第53話 親子水要らず?

 今日、父が水の離宮に引っ越してくる。


先月末に宰相に就任した父は、私達が王宮に引っ越した後、この水の離宮に住む予定だった。


しかし、陛下の一声で、私達の結婚式までの1週間は同居することになった。


陛下は気を利かせて、私と父に親子水要らずの時間を作ってくれたのだと思う。


ジルもいるのだけど、、、。


「マルリ〜!今日ここに私のお父様が引っ越して来るのよ。仲良くしてね」


執務室の窓辺で、大きなクッションの上に丸まっているマルリの頭を優しく撫でる。


「ナーン、ナーン」


ナーンって甘く鳴かれると可愛くて堪らない!!


「アリス、御父上の好きな食べ物とかある?ボブに聞かれた」


ジルは机に座って書類仕事をしている。


私は時折り雑用を頼まれるので、日中は大体2人と1匹でここに居る。


「父の好きな食べ物?サーモンとかお魚が好きよ。お肉も食べるけど」


「分かった。伝えておく」


厨房のボブさんが使い魔と知ってから、私はボブさんを見る度に不思議な気持ちになる。


それを使役しているジルの感覚もよく分からない。


「あのね、父が来たら、ちょっと手伝って貰おうかなと思っていることがあるの」


私は意味深な言い回しで、ジルに話しかけた。


「何を手伝って貰うの?」


「取り立て」


私の発言を聞くとジルがニヤリとした。


「いいアイデアだ」


「でしょう?」


私達は互いに悪い顔をして、笑い合った。



 正午前、ロータリーに馬車がゆっくりと入って来た。


執事さん、ジル、私とマルリは正面玄関前に立って父の到着を待っていた。


馬車は私達の目の前に止まる。


御者が素早く降りて、ドアを開く。


馬車から父が降りて来た。


「ようこそ、水の離宮へ宰相閣下」


執事さんは父へ近寄って、挨拶を述べた。


「ああ、私は宰相兼ロダン領伯爵のウィリアム・ロダンだ。これからお世話になる。よろしく頼む」


初っ端から父が、強いオーラを出して来るので、別のことでも考えておかないと吹き出してしまいそうだった。


ジルをチラッと見ると彼も無の表情になっている。


「はい、私は執事のザザと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


ザザは父上に深々と礼をした。


「御父上、荷運びは使用人に任せて、先ずは昼食をご一緒に」


ジルは父をランチに誘う。


「ああ、そうします。朝から荷物の用意をしたので何も食べてないのです」


「それなら、ちょうど良かったわねお父様。ここのボブの料理は最高よ!いつもは食堂で使用人の人達と一緒に食べるのだけど、今日は湖の見えるテラスに席を用意してくれたのよ。さあ行きましょう!」


