がいい」

 雑貨屋の老人が肩を竦めたが、マギーも手を振った。

「面倒だよ。引き取ってくれ」

「……良い値はつかんよ?」枯れ木のように細い手をすり合わせた老人が囁いた。

「構わない」頷いたマギーも、財産を身に付けて持ち運んでいる流れ者の身だった。早々、荷物は増やせなかった。


 帳面をつけた老人が上目遣いにマギーを見た。

「支払いは麦?金?」

「金でいいよ。麦はまだある」

 マギーの答えに老人がにんまりと笑った。

「ほいじゃ。三枚……おまけして三枚と半」

 マギーが代金を受け取り、老人が食器類を震える手で慎重に箱に閉まっていく。

 かなり大きな額面が記されたポレシャ紙幣を数えて、マギーがうなずいた。

「確かに」


 マギーとニナは、定期的に廃墟の戦利品を雑貨屋に売りに来ていた。麦が三キロ半買える。一日の収穫としては悪くはない金額だった。今日の食事を引いても二キロ半。幾らかの野菜や肉を購入しても、二キロは余るだろう。


 マギーが紙幣を胸ポケットに入れて外に出た。買い物はしない。ポレシャ紙幣では麦と水、そして薪くらいしか買えない。


 雑貨屋の品も、食べ物や嗜好品を除けば大半、都市ズール通貨でしか取引できない。出来る品も、ポレシャ紙幣だとかなり高値がついている。ポレシャ紙幣で麦を買い、ズール市で売れば現金を得られるかも知れないが、収穫期など特定の時期を除いて、替えられる量には制限がついている。一人、日に1キロまで。引き出しを制限することで、居留地ポレシャは、麦の流出と値段の変化を防いでいる。


(わたしたちが都市ズール通貨を持ってる事は秘密だよ)マギーは耳元で囁いた。ニナは頷いた。盗人に狙われるのを避ける意味でも秘密にするべきだし、少量でも麦が流出して売られている事を居留地ポレシャは面白く思わないかも知れない。

 何故なら、居留地ポレシャだってズールのような大きな町に麦を売って、引き換えに弾薬を購入したり、傭兵を雇っているからだ。


 だから、マギーは「多分、これくらいの流出は、居留地も織り込み済みだと思うけど」と言いつつ、自分たちが食べてもおかしくない食事から少しずつ麦を蓄え、別に消費してもおかしくない量の麦だけを僅かにズールで売却した。


 ニナが生まれた時には、世界は既に滅んでいた。なにがあったかなんて、ただの小娘には分からない。ただ廃墟には、怪物やゾンビが巣食っていると同時に、文明崩壊以前の品々も眠っていることだけは誰もが知っていた。


 そうした遺物を発掘したり、持ち帰って生計を立てている者たちは廃墟漁りスカベンジャー、或いは密猟者ストーカーなどと呼ばれている。


 崩壊世界において流れ者の暮らしは、一般に危険で厳しいものが殆んどだった。食べるものに事欠く日も多く、安全な土地があっても定住は許されず、不便で不安定な日々の生活を送っている。そうして将来への展望を望むべくもない若者の中には、廃墟漁りスカベンジャーの真似事をして、糊口を凌ごうと考える者たちも当然にいた。


 野心でいっぱいの若者などを除けば、廃墟を探索する素人廃墟漁りスカベンジャーには主に二種類いる。


 切羽詰まったものか、好奇心旺盛なもの。大抵は、いずれも長続きはしない。他の仕事をした方がマシと気づくか、変異獣ミュータントなどに追われて命辛々に逃げ帰り、割に合わないと懲りるか。遅かれ早かれ、姿を見せなくなる。何度も赴くものも中にはいるが、それは例外。長く続けられる廃墟漁りは、ほんの一握りで、古びた食器用ナイフやフォークに釘を持ち帰る事などで満足して、それ以上の冒険はしない。


 安全で稼げる場所など、既に玄人の廃墟漁りたちに漁られている。残っているのは、安全で稼げない場所か、危険で稼げない場所でしかない。


 ごく稀に、稼働する戦車や施設などを見つけて成り上がった狩人ハンターや一攫千金を得た廃墟漁りスカベンジャーの噂が流れることもあるが、ニナは実際に見たことはない。仮に実際にいたとしても、逆に言えば、滅多にいないから評判になるのだろうとニナは思っていた。


 雑貨店を出たマギーが、ちょっと場を離れた。ニナはベンチに座って待つことにする。近くには遊び相手の子供たちもいて、互いに心配はしなかった。

 ニナの判断では、居留地ポレシャの治安は非常に良い部類に入っている。

 居留地の人々が基本的に善良であるし、小さな居留地なので隅々まで目が行き届いている。仕事を求める渡り人オーキーも過剰な人数が集まっているわけではない。日に数時間を働けば、それなりに食べていける。特に中央広場は、保安官が常駐していて揉め事も殆んど起きない。


 もっと稼げる居留地、もっと大きな居留地も勿論あるようだが、マギーが熟慮して選んだだけあって、居心地が良かった。


(んー。毎日、こんなに幸せでよろしいのでしょうか?)

