第46話 オバケではない

 酔い潰れて庭で寝込む団員もいた。


夜が朝に変わる頃、楽しい宴は終わった。


第二騎士団は今日休養をして、明日の朝には王都へ立つとのこと。


王城内の賑やかさも、あと1日かと思うと少し寂しい。


「メルローに注意して来た」


ジルは私の部屋にやって来るなり、メルローの話を始めた。


今は王城に来て2日目の昼下がりである。


「注意?」


「そう。昨日みたいな不確かな話、ましてやブルボーノ公爵の情報が絡むものを安易に話すなと注意した」


「確かにその通りだけど。メルロー、凹んだのじゃない?」


「うん、でも理解はしたと思う。念のため、マルリを置いてきた」


癒し系マルリが有能過ぎる。


「そもそも、エドワードが無神経なのが問題じゃない?」


「いや、エドワードは皆に兎や角言わせない為、ワザと話題にしたのだと思う」


「エドワードは策士?」


「そう、殆どの行動が策」


確かに最近、チャラいだけではない気がしているけど、私にとって彼は難しい。


「ジル、何か飲む?」


「うん、ありがとう」


私は部屋にあるコンロでお湯を沸かす用意をする。


「それ、魔法で?」


「そう。便利な魔道具」


ジルは珍しそうに私がお茶を淹れる道具を眺めている。


「ねぇ、アリスは、ロダン公国の歴史を知っているのだよね」


「うん。この大陸が出来た時からあると歴史の授業で習ったわ」


「さっきのメルローの話と重なるところはある?」


「うーん、どうかなぁ。私は水龍の事は全く知らない。でも、この大陸を作った神様がいて、その神様がロダンという人を指名して、ロダン公国が出来た。以来ロダン王家は神様を支える仕事もしていたと習ったけれど、残念ながら詳細は分からないわ」


私は淹れたての紅茶をジルのカップにゆっくりと注ぎながら答えた。


「その神様を水龍に置き換えてみたら?」


「まぁ、そうすると辻褄は合うよね。そういえば、バルロイ帝国初代皇帝と水龍は知り合いみたい」


「何処情報?」


ジルは紅茶を一口飲んだ。


「毒の夢の情報」


ジルは途端に嫌そうな顔をする。


「他に初代皇帝は何か言っていた?」


「うん、水龍はロダン領ではなくて、今は王都の辺りに居るらしいよ」


「ふーん、王都の辺りか」


「80年前に出掛けて行って棲みついたって」


「80年前がやたらと絡んでくる」


「本当にそう。モヤモヤするよね」


私は今淹れた紅茶を一口飲んだ。


あ、渋い。


「ジルごめん。渋かった、、、」


「お湯を足したらいいかも」


ジルは指先からお湯を出す。


「うお!便利機能」


「便利だよ」


「ありがとう、ジル」


「どういたしまして」


ジルはお湯を足した紅茶を一口飲んだ。


「ああ、ちょうど良くなったよ。アリス」


私も紅茶を一口飲んだ。


「あ!良い感じになっている。美味しい」


「良かったね」


「うん、良かった!ありがとう」


ジルとお茶を一緒に飲むだけで和む。


最初の頃とは大違いだわ。


「あ!そう言えば、私、ジルにお礼を言いたいの!!」


「お礼?」


「ジル、ロダン領の人達に沢山のお菓子を贈ってくれたでしょう?ジュリアンから聞いたの。本当にありがとう!!領民の皆もとても喜んでいたそうよ」


「それは良かった。愛する婚約者の領民には贈り物をしたくなった」


ジルは笑いながら言う。


「やっぱりそれシリーズ化して行きそうね」


「かもね」


「それにしてもシュークリームを良く短時間で運んだわね」


「秘密の技があるから」


「ふーん、秘密なのね」


「うん」


「ジュリアンは可愛い男の子が御使いに来たって言っていたけど誰?」


「使い魔」


「ジル、使い魔が多くない?」


水の離宮のお掃除係もだよね。


私は姿を見た事が無いけど、、、。


「そうかな?そんなに多くないと思うけど」


「疲れたりしないの?」


「別に疲れない」


「スゴイね」


「アリス、ビックリする事を言っても良い?」


「ジュリアンは、」


「えー!ストップ!ストップ!待って!!心の準備が出来てない!!スゴイ事言い出しそうで怖い、、、」


ジルは私の騒ぐ様子を笑って見ている。


えー、何を言い出すのだろう。


お化けとかだったら嫌だなぁ。


でも、聞いておいた方が良さそうよね。


深呼吸を一つ。


「この王城に入る許可は彼が出していると思う」


「あ、ジュリアンがお化けとかじゃないのね!!良かった」


「何でお化けなのかを逆に聞きたい」


「いや、だって、何歳なのか分からないの。昔からずっとあの感じ」


「僕たちより少し歳上かなと思っていた」


「そうでしょう?でもね、私が子供の頃から変わらないの。我が家のミステリーのひとつよ」


「なるほど」


「それで、私達はいつ頃王都に帰る予定?」


「ああ、騎士団を見送ってから、遺跡を少し調べたい。後はメルローの事をきちんとしてから、王都へは転移で戻る。新しい宰相の任命式が10日後にあるから、それまでには絶対戻る」


「分かりました。宰相は任命式もあるのね」


「宰相は重要なポストだから。そして、国内外に新しい宰相の就任とブルボーノ公爵の不正に関する情報も今日付けで流れたと思う」


「スピード速っ!」


「他国にも、この不正に絡んでいる貴族や商人がいる。逮捕者も多数出るだろう。それを取り逃がさない様に速く公表した」


ジルは、厳しい表情で語った。


私がこの王城でのんびりしている間も、ジルや陛下、父はずっと戦っていたと思うと何とも言えない気持ちになる。


本当に無事逮捕出来て良かった。


「僕はアリスに出逢ってなければ、まだ動いて無かった」


ジルは私の顔を見ながら言う。


「そんな私を買い被り過ぎよ。私は、たまたまビビアンさんのところに行ったのだから」


ジルは席を立ち、私の横へ座り直した。


「僕は色々と疑問を感じている。たまたまじゃないかも知れない」


「え、どう言う事?」


「まだ秘密」


そう言うと私の手を取り繋ぐ。


「秘密が多くない?」


私はジルの顔を覗き込み、不満を込めて言う。


「予測で言いたくないだけ。確実になったら言う」


ジルは私の頬に手を添えて、軽くキスをした。


「不確実でも教えてくれたら良いのに!」


「まだダメ」


次は、ギュッと抱き寄せて、唇を這う様にキスをした。


「何?これは何か私が聞く度に、、、」


んー、もう!!


今度は私の口をこじ開けて、深く撫でてくるような、、、。


強引なジルとそのまま溶け合う様なキスをする。


唇が離れて行く時に見えたジルはとても美しいライトブルーの瞳から艶めいた色気を強烈に放っていた。


私の胸はジルに射抜かれる。


ああ、大好きよ!ジル、、、。


「思わず襲ってしまいそう」


無意識に口に出てしまう悪い癖。


「襲ってくれるの!?アリス」


ジルは艶めいた表情から一転、笑顔で茶化してくる。


昂った心が、一気に落ち着きを取り戻して行く。


私は無言でジルの頬を抓った。

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