最終話  魔法の国の代行屋

 一台の幌付きの荷馬車が銀の森を後にした。


 少女は仕事の疲れもあってか、ぼんやりとしていた。


「……リザ」


 名前を呼ばれても気が付かないくらいだ。


「リザベータ・プレッシャル!!この程度の仕事で疲れていたら、この先やっていけないよ!!」


 大声で本名を呼ばれたリザは、首をすくめて、婆に謝った。


「御免なさい、婆様。だって、とっても綺麗な若様だったし、あたしだって、蒸気機関車を見たのは、初めてだったのよ」


「乗ったわけではない。我が一門の記憶を共有させて、そなたの中へ送っただけのことよ。だが、手際は見事だったぞ、良く若長の心を取り戻してくれた」


「まさか、旅に出る前で立ち止まってるとは思わなかったわ」


「動き出してしまえば、真実を知ることになる。それが恐ろしかったのじゃろうて……この先は、周りの者がケアしていくだろう。心配せずとも、もう次の仕事は入っておるぞ」


 婆の言葉にリザは、口あんぐりだった。


「婆様、もう少し休みが欲しいわよ」


「しかし、リザ。お前のように人の心に干渉できる能力なぞ珍しいのだ。

 世の中には、困っている人が沢山いるのだ。精進せよ」


 そう言われて、リザは黙るしかなかった。

 そして……そう言えば、と思った。


「まさか、若長の精霊と同じ名前だとは思わなかったの!! 若長に本名を連呼されて、魔法が解けるかと思ったわ」


「それは、婆の若い頃の契約精霊さね。お前の名前は、その精霊の名前を付けたんだよ」


 歯の無い口でヒャヒャヒャと笑う婆。

 婆は、リザのひい婆なのだ。

 しかし、リザの祖父母より、父母より長生きだった。

 若い頃は、神殿付属の風の魔法使いだったらしいが、引退して、郷里に帰って来た時には、男の孫を一人連れていた。

 大地の魔法使いの素質があったが、婆は学び舎に入れずに手元で育て上げた。

 人の心に干渉して、悩みを抱えてる人や、会いたい人になり切ってその人の心の内に入って行く………

 かなりレアな力の持ち主だった。

 その孫も蒸気機関車の事故で亡くなった。

 リザは覚えていないので、無邪気に喜んでいたが、蒸気機関車の記憶は、リザの父の最期の記憶だった。


 そんなレアな魔力をリザが受け継いでいた。

 困った人を助けなくては……

 たった1人の孫に先立たれだたて、意気消沈していた婆を、一族で盛り上げた。婆の魔法使いであった頃の人助け魂が復活したのだ。

 今度は移動には、荷馬車を使い、安全にバックアップできる状態にして。


「ねぇ、婆様………あたしいつも思うんだけど………」


「何だい?」


「代行屋は変じゃない!?名前を変えようよ。」


「何でもやるから、代行屋だろうよ」


「婆様~~」


 ヒャヒャヒャと婆の笑う声が、空高く聞こえる午後である。

 荷馬車は、南へと向かって行った。



(完)

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魔法の国の代行屋/銀の森の若長が目覚めるまで 月杜円香 @erisax

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