ポストアポカリプスな世界で、友人の墓参りに行く話
ウミウシは良いぞ
本編
一台の車両が荒野を走る。車輪が回転して黄色い砂塵が舞い上がる。ガソリンの香り、照りつける日光で目元に汗が滲む。砂に埋もれた古い舗装の道路を走り抜ける。振動がハンドルを握る掌に直に伝わる。
鈍い黒色に反射するボンネットは熱を帯びているのが、砂で汚れたフロントガラス越しに感じる。車体は年季の入った骨董品だ。核戦争の影響で急速な温暖化が進んだ世界に置いて俺達は『運命共同体』だ。
復興の進んだ
「ウィンター、寝てるのか?」
返答を待つ。俺はバックミラーを確認する。女性が後部座席で眠っていた。黒い髪を座席シートに投げ出し、胸元を大きく開けて寝息を立てていた。彼女の名前はウィンター。旧文明期以前の人間だ。彼女は目を覚ます気配はなく、無防備な姿で眠っている。
「ったく、お嬢様は良い御身分だな」
俺はラジオを入れる。ザザザ、と雑音が入り次第に音が安定する。
『今日も終末生活、如何お過ごしでしょうか。ポストアポカリプスを楽しむ唯一のラジオ、《サンセット・ショッパーズ》のお時間です』
聞き慣れたパーソナリティの声が車内に響く。俺はラジオの周波数を合わせる。ノイズ交じりだった音声がクリアになる。スピーカーからは軽快な音楽が流れてくる。俺は運転しながらラジオを聞き流す。音楽は嫌いじゃない。寧ろ好きな部類に入る。
ラジオのニュースでは、ここ数日の天気や気温の変化について話している。相変わらず天候は不順で、雨が降る日もあれば猛暑が続く日もある。気象衛星は失われ、天気予報士も居ない世界で天気予報なんて役に立たないが、人々は日々の生活の中で天気予報を信じている。今朝のラジオで聞いた話では、旧文明期に建設した地下シェルターに避難していた人々が地上に戻り始めているらしい。
暫く走ると錆びた看板が視界に入る。リバーサイドへようこそ。
それは俺達が現在走行している場所を示していた。目的地まであと少しの距離だった。砂漠地帯を抜ければ目的の場所はすぐそこだ。倒壊した市街地が見えてくる。
◆
荒れ果てた都市は見る影もない。廃墟となった街並みには、かつての面影はない。建物は崩れ去り、瓦礫が積み重なっているだけだ。
道端に転がる朽ちた自動車や原形を失ったタンクローリー。割れたアスファルトの隙間から生えた雑草は背丈を伸ばしている。風化した建物や路上に落ちているゴミは、長い時の流れを感じさせる。かつては繁栄を極めた大都市だったが、今では人の住めない環境になっていた。
汚染物質を含んだ大気は上空に留まり、太陽光は遮られている。太陽の光が届かない空は曇天に覆われ、厚い雲に覆い尽くされた暗い世界に変貌を遂げていた。
荒廃した都市の風景を見て思うことは何だろうか? 人はもう居なくなったのか? 寂しくないか? それともまだ生きている人が居るのか? 俺はそれらの答えを知っている。荒廃した都市を見つめながら思い出す。あの日の事を――。
俺はハンドルを切り、建物の合間を縫うように進む。
目的地に着いた頃には太陽は完全に沈んでいた。ヘッドライトを点灯し、停車する。運転席から降りて後部座席へ向かう。ドアを開けると冷たい空気が流れ込んでくる。俺は後部座席に座っているウィンターを起こす。彼女は目を擦りながら起き上がる。そして大きな欠伸をした。
「おはよう」
「やっと起きたか……そろそろ着くぞ」
俺はそう言うと、車のトランクから花束を取り出して外に出た。
ウィンターも後に続いて車を出る。
「ここは変わらないね」
普段、底抜けに明るい彼女も落ち着いている。彼女の言葉通り目の前に広がる光景は何も変わっていなかった。この都市の変わり果てた姿は何度も見てきたが、この場所だけは違った。そこは巨大なクレーターの中心部で、周囲には紫の結晶が突き出している。紫色の光を放つ結晶は、地面に深く突き刺さっている。彼が命を懸けて、ウイルスを無毒化した唯一の証拠だ。
中心部にあるのは一つの墓標。
そこに刻まれた名は《アレックス・アルドレア》。
俺は花束を墓の前に供えて手を合わせた。
ウィンターも同じようにして手を合せて黙祷する。
「帰って来たよアレックス。お前が救った命は続いている」
俺は目を閉じて呟いた。
「久しぶり、アレックス」
ウィンターが墓石に向かって話しかける。彼女は花柄のワンピース、髪は風に靡いている。整った顔立ちと白い肌、青い瞳を持つ彼女は、どこか幼く見える。年齢は十代後半といったところだろう。彼女は、この世界の誰よりも強く優しい女性だ。俺が知る限り、彼女が涙を流したのは一度だけだった。
「また来るわ」
「ああ、また一年後に来るから待っててくれ」
俺達はその場から離れる。
残留する放射能のせいで、長い時間この街には居られない。
◆
車に戻ると、ウィンターが胸元から煙草を一本取り出した。彼女は普段煙草を吸わないどころか嫌悪しているが、、今は別だった。彼女は煙草を口にくわえると、マッチで火をつけた。俺はライターを渡したが、彼女は首を横に振った。
「それは?」
「アレックスが好きだった銘柄」
俺は驚いた。ウィンターは微笑み、懐かしむような表情を見せた。彼は、俺とウィンターの命を救った恩人だ。俺も彼女から煙草を貰う。
肺を空にする。煙草に口を付け、軽く息を吸い込みながら紫煙を二人で吐く。
「「うわっ、まっっず!」」
同時に俺達は咳き込んだ。不味い煙草だ。二度と吸わねえ。
俺達は無言で同じ事を考え、足元に煙草を捨てた。踏みつぶして火を消す。
「じゃあ、しみったれた空気は終わりだ」
「ええ、私達は明日を生きなきゃね」
俺らは車に乗り込み、アクセルを踏み込む。エンジン音と共に車が加速する。俺は助手席に座る彼女に視線を向ける。彼女の横顔を眺める。その表情は凛としていて、まるで女神のようだと思った。荒廃した世界を生きる二人を乗せた車は徐々に市街地から遠ざかる。
日が沈む荒野を一台の車が走る。
車内のスピーカーからは陽気な音楽が流れ続けた。
ポストアポカリプスな世界で、友人の墓参りに行く話 ウミウシは良いぞ @elysia
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