和菓子屋シノハラへようこそ!
冷蔵庫の中身で簡単な晩御飯を作り、眠った次の日。早速食料の買い出しや、街の探索をするために早起きをして家を出た。もちろん、忠告に従って薙刀も背負って。
オートロックのカードキー式なので、戸締りは気にせず外に出られるのはなんだか実家を思い出す。田舎だと戸締りする必要ないから。
そういえば、どっかで畑やりたいなー、隣の家空き家なら潰してじゃがいも畑作りたいなーなんて考えていると、ギターを背負った女の子がぱたぱたと走ってきた。彼女は肩で息をしながら、私に問いかけてくる。
「えっと、響ちゃんであっていますか?」
そうですよ。あなたは?
「はふぅ……私はミュゼです。ご覧の通りのミュージシャンでして。あなたにこの世界を案内しろと仰せつかっております」
髪型と服を手早く直し、姿勢を正す。どこに行きたいですかと尋ねられたので、スーパーに行きたいと告げた。
「了解です。こっちですー」
よいしょとギターを背負い直し、てこてこと歩き始める。その背について行きながら、薙刀の袋をどうするか考える。
ありがたいことに、ストラップが付いているので、袋から出して直接背負ってもいいのだが、どうにも気になる。そもそも、普段は木製であったり、カバーを付けているものを使っているので、ずっしり重いこれを扱いこなせる自信もない。
さて、どうしてやろうか。
「着きましたよ」
その声で意識を引き戻される。顔を上げると、巨大なビルが目の前にあった。ここの地下が丸々スーパーマーケットのフロアらしい。
「私は楽器屋を見に行きますので、買い物が終わったら連絡してください。これ、連絡先です」
礼儀正しく頭を下げて、入口すぐのエレベーターに消えていく。私は階段で地下フロアに降りていった。
降りてすぐが生鮮食品コーナーで、明らかに一緒に並ぶはずの無い野菜が並んでいたり、活きが良すぎてぴちぴち跳ねる生息域も採れる時期も違う魚が並んでいた。しかも安い。
ざっと見渡して、数日分の野菜と魚を選ぶ。何を作るか全く決めていないので、適当に手に取った。
お肉コーナーに行くと、鶏豚牛はもちろん、トド鹿熊にアルマジロやトナカイやラクダなど、もはやどこに需要があるのかわからないあらゆる肉類が置いてあった。私は豚と鶏が好きなので、それを中心に気になった肉を手に取った。アルマジロとトナカイってなんだよ。
その隣の惣菜コーナーは、もはやカオスを通り越していた。全世界のあらゆる料理がずらりと並べられ、見たことも聞いたこともない、名前を聞いてもピンと来ないものがあった。その隣には、満漢全席が置いてあり、誰がこんなの買うんだとつい突っ込んでしまった。
ここまでですっかり疲れきってしまったような気がするが、飲み物コーナーはあまり混沌としていなかった。もちろん種類は多い。けど、ディスカウントストアなどに行けば国際色豊かな飲み物コーナーがあるので、まだ見慣れた光景だ。
それから、調味料やインスタント食品、お菓子コーナーを巡った。カゴいっぱいに盛った商品は、それでも数千円程度で収まった。普通なら確実に二桁万円行くだろうに。
支払いを済ませると、買い物カゴがしゅぽっと音を立てて消えた。説明を聞くと、どうやら家の冷蔵庫に商品をテレポートしてくれるシステムらしい。便利。
食料が確保出来たので、後は気になる店を探すことにした。服屋は興味が無いし、本屋も特に欲しい本がある訳でもない……フロアマップを眺めるうちに、古今東西お菓子フロアというのがある事に気づいた。そこに、和菓子の店がある。
おばあちゃんがよく作ってくれた和菓子のことを思い出して、久しぶりにお腹いっぱいお団子を食べたいなと思い、階段を駆け上がった。
洋菓子店、よくわからないお菓子のお店、どぎつい色のケーキ屋の隣に、『和菓子屋シノハラ』と筆で書かれた看板のお店があった。
暖簾をくぐると、
