百合3

ALC

第1話百合3

そいつはいつもクラスの中心に居た。

うざったい猫なで声を発しているのが何故か癪に障った。

別に気にしなければ良いだけの話なのだが耳から入り鼓膜に伝わり脳に達したときにはいつも苛立っていた。

もしかしたら自分がそうなれないことへの怒りだったのかもしれない。

彼女のように可愛らしい女子だったら私ももう少しモテたかもしれない。

そんな浅はかな思考が私の心に怒りを芽生えさせていたのだろう。

別に特別モテたいわけではない。

だがしかしクラスに一人ぐらい私に好意を寄せて構ってくれる存在が居てもいいのに。

それぐらい思うのは当然のことではないだろうか。

自分の容姿を過小評価するわけでも過大評価するわけでもないが、ある程度は整っているかと思う。

ただ取っつきにくいこの性格を少しだけ呪うこともある。

根暗なわけでも陰キャなわけでもない。

家にいる時は普通に会話もするし引きこもっているわけでもない。

ただ大勢の生徒がいる中で会話をするのが下手なだけだ。

今日も今日とてあいつはクラスの中心で男子生徒に囲まれていた。

「マナちゃんは彼氏とか作らないの?」

なんと直球な好意の示し方だろうか。

こんなの当事者じゃなくても誰でも理解できる。

彼女に好意があると自分で伝えているようなものだ。

(簡易的な告白ね…遠回し過ぎてダサいけど…っていうか好きなら真っ向勝負しなさいよ)

他人のことではあるのだが何故か及び腰の男子に苛立ってしまう。

「えぇ〜今は興味ないかなぁ〜」

今はというその一言がわざとらしく異常に腹が立った。

(本当はいつだって男を求めているくせに…)

勝手な想像で彼女を決めつけると私はお弁当を持って一人になれる場所を探した。

あのまま教室に居たらあまりの腹立たしさに八つ当たりにも似た感情をぶつけてしまう可能性があった。

誰も居ない場所を求めて校内を散策するといつもの場所に辿り着く。

「まぁいつも通りここしか無いわよね…」

独り言が漏れるといつもの場所である屋上に続く踊り場に腰掛けた。

「皆、群れるのが好きね。独りになりたいときって無いのかしら。誰かといないと安心しないのかな」

そう自分を慰めるわけでもなく独りごちると亡くなった祖母の言葉を思い出していた。

「ナオ。お母さんを大事にね。お母さんにはナオしか居ないんだから。でもまぁ死ぬ時は結局独りになるんだって割り切ったらなんだか気が楽よね。ちょっと疲れたから少し寝るわね」

