第4話 柄樫サリエの世界④

 高校入学時、サリエは校内で護衛を付けるのを止めるように、また、体育の授業や学校行事に参加出来るようにと、美麗や祖父に頼んだ。 

高校では、もしかしたら、サリエを何とも思わない男の子がいるかもしれないし、サリエと似た境遇の女の子がいるかもしれない。

今の環境にまったく不満は無いけれど、少しだけ交友関係や活動範囲を広められたら嬉しい、と話すサリエの顔を、大人達は曖昧な表情で見ていた。

先に進学している賢人の学年生徒への根回し、通学時の車での送迎はこれまで通り護衛付き、部活動や委員会で放課後居残りをしない事、中学時代のように、3年間、尚希と同じ組で過ごす事、担任は女性限定、携帯電話のGPS機能、修学旅行は不参加… 

諸々の細かい条件を決め、あともう少し安心材料を、と皆が考えていた矢先、校内の雰囲気や状況を把握している為、大人達との会議の中心だった賢人が、ある提案をした。

通っている空手道場の知り合いの男女が同じ高校に入学するので、友達になってみたらどうかというのだ。

大人達の心配を余所に、「面倒な事にはならないはずだ」と、賢人から紹介されたのが、神守結晴(かみもり ゆいはる)と神宿翠(かみすく みどり)だった。

翠は、ある地域のかなり山奥にある神社の跡取りで、結晴はそこに代々使える一家の息子だった。

結晴は、翠よりも2つ年上だったが、翠に合わせる為に小学校から就学を遅らせたのだと言う。

結晴は、幼い頃から翠を守り仕える為に片時も側を離れずに生活していて、将来、二人は結婚すると決まっていた。 

二人は、賢人の提案をすんなりと受け、入学前にサリエの屋敷に足を運んでくれた。

休日だというのに、新しい高校の制服をわざわざ着て、二人共、何時でも持ち歩いているという布製の白い小さな肩掛け鞄を下げていた。

その礼儀正しい様子に、祖父も美麗も安心した様子で、応接間に子供達だけ残して自室へ引き上げて行った。

あまり背は高くなく細身の結晴、対して、翠はやはり細身で女性にしては背が高かった。

アーモンド型の目をして中世的な印象の結晴は、目を引くかなりの美少年だったが、切れ長の一重瞼で大人びた面差しの翠は、比べれば平凡な容姿だった。

共に、さらさらとした細い黒髪で、透き通るような青白い肌と赤い唇をしていて、顔の造形は全く似ていないのに、立ち並ぶと双子のように見えた。

お互いに自己紹介をしてから、サリエをじっと見ていた結晴が、

「近づくと案外背が低いんだな。目立つから実際より大きく見える。」

と、言った。

「聞いていた通り、本当にすごく綺麗なのね。

 宜しくね。」

翠は、真っ直ぐにサリエの目を見て笑った。

あまりされた事が無い態度に、サリエは急に戸惑ってしまい、声が出なくなった。

「サリエ、身長いくつになったの?」と、尚希が尋ねる。

「160センチ。」

「嘘だね。」

と、すぐさま賢人が否定した。

「…ひゃくごじゅう…はち…」

「私は165よ。」

と、翠が言った。

「俺は178!高校卒業時には賢人を抜く予定。」

明るく話を続ける尚希に、

「聞いてねぇよクソが。」

ぼそりと結晴が呟く。

「かみもり君、俺達初対面だよね。酷くない?

 ていうか、この話ふったのそっちだよね?

 せっかく話広げたのに。」

「言っとくが俺は年上だ。口を慎めよ。成長期が止まらない自慢か?」

辛辣な結晴に、ええぇ~と引き気味の尚希を賢人が宥める。

「今回の申し出は、実際、有難いの。

 結晴は見た目は良いのにこんなかんじだし、私もちょっとアレだから。

 周囲からは気味悪がられているのよね。」

翠が苦笑しながら説明してくれた事には、「悪い霊を祓ったり、封印したりするのが家業で、色々視える」のだそうだ。

結晴は「助手兼ボディーガード兼恋人」で、二人は修行中。

特殊な境遇、あまりにも強固な二人だけの世界での言動は、彼らを崇める地元の地域から一足出れば奇異でしかなく、小学校までは良かったが、中学校では完全に孤立していたとの事。

「私達は、それでも全く構わないんだけど、放って置いてくれない輩がいるの。

 家は、それなりに学校に対して影響力が有るんだけど、細かいケアにまでは気が回らないというか…その対処も自分達でしてこその修行というか…まあ、全体的に雑なのよね。

 あなた達と居られる事で少しでも面倒事が減ればと思っているの。

 親達も、そちらのおじい様と繋がりが出来るのを喜んでいたしね。

 だから、ちょっと利用させてもらうわね。」

そう、はっきりと言われて、サリエの心が軽くなる。

「友達になってくれ」と言いながら、様々な条件を一方的に押し付け、負担を掛ける気がしていたので、ほっとした。

「俺は、翠を一人で守れるのだから現状維持で良いと思っていたんだ。

 今までもこれからもお互いさえ居ればそれで良いからな。

 それでも、何かしら翠の利益になるなら喜んで協力する。」

結晴がサリエの顔を真っすぐに見ている。

その目は、ただ真っすぐにサリエを見ていた。 

「設定とキャラが濃過ぎる。ラノベか。」  

尚希が感心したように言うと、

「こいつだって似たようなもんだろ。本当に人間か?」

と、結晴がサリエを指差した。

翠が無言で結晴の頭を叩き、その音と勢いに尚希と賢人が大袈裟にびくりとする。

それを見てサリエは、この町に来て初めて声をあげて笑った。


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初恋怪談 カタコ @nayalm

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