私は抱っこしていたマルリをジルに渡して、父の横に行った。


「アリスティア、色々準備してくれてありがとう」


「お父様、私だけじゃないわ。ここの使用人たちは皆、良い人ばかりよ。良かったわね、ここに住めて」


「ああ、嬉しいよ。さあ案内してくれるか」


「勿論、こっちよ」


私は父を連れて、食事を用意しているテラスへ歩き始めた。


「ザザ、御父上の荷物を部屋まで頼む」


「はい、かしこまりました」


ジルもザザに一声掛けて、一緒に歩き出す。



 湖は今日も湖面をキラキラと光らせて美しい風景を作り出している。


私達はテラスに用意された席に座った。


白いテーブルクロスは金糸で草木模様が刺繍されていて、とても目を惹く。


テーブルセッティングも洗練された雰囲気でシンプルに仕上げてあった。


「殿下、素敵な眺めですね」


父がジルに感動を伝える。


そう、ここは素敵なのよ。


私も初めて来た時は湖の凪いだ湖面と周りを取り囲む木々の美しさに感動したもの。


「僕もこの眺めは気に入ってます」


ジルが柔らかい表情で答える。


「お待たせいたしました。アミューズをお持ちしました」


ボブはワゴンを押して登場した。


「お父様、彼が料理人のボブさん。とても美味しい料理を作ってくれるのよ」


「ボブです。よろしくお願いします」


「私はアリスティアの父、ウィリアム・ロダンだ。ボブ、よろしく」


父はザザに挨拶した時よりはかなり優しくボブさんに挨拶した。


ボブさんは、丁寧にアミューズの乗ったお皿を皆の前に置いていく。


「こちらは手長海老を練り込んだポンケージョです」


黒い陶板の上にひとくちサイズのポンケージョが乗っている。


ふわっとパプリカ粉を振ってある。


見た目にもお洒落だ。


「これはこの後のメニューが楽しみになるね」


父が嬉しそうにボブさんへ語り掛ける。


「はい、お楽しみに!」


ボブさんは笑顔で去っていった。


私達は早速ポンケージョに手を伸ばした。


「うう!これ何個でも食べれるわ」


私は美味しさを呻きながら伝える。


「アリスティア、この料理はレベルが高いぞ」


父がそれに続く。


ジルはその様子を見て笑う。


マルリはスヤスヤとジルの足元で眠っている。


「次はスープをお持ちしました。本日は初夏らしく白アスパラガスのスープです」


ボブさんはさっとワゴンで運んで来て、配膳をすると風のように去って行く。


「あ、コレは美味しい!」


ジルが声を出す。


「殿下、彼は凄いですね」


父の言葉にジルは笑顔で頷いた。


最近、ジルも美味しい!と良く言うようになった気がする。


もしや、私に似て来た?


「はーい、メインディッシュをお持ちしました!!サーモンのロースト・バジルソース掛けです。付け合わせはポルチーニ茸のミニパスタと温野菜です」


色彩も鮮やかで、香りも食欲を唆る。


「お父様とこんな風に食事をするなんて、いつ以来かしら?お母様が元気だった頃よね」


「ああ、そうだね。7、8年くらい前かも知れない。色々あったが、今日の様な日が来て嬉しいよ」


「そうね」


私達はメインディッシュを食べながら、ロダン領での昔話をジルに聞かせた。


大体は私のお転婆な話ばかりだったけど。


「デザートをお持ちしました!!シュークリームです」


ボブさんは私達の前に大きなシュークリームを並べて行く。


「もしかしてコレって!?」


私が言い掛けるとボブさんが口を開いた。


「そうです。アリスちゃんとジード様のご婚約のお祝いにロダン領のご家庭にお贈りした物と一緒です」


「ボブさんが作ったの?」


私は街のお菓子屋さんが作ったとばかり思っていたので驚いた。


「はい、オレが全部作りましたよ」


「ボブ、沢山ありがとう。領民からも喜びの声が上がっていた」


父はボブにお礼を言った。


「お父様、知っていたの?」


「勿論だ。領地で起こったことは全て私に伝わるようにしているよ」


「スゴイわね」


「殿下、お心遣いありがとうございます。言うまでもなく輸送がネックな土地柄でして。領民達はあの味が忘れられないと口にしています」


「作り方を伝授しましょうか?」


ボブが話に入る。


「材料が揃うかな、、、」


父は難色を示す。


「シンプルで良ければ、小麦粉、卵、バター、生クリームとお砂糖、塩が有れば作れますよ」


「ええ!?牛さん、、、沢山居るわよ!!バター、生クリーム!!ボブさん、その材料ならロダン領でも揃うと思います」


私は父の代わりに答える。


「レシピ本を広めてはどうかな?」


ジルが私達に向かって言った。


「ジル、それはいいアイデアだわ」


「僕はこの前モナの街のリストランテで、地元のものを使った食事をした。ロダン領には良い食材が沢山あると感じた」


「なるほど、レシピ本ですか。それならばロダン領から出れない人々も楽しめますね。ボブ、私がロダンにある食材を教えるから、一緒に考えてくれるか?」


「はい、それはもう喜んでお受けします」


父とボブは一緒にレシピ本を作るという目的が出来て一気に仲良くなったようだ。


シュークリームを一口食べた。


ザクっとしたアーモンド入りのシュー生地にふわっとした生クリーム、更にカスタードクリームも奥に入っていた。


「こ、これ絶品だわ。ロダン領の人々が虜になるのも分かる!!ボブさん、天才」


私がモグモグしながら、話す姿を見て、ジルが吹き出した。


「アリス、リスみたいだ。可愛い」


「ええ、アリスティアはいつも可愛いですね」


2人は笑顔で頷き合う。


んん?この2人は案外気が合うのか!?


さて、皆がいい感じになって来た。


後は、ザザへのお給金取り立て作戦を練らなければ!!

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