「何言ってるの。おばあちゃんには私とお母さんが居るでしょ」

そう伝えたけど祖母はもう返事をしなかった。

そこから数時間もしない内に祖母は亡くなってしまった。

祖母の最期の言葉に対する私の返答は届いていたのだろうか。

届いていたら良いな。

なんて思ったが、祖母の最期の言葉が私の中では色濃く残っていた。

「結局最期は独りになる」

心に深く刻み込まれたその言葉が脳裏を離れない。

「それならば私は独りでいい」

そんな逃げの言葉が脳内で反芻された。

祖母の言葉を言い訳に大切な友人も好きな人の一人も作れない自分を肯定した。

昼食を食べ終えてお弁当箱の蓋を閉じる。

お弁当袋にそれをしまうとブレザーのポケットからワイヤレスのイヤホンとスマホを取り出した。

プレイリストを再生させると踊り場の窓を開けて外の景色を眺めていた。

必要以上に地面を照りつけている太陽を目にして彼女の姿を思い出した。

陽気で人を惹き付ける彼女を想起させる太陽を少しだけうざったく思うとグラウンドに視線を落とす。

昼休みの限られた時間でもサッカーをして遊んでいる男子生徒を幼い子供のように感じると憎まれ口を叩く。

「こんなに暑いのによく外に出ようと思えるわね」

こんな台詞を口にする自分を少しだけ呪うと何もかもに呆れて嘆息する。

ふっとイヤホンから流てくる有名な洋楽に少しだけ頬が緩むと酷く有名で懐かしいフレーズを口ずさむ。

心の靄が晴れたような気分になり、もう一度腰掛けようと振り返ったとき…。

「………」

振り返って思わず私は言葉を失った。

そこにはうざったく思う七星ななせマナが私のことを見つめていたからである。

「なに…?」

イヤホンを外して険のある態度で彼女を迎え撃つが彼女はいつものように無邪気な笑顔を浮かべていた。

「クラスに居るの疲れちゃって〜」

私に対しても猫なで声を出す彼女に若干の苛立ちを覚えるが私は何故か彼女の言葉に返答をする。

「ふぅ〜ん。あんたでもそんなこと思うんだ。意外だね」

「えぇ〜そうかな〜。そもそも群れるのって得意じゃないから〜。中学の時は大体独りだったし〜」

「嘘言わないで。あんたが独りとか想像できないし」

「そんなことないよ〜。男子に興味無いし高校デビューだし〜」

彼女の衝撃的な告白に私は思わず目を見開いた。

「男子に興味ない!?嘘でしょ?」

私の返答に彼女はクスッと笑うと何でも無いように告白をする。

「私の恋愛対象は女性だからね〜」

急な告白に言葉が詰まると一度冷静になるために深呼吸をした。

「じゃあ普段から男子に囲まれてるのは何?それにいつも…その…ぶりっ子してるじゃない。男子を引き寄せたいからじゃないの?」

「そういうわけじゃないよ〜。ぶりっ子なのは身を護るためっていうか〜。こうしてると男子は自然と守ってくれるし〜」

「でも恋愛対象は女子なんでしょ?ぶりっ子が女子に嫌われるって思わないの?」

「んん〜。それぐらいで私のこと判断する娘を好きになることはないかな〜」

思いの外、芯のある彼女に少しだけ好感度が上がると私は自然体で彼女と接していた。

だからかはわからないが自然体な彼女を見てみたいと思ってしまった。

「私の前ではそういうのやめなよ」

つい思わずキザなセリフが口から漏れると彼女は可愛らしく微笑む。

「なにそれ〜。王子様みたいなセリフだね〜」

誂うような彼女の言葉に少しだけ苛立ちを覚えると私はムッとした表情を浮かべた。

だがこれだといつもと変わらないと直感的に思った。

「そうじゃない。本当のあんたがどんな人間なのか興味がある。その嘘っぱちなぶりっ子の仮面を剥がしたらどんな面をしているのか見てみたいだけ。そこからじゃないと何も判断できない。あんたをうざったく思う私の感情までも嘘だとは自分が思いたくないの。全部自分の為よ」

私の言葉を耳にした彼女は何がおかしいのかクスッと笑う。

「なに?バカにしてる?」

つい苛立ちが表面に顔を出して憎まれ口が口をつく。

「ごめんごめん。そうじゃなくて。なんか普通に嬉しかったから」

普段の鼻につくうざったい話し方をやめた彼女は嬉しそうに微笑む。

「本当の私を知りたいだなんて言われたこと無いから。普通そんなに他人に興味でないじゃん。結局最後は独りなんだし」

偶然にも祖母と同じ台詞を口にした彼女に私は少しの親近感と寂しさを覚えた。

「そうだけど…そうじゃないと思うな」

祖母を否定するわけでも彼女を否定するつもりもない。

ただそう悟には早すぎる。

自分にも彼女に対しても言った言葉が踊り場に反響して解き放たれている窓の向こうに飛んでいったような気がした。

「そうじゃない…かな?」

彼女は少しだけ寂しそうな表情を浮かべると私の目を真っ直ぐと見つめていた。

彼女を慰めるわけでも自分の言葉を肯定するわけでもなく、それに深く頷いてみせると彼女はいつもは見せない儚い表情で微笑んだ。

普段の太陽のような笑顔ではなく、太陽が居なければ輝かない月の様な不思議な魅力に溢れたキレイな笑顔。

これがもしかしたら彼女の本当の性質なのかもしれない。

そう思ったら私は彼女を少し尊敬した。

自らは輝け無いはずの彼女は普段から一生懸命に努力して輝いている。

そう思うと祖母の言葉を盾にして独りでいることに甘んじて逃げている自分が恥ずかしかった。

「私が…」

(待って…!何言おうとしてる!?この彼女だって嘘の可能性はない!?ってか今まで嫌いだった相手に簡単に好意を向けすぎじゃない!?私ってちょろすぎ!?)

自分のことを省みると一度咳払いをして誤魔化してみせた。

(だけど…このまま自分の本心からも逃げて誤魔化したら…それは普段の私と同じじゃないの?)