 思いながら、店の前の石段に座ってぼんやりと彼方に浮かぶ白い雲を眺めていたニナだが、それでも共同体にいる以上、気持ちのいい人間もいれば、嫌な人間との出会いも避けられない。


 ニナを見つけて、ひょろっとした少年が寄ってきた。ニナの所属するグループとは別の、初夏あたりから路地裏に住み着いた子供らの一員だった。


 子供たちが警戒の目を向ける中、ひょろっとした少年は目標をニナに定めたらしい。

「……お前の姉貴は怠け者だなぁ」開口一番に悪口を聞かされる。

 年かさの少年の偉そうな口出しに、ニナは不快さを隠さずに眉を顰めた。

「なに言ってんの?」

「お前ら、ろおくに仕事もせんで、歩き回って。冬を越えられるんのか?」

 相手を慮った言葉ではなく、露骨な嘲弄を楽しんでいるとはニナにも分かる。

「おとうが言ってたぞ。人間はな。骨惜しみしねえのが大事だって。

 おまぁの姉貴みたいにプラプラする怠け者になっちゃいけねえってよ」

 そこまで言ってから、胸を張った。

「おらの姉やは違うぞ。働き者で皆に好かれちょる」

 お前の親父こそ人の悪口ばかりのロクデナシじゃないか、と思ったが、ニナは肩を竦めた。相手をするのも馬鹿馬鹿しい。

「やな、いじめっ子。嫌い」それだけ吐き捨て、ニナは顰め面すると逃げ出した。

 背後でニナの友軍たちが怒りの唸りを上げていた。


 さほど深刻でもないが、子供たちの間に対立が生じたようだ。と保安官は口元を歪めた。は言え、保安官からすれば毎年恒例の風物詩だった。

 対立したり、仲直りしながら、また毎年、顔触れが入れ替わり、子供たちは成長し、別れを経験していく。激しい喧嘩や盗みなどが起きれば話は別だが、今のところは他愛のない悪口で済んでいた。後まで引きずるようなものでもあるまいと保安官は口を挟まなかった。



 広場で売られているレモネード。これはポレシャの貨幣でも安く買える。売り子はポレシャ居住者の子女で、多分に商売の練習としてレモネードを売らせているのだろう。レモネードを二つ買ったマギーは、駆け寄ってきたニナとベンチに座った。名も知れない綺麗な花が花壇に咲き誇っている。もっと大きな居留地でも中々、見ることのできない美しい光景だった。


「冬が90日。日に最低800gの麦が必要として、最低70キロの麦粉があれば一応、冬は乗り切れる。ただ、出来れば90キロは欲しい所です」マギーは淡々とした口調で説明した。

「うん」頷いたニナも理解するところで、ポレシャ紙幣は、麦と水が価値を担保している。一度の探索の戦利品で、二人は麦三キロから四キロ分のポレシャ紙幣を稼ぎ出す。状態の良い本を見つけた時など、四キロから十キロほどの価格をつける。


 今日まで七回にわたる探索で稼いだポレシャ紙幣が、経費を引いて麦にして40キロ相当。ニナの手による石斧の製造などで、薪代も四割ほど抑えられた。加えて大掛かりな薪拾いに参加することで残りのさらに半分以上を補えている。あとは日雇い仕事で稼ぐことで、おおよそ60キロ少し分の麦に相当するポレシャ紙幣を稼いでいた。


「冬の分の薪の備蓄に関しては?」とニナ。

「薪と、それに屋根の下に関しては、ズールに幾つか心当たりがあるよ」とマギー。

「……ん、分かった」

「変な怪我でもしたり、紙幣を盗まれたりしなければ、越冬できるよ」結論したマギーが肩を寄せてきた。備蓄量はニナもおおよそ把握していたけど、改めてホッとすると同時に、初めて外の世界で過ごす冬への緊張を隠し切れない。

「今の備蓄だけじゃ、麦粥ばかりの最低の食事になるけど」マギーが言うと、ニナはやだなぁとくすくす笑った。

「もう少し貯めようね」マギーが囁いて

「うん」ニナは目を閉じながらうなずいた。

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