「イラッシャイ」
と、少しカタコトな喋り方の店員さんが出てきた。少し身長の低い、柔らかいカスタードのような、黄色い髪の少女は今日のおすすめはこれだよ。と、いくつかショーウィンドウの中の菓子を勧めてくる。
端の方に、団子がわさっと並べられていて、他にも多種多様な菓子が並べられていた。
私は、シンプルな焼き団子と、勧められた菓子の中から、もなかを選んだ。洋菓子も少しだけあるようで、このもなかの中身はチョコレートだ。
「モチカエリか? それとも、ここでクうか?」
飲食コーナーがあるなら、ここで食べていこうかな。
「なら、ヤキタテをヨウイする。ちょっとマテ」
店員さんは奥に戻っていった。ぐるっと店を見渡すと、丸椅子がいくつか置いてあるので、そこに腰掛ける。
手持ち無沙汰になったので、試しに薙刀を袋から出して背負う。うむ、存外背中に馴染む。このままでもいいかもな。でも、どこかに引っかけたりしたら大変だからカバーはかけよう。
そのままぼーっとしていると、
「オマタセシタ」
と、お盆に菓子を載せてさっきの店員さんがやってきた。
「ツイテコイ」
その背中を追うと、ちょっと気になっていた、紅茶色の扉に入っていく。
からからんと、つい最近聴いたばかりのドアベルの先にいたのは、あのマスターだった。
「あら、いらっしゃい。昨日ぶりね」
どうも。
「マスター、ダンゴとチョコもなかにあうお茶、あるか?」
「あるわよー」
「おキャクさん、ここでお茶を飲みながらタベルお菓子はオイシイぞ」
座席にぽいっと載せられて、山積みになったもなかと団子をもしゃもしゃと食べていると、透き通った色の緑茶が出てきた。
「本当は紅茶専門店なのだけど、存外緑茶もハーブティーも珈琲も変わらないって感じたのよね。他の店の人には怒られそうだけど」
と、ほんのちょっぴり不満気に呟いていた。
それはそれとして、この緑茶本当に美味しい。香りがいいのはもちろんだが、少し濃いめに出しているからか甘いお菓子とよく合う。団子も、何も付けていないのに米本来の優しい甘みがあり、パリパリのお焦げの香ばしさと相まってとても美味しい。チョコもなかは、出来たてだからかとろりとチョコが流れてきて、さっくり美味しいもなかと合わせてじゅんわりと美味しい。
そうしてしばらく貪っていると、からからんと、誰かが来たことを知らせてくる。くるりと振り返ると、そこにいたのはミュゼさん、メロアさん、カンパンマンさんだった。
「おっ、君は響くんか! どうしたんだい?ここで」
ほへはほっひのははひへす。
「飲み込んでから喋ってください」
「えっとね、私たちは普段ここで演奏会してるのー。あとね、カンパンマンくんは小麦とかー、お茶の葉を降ろしてるのー」
「そう! この世界は平和だからな、俺の仕事は農業だ!」
頬いっぱいの団子を飲み下して、はへーと気の抜けた返事をする。よく見ると、奥に小さい特設ステージがあり、そこにカンパンマンさんがグランドピアノを持ってきた。
「じゃー、適当に弾きましょう」
「弾きましょー!」
ミュゼさんとメロアさんは、アコギとピアノを適当に数音鳴らし、せーのっと声を合わせて演奏を始めた。恐らく、即興だ。
しばらく演奏が続いて、転調と共にラスサビまで駆け抜ける。アコギを鳴らすミュゼさんの顔は、汗まみれで、笑顔が弾けていた。その横でピアノを弾くメロアさんは、テンションが上がったのかヘドバンをしながら鍵盤を叩いている。
「ありがとー!」
「ありがとうねー!」
演奏が終わり、二人は頭を下げる。観客の人達は、手がちぎれんばかりに拍手を送った。
……さて、買い物をして、美味しいお菓子を食べて、素晴らしい演奏を聴いて。今日はとてもいい日だった。明日は、どうなるかな
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