疑問が心の隅で顔を出すとそれは全身を包み込むぐらいに大きく膨れ上がった。

彼女は相変わらず平然とした態度で私の隣で窓の外を眺めていた。

「何か言おうとしたの?」

余裕のある態度で私の言葉を待っている彼女を随分と大人な女性だと感じると自分の幼さを恥じた。

「うん…」

そう答えを口にして思わず少しだけ俯く。

「ゆっくりでいいよ。今じゃなくてもいいし。いつか聞ければそれでいいよ」

私の言いたいことを理解しているのか彼女は諭すような口調でそんな言葉を口にする。

それに頷きかけて私は頭を振った。

(負けてられない!)

彼女に対する第一印象が嫌悪感だったからか彼女に劣っている自分を許せなかった。

窓から目を離し彼女の両肩を掴むとこちらに向き合わせる。

不意の出来事に彼女は少しだけ驚いた顔をしていた。

「私が…!独りになんてさせないよ!」

こんなのただの告白だ。

それは私でも分かっている。

彼女に恋愛感情が急に芽生えたかと言われれば、そうじゃないと言うだろう。

ただ祖母と同じセリフを寂しそうに言う彼女を放おっておけなかった。

今度こそ私の思いを相手にちゃんと届けたかった。

祖母に届いていたかわからない私の気持ちを彼女に対してはちゃんと伝えたいと思った。

それはただ彼女を祖母に重ねていただけかもしれないけれど…私の本音であるのは確かなことだ。

私の渾身の告白に彼女は嬉しそうに微笑むと感謝を告げてくる。

「ありがとう。友達でいてくれるんだね」

覚悟していた返答と異なっていた為、少しだけ間の抜けた言葉が口から漏れる。

「へ…あ…あぁ〜…そうなんだ…」

私はもしかしたら彼女に何か特別な気持ちを抱いていたのかもしれない。

嫌いは好きの裏返しだと何かで読んだことがある。

本当に嫌いな相手ならば興味も出ないだろう。

クラスにいたとしても目で追うはずもない。

気にもしないのだろう。

だから私は自分の本音に気が付いてしまう。

(私はこの娘が好きなんだな)

それを理解すると照れくさくて思わず顔を背けた。

「あれ?違った?じゃあ…私の勘違いじゃないの…?」

彼女も答えに気付いたのか照れくさそうな表情を浮かべている。

急な告白にお互いが困っていると昼休みを終える予鈴が鳴り響いた。

「とりあえず後で話そ!」

そう言って逃げるように踊り場を後にするとそのまま教室まで駆け足で向かう。

(違う!違う!こんなつもりじゃなかったのに!何を急に告白なんてしてるの!ってか相手は女子だし…。ん?別にそんな事は関係ないのか?私が恋をしたことなかったのは恋愛対象が女性だから?)

