第55話 焼きたてアップルパイ

 目の前の高台には要塞と言ってもおかしくない屈強な存在感を空に見せつける王宮が聳え立つ。


そんな王宮の麓、ロナ川の河畔にあるカフェ・ヨハン。


この歴史あるカフェは、目の前のロナ川が織りなす優美な風景や落ち着いた調度品で整えられた店内の雰囲気も去ることながら、実は美味しい飲み物とお菓子こそが人気なのである。


そこへやって来たのは、ハニーブロンドの髪と赤い瞳が印象的な紳士と可愛らしい少年だった。


「いらっしゃいませ。お二人さまでいらっしゃいますか?」


入り口で2人を迎えてくれたのは、感じの良い店主のヨハン2世だ。


「ええ、2人です」


「では、どうぞこちらへ」


店主は私達をロナ川が良く見える席へと案内した。


「こちらがメニューです」


テーブルの上にメニューが置かれた。


「この店のオススメはありますか?」


私がメニューを見ながら質問すると店主は即答した。


「生クリームがたっぷり入ったウインナーコーヒーとアップルパイが人気です」


「では、私はそれで。彼にはミルクとシュークリームを頼む」


横に座ったマルリくんは私の言葉に眼を輝かせる。


「はい、かしこまりました」


店主はメニューを持って厨房へと去って行く。


「ウィルさん、連れて来てくれて、ありがとう!」


「いや、こちらこそ一緒に来てくれて、ありがとう」


私達は互いにお礼を言い合い微笑む。


ここのカフェも80年前に出来たとマルリくんが教えてくれた。


微妙に怪しげなザザやジュリアンの行動の手掛かりが無いかと来てみたのだが、、、。


「マルリくん、どう思う?」


「あの人、ザザと似ている気がします」


「そうだね、見た目は若くしているけど兄弟かなぁ。驚いたよ、そんな存在は知らなかったからね」


「ウィルさん、どうして水龍は人の姿なの?」


好奇心旺盛な目でマルリくんは私に質問して来た。


「それはね、昔は水龍も神力で色々な姿になれたのだよ。だけど、80年前にとても悪い事をしたから、私のお爺さんが神力を取り上げて、人の姿から戻れないようにしたんだ。その姿で反省しなさい!ってね」


