第48話 親友と子供の話

 広い空間を見渡す。


目の前には地下なのに大きな湖と清廉な神殿、そして湖の周りには色とりどりの花が咲き乱れていて、楽園の様だ。


しかも、この空間はとても明るい。


謎でしかない。


それに、、、あれ?


あの神殿は何処かで見たような、、、。


「あー!!アレ!アレはアレよ。ジル」


私は神殿を指差してジルに訴える。


「アリス、どうした?何か見つけたの?」


ジルは興奮する私に冷静な声で話し掛ける。


ジルの問い掛けに答えようとすると、背後に気配を感じた。


「我が愛し子とその婚約者よ。何故此処にいる」


あー、この聞き覚えのある声は間違いない。


ガバッと振り返る。


「ジョセフさん!?此処にいたの?」


「ジョセフ?」


私の言葉を聞いたジルも声の主の方へと視線を向けた。


「あなたが初代皇帝?」


「そうじゃ、私がお前に加護を与えた初代皇帝ジョセフだ」


「ああ、なんて事!天国じゃなくて、うちの地下だったなんて」


「そなたはまた天国と、、、。私はあの時に違うと言ったぞ」


ジョセフさんは私に向かって呆れた顔をする。


「此処は一体どういう場所?」


ジルはこんな状況でも、いつもと変わらず落ち着いている。


「此処は水龍の神殿。神の領域である。勝手に入って来たら驚くじゃろうて」


「簡単に入れましたよ」


私はドヤ顔で答え、足元に擦り寄るマルリを抱っこした。


「たまたま見つけて入って来たのであろう。普通は絶対に入って来られぬ。入ろうとすれば命を落とす。そなた達は運が良いな。己に結界が効かぬと知らずして乗り込んで来るとはな」


え、命を落とす?


物騒な話だな。


「ジョセフ、貴方は此処で何を?」


「なんと!呼び捨てか。ジルフィードよ、先祖を敬わぬのか?」


ジョセフさんが狼狽える。


「では初代皇帝、ザザは何故王都に出掛けた?」


はい?ジルは何を言い出すの?


「それは、バルロイ帝国の王女に恋したとか何とか言って、もうガッカリな話だ」


「王女に恋!?」


「ミャー」


思わずビックリして叫んだけど、ザザってあのザザ?


あら、マルリも興味があるの?


んー、可愛い!


それはさて置き、ジルの話を邪魔しない様に聞こう。


何か意図がありそうだし。


「そうじゃ、今までもロナ川を辿って、大陸内の様子を見に出掛けることはあったのじゃが、80年前に出掛けてからは戻っておらぬ」


「80年前ならば、前々王の妹姫が水の離宮に住んでいた頃か?」


「ああ、その王女(妹姫)で間違いない」


「ジョセフ、ジュリアンはザザの子だよね?」


うぉ、飛んでもない事を聞くのね。


しかも自然に呼び捨てだわ。


「ああ、そうじゃ」


え?肯定!?まさかのまさか?


それって、執事さん(ザザ)の子がジュリアンで、ジュリアンの父は執事さん(ザザ)って事だよね。


色々と驚く話が出て来過ぎ!!


ジルーっ、あなたどれだけ知ったかぶりが上手なの!?


ジョセフさん、すっかり騙されてペラペラ喋っているけど大丈夫?


目の前がぐるぐるして来た。


「ジョセフ、教えてくれてありがとう」


ジルがお礼を言うとジョセフはとても嬉しそうな表情になった。


この人、ジルの事が大好きよね。


「皆さん、お揃いの様ですね」


聞き慣れた声に振り返るとジュリアンが立っていた。


いや、足音くらい出して欲しい。


急に現れるからゾワってした!


「ジルフィード皇子殿下に隠し事は何も出来そうにありませんね」


ジュリアンはクスクスと笑っている。


「あなたが王族の血縁であることは秘匿にした方がいいですか」


「はい、私の母もそれを望んでいると思います」


「ん?ジュリアンのお母様は何処にいるの」


私の質問に他の全員が黙った。


口火を切ったのは、ジュリアンだった。


「母は60年前に亡くなりました」


「ジュリアン、考え無しな質問をしてごめんなさい」


「いえ、私の見た目のせいでしょう」


ジュリアンは、またクスクスと笑う。


確かに彼は年齢不詳である。


「ジュリアンはこの家にいつ来たの?」


ジルがジュリアンに質問した。


「母が亡くなってすぐに参りましたから、60年ほど前です。先代の伯爵の頃です。ご主人様(ロダン伯爵)は、全てご存じかも知れませんが、話題には出されないですね」


そっかぁー、父は知っているのね。


次に会った時に詳しく聞こう。


「もしかして、ジュリアンはロダン公国が世間から忘れられた理由とか知っていたりする?」


私は一番知りたかったことを質問してみた。


「はい、母が私を身籠った時、ロダン公国の存在は父とロダン家で消しました。バルロイ帝国の王族と神の血を持つ私の存在は世間から忌避されると考えたのです。何故なら、私も永遠とまでは行かずとも長い寿命を持っています。公表すればロダン公国は怪しまれるでしょう。公国は公国であることよりも神の聖地であることを優先しました」