心のなかで思った最後の部分がやけにしっくりとハマり今までの自分自身の気持ちに納得がいく。

私はただ嫉妬やヤキモチを焼いていただけなのだ。

好きな娘が異性に囲まれてちやほやされているのが許せなかったのだ。

そのポジションに自分が収まりたかっただけで本当は彼女のことが気になって仕方なくて、どうしようもなく好きなのだ。

それを理解した途端に視界は晴れやかだった。

いつもは憎らしく思っていた太陽も私を祝福している様な気さえする。

大げさかもしれないけれど思わず踊り出したい。

そんな陽気な気分に駆られてしまう。

自分を自制すると午後の授業に向かうのであった。


放課後のこと。

HRが終了すると私は真っ先に彼女の元へ向かう。

「一緒に帰ろ」

私の言葉に彼女は少しだけ照れくさそうに頷く。

私は思わず彼女の手を取ると教室を抜けて駆け足で廊下を過ぎ去る。

ここではない何処かに行きたくて今と言う現実も通り越して彼女と何処か遠くの二人だけの世界に飛んで行きたかった。

気持ちが高揚しているのは私だけかと後ろを振り返ると彼女は私に満面の笑みを向けている。

私達の気持ちはきっと一つで同じ様な事を考えている。

それが酷く嬉しくて走るスピードを少しだけ上げた。

校舎を抜けて街を走り息が切れそうでも私達は構わずに走った。

このままでは世界の端っこに到着してしまうかもしれないと錯覚した所で私は冷静になって一度立ち止まった。

「はぁ…はぁ…」

お互いが息切れをしながら膝に手を置いて呼吸を整えていた。

偶然近くに自動販売機があり一本のスポーツドリンクを購入する。

それを一気に喉の奥に流し込むと残りを彼女に差し出した。

「ありがとう…急に走るから…」

彼女は困っているわけではなく何処か嬉しそうな表情でそう言うとペットボトルを受け取りそれを自然と口に運んだ。

そのまま中身を全て飲み干すとゴミ箱に捨てて辺りを見渡していた。

あれだけ走ったつもりだった私達だが、どうやら走った距離は1kmにも満たない距離だった。

近くには公園があり私達は自然とそちらに向かった。

大きな公園のベンチに隣り合って腰掛けると彼女は口を開く。

「昼休みのことだけど…」

そう口を開く彼女は照れくさそうに笑った。

「気を遣ってくれたんでしょ?勘違いしちゃいけないよね…」

何処か寂しそうな表情でそんな言葉を口にする彼女に少しの苛立ちを覚えたが私はいつものような感情をしっかりと抑え込んだ。

「違うよ。本心で独りにはさせないって思ったんだよ」

「どうして?」

その先の答えを私の口から聞きたがっている怯えた彼女を早く安心させてあげたかった。

だけど私は順を追って説明することを決める。

「おばあちゃんと同じ言葉を言っていたから」

「ん?」

「おばあちゃんが亡くなる前に結局最期は独り。なんて言ったんだ。それに対して私は、私とお母さんがいるよ。って必死で伝えた。でもおばあちゃんはもう返事をしてくれなくて…その数時間後に亡くなったの。だから少しだけ心残りだったのかもしれない。孤独を感じたまま亡くなったおばあちゃんと、まだまだ若いのに寂しそうに悟ったことを言うあんたがやけに重なって…。そんなことないよ。いつまでも私がいるよ。ってちゃんと伝えたかったんだ」

私の説明を聞いていた彼女の頬には一筋の涙が溢れている。

「違う…そんなつもりじゃなくて…ごめん…」

彼女は必死で涙を隠すように両腕で自分の顔を隠していた。

そんな姿を目にして私は本来の彼女は酷く臆病で寂しがりなのだと感じる。

怖がる彼女を非常に可愛らしく感じると強く抱きしめる。

「私がいる。あんたが好きなんだって気付いた。今までクラスで男子に囲まれているあんたが何故か憎くて仕方がなかった。その理由は単純でただ私はあんたが好きで男子と話しているのが許せなかっただけなんだ。独占したくてヤキモチを焼いていただけ。恥ずかしい話だけどね…」

私の必死な告白に対して彼女は涙を拭うと思わず笑みが溢れたとでも言うようにクスッと笑う。

「なに…?」

少しだけ臆病な私の一面が顔を出すと思わず問いかけていた。

「それじゃあ…私の狙い通りだね…!」

なんて満面の笑みを私に向けてくる彼女に首を傾げる。

「だって…私は入学したときからナオちゃんをずっと狙っていたんだもん。ふたりきりになれるタイミングを見計らってた。昼休みはいつも一人で過ごしてるってたまたま男子が話しているのを耳にして追いかけてみたんだ。だから全部私の狙い通り♡」

彼女は嬉しそうに微笑むと私の両の頬を両手で優しく包み込んでまじまじと目を見つめて言う。

「キスしていい?」

そのインパクトの強い言葉に私はどうしようもなく頷く。

彼女は優しくけれど情熱的にキスをするとそっと私から離れた。

「約束だよ?」

その言葉が何に対してなのか私は十二分に理解している。

だから私は力強く答えるのだった。

「いつまでも一緒に居るよ」

彼女はそれに嬉しそうに頷くと私達は晴れてお互いの気持ちが通じ合い恋人となるのであった。


遠い未来で私と彼女は最期の時を迎えようとしていた。

「ほら。独りじゃなかったでしょ?」

「約束守ってくれてありがとう」

「まだ約束は果たして無いよ」

「果たしたでしょ?」

「今後も一緒ってこと」

「あぁ。そうね。最期に私の名を呼んで…」

「マナ…」

「………」

「………」

その後も私と彼女はいつまでも何処までも一緒なのであった。

              完

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