第49話 百聞は一見に如かず

 「ミャアー、ミー」


 甘ーい鳴き声がする。


声のする方へ手を伸ばす。


ペロっと舐められた!?


「ミー」


んー、マルリよね?


眠い、眠すぎる。


ここのところの疲れがズシっと重石の様に身体に乗し掛かかっている。


コンコン。


ノックの音がする。


「はい」


仕方ない、起きよう。


ゆっくりと起き上がる間に、ジルが部屋に入って来た。


「おはよう、アリス」


「おはよう、ジル」


枕元に居たマルリは私の膝に乗って来た。


ジルはマルリの背中をひと撫でしてから、私に軽くキスをした。


ああ、幸せな朝だ。


「アリス、疲れが出たなら、無理をせずにゆっくりしていたら?」


ジルは心配そうな顔をしている。


「ジル、そんなに私の顔色は悪い?」


「うん、顔に血の気が無い気がする。大丈夫?」


ジルはそう言うと私の背中を撫でてくれた。


「ええっと、今日は何をする予定?」


「今日はメルローの今後の事をジュリアンに確認して、特に問題が無ければ王都に戻ろうと思っている」


ふむ、その位の用事なら、すぐ終わりそうな気がする。


「私も行く。それで、予定が早く終わったら、ひとつ行きたいところがあるのだけど、、、」


「アリス、何処に行きたいの?」


「ロダン領で一番栄えている街、モナに行きたい。ジュリアンの話を聞くばっかりで一度も行ったことが無いの。首都の人に故郷のことを聞かれて何も知らないのは変でしょう?だから行きたい」


「分かった。それなら、ジュリアンと話した後に行こう」


「ありがとうジル」


私はベッドから降りて、急いで用意をするからとジルに伝える。


ジルはその間にメルローを呼んで来ると部屋から出て行った。



 王城の図書館に私とジル、メルローとジュリアン、そしてマルリが集まった。


マルリは、すでに大きな窓辺に置いたフカフカのクッションに包まれて夢の中だ。


「では、今から打ち合わせを始める」


ジルがこの場を取り仕切る。


「兄上、ちょっと良いですか?」


メルローはジルに声を掛けた。


「ああ、何だ?」


「あの、ジュリアンさんにキチンとご挨拶していないので、、、。メルローと言います。どうぞよろしくお願いします」


メルローはジュリアンに向かって、礼をした。


「メルロー様、ご丁寧にありがとうございます。この王城の執事ジュリアンと申します。どうぞ、気軽にジュリアンとお呼び下さい。よろしくお願い致します」


ジュリアンも深々と礼をした。


昨日の衝撃的な出来事とそこで聞いた話は、まず家長である父に確認をしてから、メルローには伝えようと私達は決めた。


彼はまず色々と学ばないといけない。


「メルロー、まず王宮でどの様な教育を受けていたのかを教えてくれるか?」


「ぼくは5人の先生に勉強を習っていました。帝国の歴史、算術、ダンス、剣術、魔術の先生です」


「え!それだけ?」


思わず、私は口を挟んでしまった。


「え?少ないですか」


メルローは動揺を見せる。


「メルロー、語学は?」


ジルは優しく聞いた。


「語学?外国語とかですか?それはお爺さまが通訳もいるから必要無いと言われて習った事は無いです」


あー、メルローが他国の言葉を理解するとブルボーノ公爵は己の不正がバレるかも知れないから教えなかったのかもと黒い予想をしてしまう自分が嫌。


「大陸の歴史は?」


ジルは相変わらず穏やかに問いかける。


「それもバルロイ帝国がこの大陸の覇者なので必要ないとお爺さまが、、、」


「メルロー、一番大切なことを聞く。お前のお爺さまの教えをお前はどう思っている?」


「ぼくは間違っていると思っているので、ここに居ます。兄上達の言いたい事も分かります。1から勉強をし直すつもりなので、兄上やアリスティア嬢と同じ様に学びたいです。よろしくお願いします」


