終幕

樹齢百年以上経つ桜の袂で、ハラハラと舞散る花弁を娘は見ていた。その肌は透ける様に白い。その表情は、儚さを伴っている。

 黒くて長い艶やかな髪を結う事も無しに、風になぶらせるままとしていた。それが、何処か幻想的で美しい。

 だが、一つだけ奇妙な事が、その娘の身にあった。その娘は、なぜか景色に溶け込んでしまうのではないかと思えるほど、透けているのだ。娘を透かして景色が見える。

その不可思議な姿のその娘の元に、キラキラとした光の残滓が舞い降りてきた。娘はそれに気付いて、不思議そうに見上げる。

 金の光は人の姿をしていた。純白の双翼は清浄な風を生み出している。明らかにこのあたりの人の造形ではなかった。

『……誰を待っているのですか?』

 光を孕んだ羽毛が散る。それを眩しそうに見ながら、娘は笑んだ。

────兄上さまを、お待ち申しております。

 光は泣きそうな表情をした。

『…………わたくしは、貴女の兄上さまが大好きでした』

 少し戸惑った後にそう告げると、娘は驚いた様に目を見張った。

────兄上さまを…雪之をご存じなのですか?

『ええ。……わたくし、助けて戴きましたのよ』

 光は切なげに微笑んで、そっと腕を開く。

『……あの方は、ずっと貴女の事を心配していました。 事情があって、あの方はここに迎えに来る事が出来ませんでしたが、代わりにわたくしが参りました。 ……“桜華”。もう待たなくてもいいのです。わたくしと共に天界へ参りましょう』

 名を呼ばれ、娘は嬉しそうに笑った。小走りに走って、その光に抱かれる。

────もう、待たなくてよいのですか?

 小首を傾げて、白い面を見上げるように覗き込む。

『ええ。もう、待たなくても良いのです』

────兄上さまを、お好きなのですか?

 無垢な瞳が光に向けられる。光は笑んでゆっくりと頷いた。娘は「嬉しい」と呟くと、安堵したのか、その姿を変える。

────兄上さまは、良い人を自力で見つけられたのですね。……桜華は安心しました。

 光の腕の中に残された物は、一振りの桜の小枝だった。可憐な淡い桃色の蕾を二つつけて細かに揺れる。光は、その小枝を大切そうに胸に抱いて、翼を羽ばたかせた。

 ふわりと羽根が舞う。……弧を描きながら戸惑うように羽毛が散って、それが大地にたどり着いた頃、長年その娘を見守りつづけた桜の木が、わが子を送りだす親の様な風情で、花弁を舞踊らせた。

                          終わり。


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光を拾う 西崎 劉 @aburasumasi

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