「執事さん(ザザ)やロダン家はジュリアンを守るためにロダン公国を消したのね」


「ええ、そうです。それから、母は父との関係や私を産んだことも秘密にしました。私は母を亡くした使用人の子供として、水の離宮で育ちました」


ああ、何という事、ジュリアンは水の離宮で育ったのね。


ここまで来たら、ジルのもう一つの予想も当たってそうな気がする。


「ジュリアン、現在のバルロイ帝国の王族でロダン公国の存在を知る者は居ない。資料も一切なかった。ここがバルロイ帝国に併合された経緯は分かるか?」


ここでジルが口を挟む。


「ええ、分かります。ロダン公国の存在を消した後、ロダン家はバルロイ帝国にロナ川の水源を抱えているこの地をロダン領として統治して欲しいと申し入れました。独自に調査に行って来たという報告書と共に」


「それで、ロダン領は開拓しないと何も無い状態だと報告したのか?」


「はい、そうです」


「住んでいた公国の民はどうした?」


ジルは細かな質問を投げ掛ける。


黙っていたジョセフが口を開いた。


「それは私が知っておる。この大陸からロダン公国の記憶は消した。勿論、ロダン公国の者も同様にである。そして、公国民には先祖がバルロイ帝国から移民して来た記憶を新たに植え付けた。彼らはロダン家をバルロイ帝国から来たと認識している」


「何故、併合先がバルロイ帝国でなければならなかった?」


ジルはジョセフに問う。


「元々バルロイ帝国はロダン公国とは他国よりも長く深い付き合いがあった。また、私とザザは親友でもある。それ故、助け舟を出したのか?と言われれば、その通りだと言える。ロダン領は実際にこの大陸の要となる地、その大切さを知っている者が統治すべきであろう」


ジョセフの話をジルは真剣に聞いている。


「ジョセフ、ここには多くの魔石があるようだが、それをバルロイ帝国以外に渡したくなくて併合を持ちかけたのではないか?」


ジルがまた違う方向から切り込む。


「ジルフィード、確かに膨大な量の魔石があるが、この石自体に大した魔力は無い。故に誰かが盗んだとしても、ただの石ころに過ぎないだろう。バルロイ帝国に併合を持ちかけたのは、単に私が繋がっていると言う事くらいである。深読みは無用だ」


「分かった。魔石の利権は関係ないのだな」


「ああ、ない。心配は要らぬ。この魔石にはロダン家が魔法陣で吸い上げた魔力が蓄えられるだけじゃ。他の者には扱えぬ。ゆえに危険もない」


「えっ!それって!!私が吸い上げた魔力はここに蓄えられていくのかー!」


「行き先が分かって良かったね。アリス」


色々聞いて、まだ混乱気味の私とは違い、ジルはスッキリした表情になっている。


まぁ、確かに繋がったものね、色々と、、、。


腕の中に居るマルリは私の複雑な気持ちも知らず、心地よさそうに眠っていた。




 私達は遺跡を後にして、激流のロナ川を望む場所へと移動した。


王城の裏手にあるロナ川は、険しい峡谷を通り抜けて、ここに至る。


それ故、轟音と激しい流れが特徴的だ。


ジルはその様子を興味深そうに眺めている。


「ジル、私あなたがあんなにハッタリが上手だとは思わなかった」


私は呆れた口調でジルに言った。


「アリス、人の上に立つには必要ない事だ。諦めて」


当の本人は全く気にしていない様子である。


「色々と繋がって来たけれど、僕は御父上の話を聞いてから判断するつもりだよ」


「何故?あの2人の方が父より詳しそうな気がするけど」


ジルは私の目を見つめる。


「親友と子供の話よりロダン家の様な第三者の方が冷静に物事を見ているかも知れない」


ふむ、確かに私が父を感情に任せてクズと思い込んだ経緯もそれと似たものの様な気がする。


「一理あるかも」


「まだ確定していないから、一度忘れよう」


ジルは激流を眺めながら呟く。


色々な人に話を聞いて判断した方が間違いは少ないと前にもジルは言っていた。


彼はブレずに一貫していて、本当にカッコいいと思う。


それにしても、ロダン公国が幻の国になった理由がザザの恋だとは、、、。

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