「メルロー、アリスティア嬢ではなくて、お姉様で良いのよ?」


私は改めてメルローに私の呼び名の変更を提案した。


「えー、何か、嫌です。それなら姉上にします」


メルローはぶっきらぼうに言い捨てた。


でも、まぁそれでもいいけどね。


「じゃあ、姉上でよろしくね」


「はい」


そこで、ずっと黙っていたジュリアンが口を開いた。


「メルロー様、先ずは大陸の歴史と語学を強化しましょう。今は剣術や魔法を使う事もありません。大陸の言語を取得してからにしましょう」


「はい、そうします」


メルローはジュリアンに従順だった。


「それとメルロー様はマナーも王宮で生活されていて充分身に付いていると思います。その辺は特に先生を招く必要も無いと思います」


「そうだな。剣術も一通り習い終わっているだろう。一度に多くより、一つ一つ丁寧に学べる様によろしく頼む」


ジルはジュリアンにお願いしている。


メルローはその様子をじっと見ている。


「兄上、やっぱりぼくは意図的に学ばせない様にされていたのかな?」


「そうだな。ブルボーノ公爵は自分よりメルローが優秀になると困るからだろう」


あ、結構ハッキリ言うのね、ジル。


「そんな!あんまりだ。ぼくはお爺さまを見返す為にも、しっかり頑張るよ」


「ああ、頑張れ。僕たちも応援しているし、いつでも相談に乗るから。僕は王都に居るけど、必要な時はジュリアンに頼んで連絡してくれたら直ぐに来る」


「分かった。ありがとう兄上」


やはり、まだ15歳の少年らしいところがあるのだなと2人のやりとりを聞いていて感じた。


メルローが、傀儡にされなくて本当に良かった。


「メルロー、私にも相談ごとが有れば、遠慮なく言ってね」


「うん、ありがとう姉上」


少しはにかみながら、そう言う新しい弟を私も支えて行きたい。


「教師の選定は私にお任せ下さい。出来るだけアリス様を指導されていた方をお呼びします」


「ジュリアン、よろしく頼む。相談事が有れば、僕かアリスに遠慮なく言ってくれ」


「はい、畏まりました」


私達が話し合っている間、マルリは気持ち良さそうに眠っていた。


マルリも長旅で疲れていたのかも知れない。


 


 さて、打ち合わせが終わった後、私達はジュリアンの用意してくれた馬車でモナの街へ向かった。


辿り着いたモナの街は想像していたよりも、かなりメルヘンな街だった。


オレンジ色の瓦にハチミツ色の建物はレンガで造られていた。


街の至る所に置いてあるプランターには可愛い小花が植えられている。


標高の高いロダン領は殆どが岩場で植物もあまり育たない。


だからこそ、プランターの花は街を彩り、とても優しい雰囲気にしていた。


私達は街の中心にあるポーンの広場で馬車を降りた。


この広場は、大きなチェス盤が床に刻まれていて、石で造られた大きな駒が置いてある。


ジュリアンが言うには、この重いチェスの駒を持ち上げて運ぶ祭があるらしい。


私は18年もロダン領に居たのに今日初めて知った。


「ジル、ジュリアンが言っていた石で出来たポーンはあれかな?」


ジルは私の指差す先を見る。


「思ったより大きいね」


彼は驚いた様だ。


「あれを持って走るのは大変だよね」


「うん、騎士団とかは喜んで参加しそう」


その様子を2人で想像して笑った。



「アリス、先ず何か食べよう」


 確かに!広場の時計を見れば既にお昼ごはんの時間になっている。


「うん、ジュリアンが教えてくれたお店で良い?」


「勿論」


ジュリアンは出掛ける時にロダン領の郷土料理が食べられるお店を教えてくれた。


広場から、1ブロック進んだ角にある『エデン』というリストランテに私達は入った。


「いらっしゃいませ!」


髪の毛をおさげにした若い店員は笑顔で出迎えてくれた。


「こんにちは、2人です。席は空いていますか?」


「はい、大丈夫です。こちらへどうぞ」


街行く人達を眺めながら食事の出来るテラス席へと私達は案内された。


「こちらがメニューです」


彼女は私達にメニューを渡す。


「お任せとかある?」


ジルが店員に聞いた。


「はい、季節のランチというのがございます」


「では、そちらを2人分頼む」


「はい、畏まりました」


店員は一礼して去って行った。


「アリス、勝手に頼んじゃったけどいい?」


目の前でのやり取りと、ジルの事後報告に驚く。


「うん、大丈夫。何が出て来るのか分からない方が面白いし」


「ごめん。浮かれていた」


ジルらしくない様子が私のツボに入って、つい笑ってしまった。



 しばらくして出て来たのは、何とトマトとモッツァレアチーズのカプレーゼだった!!


「ジル!大当たりだよ。私モッツァレアチーズ大好き!」


「良かった」


ジルもニコニコしている。


「いただきまーす!」


「あ!美味しい。アリス、これ美味しい」


私より先にジルが美味しいを連発してくる。


負けた気がするのは何故?


「本当に中身がトロッとして美味しい。トマトも新鮮だ」


ジルが珍しく食について語っている。


かなり気に入ったのね。


この後はサーモンのパスタとパンナコッタが出て来た。


これも2人で美味しい!と唸りながら味わった。


そして、どちらも地元の食材が使われていた。


私は目から鱗だった。


「アリス、何も無く無いよロダン領は」


 お店を出るとジルが私に言った。


「本当だよねー!私、反省する。ロダン領の事もっと知りたくなったわ」


「また来れば良い。ここなら僕達が歩いていても誰も気付かないから」


確かに誰にも声を掛けられない。


とても良いかも知れない。


「絶対にまたデートしよう!約束ね」


「うん、約束」


ジルは優しい笑顔で頷いた。


私達は腕を組み、街をゆっくりと散策してから王城へと戻った。

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