メソレムの一日

 メソレムの朝は早い。朝11時には起きて、ご飯を食べて、出かける。時には、出かけた先で遅めの朝ごはんを食べることもある。

 ふらふらと適当に歩き回って、気になる店を見つけて、今日はここでとランチを取るのだ。

 今日見つけたのは、先日オープンしたカフェ。カンパンマンが監修した小麦を使ったパンが売りで、特にカリカリに焼き上げたバゲットが美味しいのだとか。

「……バゲットサンド、一つ」

 メソレムが選んだのは、この店一番だという焼いたバゲットでベーコンや旬の野菜を挟んだ料理。そわそわと待ちきれない様子で目を瞑っている。

「おまたせしました。バゲットサンドになります。固いので、ナイフで切ってから召し上がってください」

 柔和な笑顔の青年が持ってきた皿には、はみ出たベーコンにトマト、キャベツ、ポテトが挟まれ、これでもかとバターとオリーブのソースのかけられたサンドイッチが二つ。

「いただきます」

 用意されたナイフをバゲットに差し込むと、ザクっ、という硬い感触の後に、溶けたバターがじゅわっと溢れ、驚くほどすーっとナイフが通った。

 半分に切ったバゲットを一口齧ると、小麦の優しい甘みとオリーブの香り、後を追ってバターの濃厚な味が染み出してくる。中の具材も、胡椒がよく効いた肉厚のベーコンの肉汁、みずみずしいトマトとシャキシャキのキャベツの食感、柔らかくマッシュされたポテトの素朴な味と、次から次へと五感を刺激してくるバラエティ豊かな一品となっていた。

 不思議と油っこく感じることがないのは、野菜のおかげなのだろうか。皿の上に並べられた二つのうちの一つを食べ終えて、コーヒーをすする。

 少し酸味が強めのコーヒーは、濃い味のサンドイッチとよく合う。香りも、もちろんサンドイッチに負けずよく立っていて、気づけば手が二つ目のサンドイッチに伸びていた。

 せっかくならと、デザートに紅茶とケーキを頼んでみた。

「どうぞ、当店自慢のショートケーキになります」

 慎重に、静かに運ばれてきたケーキは、それだけで柔らかく、作りが繊細である事を伝えてきた。

 厚めのスポンジ生地に、これでもかと盛られた生クリーム。主張は控えめに、それでもなお褪せない存在感の苺が鎮座するショートケーキは、優しくすくい上げるだけで一口分が切り取られ、口にした瞬間に溶けて消えた。

 ふわふわすぎるスポンジは、僅かな香ばしさと優しい小麦の香りを漂わせ、生クリームはキメの細すぎて口の中で楽しむことすら出来ないほど。それでも、しゅわっと溶ける、少し控えめな甘さはもはや言葉にすら出来ないほど美味しかった。

 紅茶は、ケーキに合わせて少し渋めになっており、果物のような香りと共にお腹の中から幸せを運んでくれる。

「……ご馳走様」

 ランチを食べ終えたメソレムは、もう毎日のように通うようになったコロセウムに向かった。この世界の娯楽は多種多様だけど、ここ以上に多くの人に出会える、刺激的な場所は他に無い。

 観客席から見下ろすと、どうやらまだ誰も来ていないようで、土のフィールドは綺麗なままだった。

 背中の翼を広げて……本当は必要は無いが……ふわりと中心に降り立つ。生身の人間ならゲートを通らないと全盛期の力を手に入れられないが、メソレムにそんな概念は無い。

 愛用の大鎌をコートの内側から取り出し、挑戦者を待つ。

「今日は随分と早いな、暇なのか?」

「それはお互い様」

 ゲートから現れたのは、左腕と右目の無い軍人、イーグ(過去作参照)だった。

「ま、なんだっていいさ。とっととやろう」

「ん」

 抜刀と共に走り出すイーグ、互いの獲物が甲高い音を上げながらぶつかり合い、コロセウムを剣戟の音で満たしていく。

「今日こそきっちり勝敗を決めようか! いい加減引き分けで終わるのも後味が悪い!」

「それは、同感……!」

 先手を取ったのはイーグ。サーベルの切っ先で防御を無理やりこじ開けようと激しく切り払う。それに対してメソレムは僅かに鎌の柄を動かして防ごうとするが、サーベルは確実にメソレムに傷を与え続けていた。

「どうした! 調子でも悪いのか!? 死神にもそんな日があるんだな!」

「……やかましい」

 大きく後ろに飛び退いて、構え直す。

 そのまま、大振りに一撃を与えようと振り下ろす。が、

「当たんねえよ!」

 ひょいと身を翻すイーグに、鎌の切っ先を支点にして縦横無尽に回転しながら、大鎌の利点である偏重心の重たい攻撃を浴びせ続ける。

「ぐっ……!」

「ッ!」

 袈裟斬りでもってサーベルを絡め取り、そのまま遠くへ投げ飛ばす。

 振り上げた鎌をくるりと持ち替えて、一気に振り落とす。

「はい、私の勝ち」

「……ちっ、俺の負けか。潔く認めるよ、あんたの勝ちだ。所で、なんだあの動き」

「遠心力で回ってるだけ。私、浮けるから」

「あのコンパス見てえに回るヤツ、実戦でやるやつなんているんだな……」

「ふふん」

「こんにちはー」

「あのー、次いいですかー?」

 メソレムとイーグの振り返り中、二人の女の子が声をかけてくる。

「じゃ、続きはまた後で話すとするか」

「ん、じゃ」

 この後、他の人も誘ってみんなでご飯を食べ、メソレムの一日は終わる。

 たまに、この世界でも魂を刈り取ることはあるが、可哀想なので悪夢を見せることは無い。

 目に見えず、悪人に悪夢を見せて魂を刈り取る死神メソレムは、また別の世界の存在なのだ。

 

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ベルトピア 鈴音 @mesolem

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