「悪いことをしたなら、反省しないとね」


「ああ、そうだね」


そこへ、店主ではなく、髪の毛を一纏めにした女の子がウインナーコーヒーとミルクを運んで来た。


「お待たせいたしました。先にお飲み物をお持ちしました。お菓子も直ぐに持って参ります」


ササッと飲み物を並べると、彼女は去っていく。


その後ろから、アップルパイとシュークリームを持った店主がやって来た。


「お待たせしました。焼きたてのアップルパイとシュークリームです。どうぞごゆっくり」


そう言って下がろうとした店主を、私は呼び止めた。


「店主、少しお話しても?」


「ええ、何でしょうか」


「あなたザザのご兄弟ですよね?」


店主は私の目を見て、急に顔が強張る。


あー、赤い眼だと気付いたのか。


「あ、あのー、ザザとは、、、。えーっと、どちらの?」


明らかに動揺している。


「私が誰かは分かりますか?」


「はい、新しい宰相閣下ですよね」


「では、詳しい説明は要らないでしょう。他に姉妹も居るのでしょう。皆さん、息災ですか?」


「はい、元気にしております。あのう、ザザは、また何かしでかしたのですか?」


ん?この様子。


「あなたはザザのお兄さん?それとも弟さん?」


「私は兄です。ええっと、変な事を考えたりはしていませんのでご安心ください。私は今の暮らしが気に入っていますので」


「ご兄弟で会ったりはしないの?」


「たまに弟や妹はお茶を飲みに来ます」


あ、デザイナーは妹さんなのか。


「仲が良さそうで何よりです」


「ありがとうございます」


どうやら、兄は何も知らなさそうだな。


「ヨハーン!来たぞー!」


入口からとても聞いた事のある声がする。


「すみません、少し失礼します」


店主は私達に断って、声の主の方へ行った。


「マルリくん、美味しいかい?」


横でシュークリームを頬張る少年に問いかける。


彼は頭を縦に振って、にっこりとした。


「何と!宰相も来ていたのか?」


店主は陛下を私達の席へと連れて来た。


「相席でよろしいでしょうか?」


店主は私に尋ねる。


「ええ、構わないですよ。陛下もどうぞこちらへ」


陛下は私の横のマルリくんを見て微笑むと向かいの席に座った。


「コーヒーとアップルパイを頼む」


「かしこまりました」


店主は礼をして去って行った。


「陛下はこのカフェの常連だとか?」


「そうだ。子供の頃から通っておる」


「それで、この組み合わせは一体何事だ?」


私は店主が水龍の兄である事を小声で伝えた。


また「ブルーエンジェル」のデザイナーは妹だろうという話も。


陛下は驚愕している。


「でも、今はこの生活が気に入っていると言っていましたし、多分心配は無いと思います」


「まさか兄妹が居たとは、、、。我々で彼らは見守って行くしかないだろうね」


「ええ、そうですね」


「それから、宰相。私はジルフィードの結婚を機に、今回の王家乗っ取り未遂事件も、80年前の王女と水龍の結婚騒動及びロダン公国が受けた被害についても、全て記録に残そうと思っている」


「確かに王族にしか見えない様にするなど、秘匿にする方法は幾らでもありますから、記録はしておいた方が良いと私も思います」


陛下は私の言葉に頷く。


「たとえ王家に不都合な事だとしても、記録に残さなければ、後世で何かあった時に取り返しが付かなくなる」


「ええ、そうですね」


私達は2人で頷き合った。


ふと、マルリくんを見ると口の周りに沢山クリームが付いている。


陛下もそれに気付き、直ぐにマルリくんの口元をナフキンで優しく拭いた。


「陛下、ありがとうございます」


「ああ、シュークリームは美味しかったか?」


「はい、とっても美味しかったです!」


何とも可愛らしい。


陛下も私もマルリくんを見て、目を細めた。



「そう言えば、宰相はジルフィードに王家の紋章があると、何故知っていた?」


「それは我が家の地下にある気配と同じ物が漂っていれば、流石に分かります。王家の紋章は水龍の力が源になっていますから」


「なるほど、情報を得たのではなく、自ら気付いたということか。実はバルロイ帝国では王家の紋章を持つ者が生まれると天災や争いが起こる前触れだという言い伝えがある。それ故、ジルフィードの紋章のことは公開せず秘密にしていたのだよ」


「そんな言い伝えがあったのですか。まぁ、定期的に水龍が好き勝手にしますからね。そう言う意味も含まれているかも知れないです」


「水龍か?そう言う考えは無かったが、確かに言われてみるとそうかも知れないな。それで、宰相達がここに来たのは水龍兄弟が何か企んでいる気配でもあったのか?」


「ええ、ロダン領からアリスティアを水の離宮まで繋いだのがザザとその子供ジュリアンだった可能性があったので、調査しているところです」


「ほう、アリスティア嬢をジルフィードに合わせる機会を故意に作ったと言う事か」


「ええ、そう言う事です」


「それには何のメリットが考えられる?」


「その辺がイマイチ分からないのです」


私と陛下は首を捻る。


「まぁ、今回は思い過ごしかも知れません」


「思い過ごしか、、、」


陛下は私の適当な返答を聞いて笑う。


そこへ、コーヒーとアップルパイを先ほどの女の子が運んで来た。


「お待たせいたしました。焼きたてのアップルパイです」


「ありがとう」


陛下は笑顔で受け取った。



 「えええ!?嘘!どうしてー!」


 入り口から、また聞き覚えのある声がした。


私が振り返ると、アリスティアと殿下が立っていた。


店主が2人をこちらへ連れてくる。


「お隣のテーブルを寄せますね」


店主は手際良くテーブルを寄せて2人の椅子も用意した。


「ウィルさん、ボク、、、」


横からマルリくんが小声で私に話しかけた。


「大丈夫だよ。心配ない」


私も小声で答えた。

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