第44話 スペシャルドリンク

「きゃー!マルリー」


 私は久しぶりにマルリと車内で遊んでいる。


大仕事を終えて、第二騎士団と共にいよいよロダン領へと入る。


ここからは岩山越えだ。


今日一泊する予定だったお宿はボコボコになってしまったので、徹夜で進む事になった。


「団員の皆さん徹夜で岩山越えとかキツくないのですかね?」


「彼らは鍛えているから平気」


ジルは相変わらず、あっさりしている。


私と前回ロダン領に行った時は魔法を使ったのに、今回は使わないらしい。


それは目の前にいるアンジェロの為に、王都からの道を安全確認しながら進みたいというジルの希望を優先したからだ。


当の本人アンジェロは、何も考えて無さそうだけど。


そして、そもそもロダン領には、これと言った産業も観光名所もないから人もあまり来ない。


「ジード様、ロダン領は誰も来ないのに、警戒が必要ですか?」


「うん、アンジェロを誘拐すれば、簡単に王家を脅迫できると思う輩もいるから」


「誘拐!?」


アンジェロは驚く。


「そうだ、これからは自分の身は自分で守らないといけない。もし、お前が人質に取られても基本的に王家は取引に応じない」


「それは、勿論分かっています。ぼくはロダン伯爵家に入るので、王族ではありませんから」


「アンジェロ、覚悟を決めたのね!」


「アリスティア嬢は僕に厳しいですよね」


不服そうにアンジェロは言う。


「そうよ。私、あなたのお姉様なのだから」


アンジェロの顔が険しくなる。


「そんなに嫌わなくても良いじゃない。さぁ、お姉様と呼んで良いのよ」


「最悪」


反抗期の弟は難しい。


「アリス、アンジェロは構わないで、僕を構って」


ジルが私の肩に擦り寄る。


「兄上も最悪」


「仕方ないわね、そんなにイライラしないの。マルリを撫でさせてあげる」


私は抱っこしていたマルリをアンジェロに渡した。


マルリはアンジェロの頬に擦り寄る。


「マルリ、、、」


アンジェロはそう呟くと、マルリの背中を撫でた。


可愛い猫は反抗期にも効果アリ。


窓の外はすっかり夜の闇になった。


馬車は山道を登り始めたようだ。


私は何事もなく無事に辿り着ける様にと祈る事しか出来ない。


外の暗さに合わせて、車内は最低限の明るさにしている。


眠気が、、、と言いたいところだけど、道も岩で出来ているだけあって、なかなかの振動だ。


騎士団のメンバーはこの道を馬や荷馬車に乗って進んでいる。


高度も上がって来て、寒さも気になってくる。


「ジード様、そろそろ休憩を入れなくても大丈夫ですかね?寒さも厳しくなりますし、温かい飲み物とかを飲んだ方が良さそうな気がします」


「その辺はエドワードに任せているけど、彼もこの道を進むのは初めてか、、、。提案してみよう」


ジルは御者の窓をコンコンと叩いた。


馬車がゆっくり止まって、扉の向こうから声がする。


「殿下、開けます」


ガシャっと扉を開けて、エドワードが顔を見せた。


「何かご用ですか?」


「そろそろ、休憩を入れないか?寒さも厳しくなって来ただろう」


「そうですね、正直こんなに険しいとは思っていませんでした。少し広さのある場所を探して休憩を入れます」


「よろしく」


エドワードは迅速だった。


数分後には少し道幅の広い場所で休憩取ることになった。


流石、騎士団と言うだけあって、手早く焚き火と風除けの幕が用意され、お湯も沸かし始める。


温かい飲み物を作っている間にビスケットとナッツが全員に配布された。


「こんな風に岩山で夜を過ごすのは初めて!星が綺麗!!」


私はジルに美しい風景と星空の感動を伝える。


「ロダン領は大陸の中心で標高が1番高い。確かに星空が近い感覚がする」


空を見上げるジルの横顔も美しい。


「ぼくもこの星空に感動しています」


後ろから、アンジェロも感想を口にする。


一通り段取りを指示したエドワードと、ルカ、イースは、私達の近くに来て座った。


「アンジェロ、あんた馬車で良いわねー!」


ルカはアンジェロの顔を見るなり、不満をぶち撒ける。


「いや、わたしは別に、、、」


アンジェロは言い淀む。


「ルカ!ぼくと変わる?」


イースが話に割り込む。


「あんた、屋根に乗っているんでしょ!?そんな事、私に出来る訳ないじゃない」


ルカが反論した。


え、屋根に乗っている?この振動で?


「お馬さんの方が楽しくて良いかなと思っただけー」


イースはいつも陽気だ。


「お前たち、不平不満は御主人様がいない時に言うものだぞ」


エドワードはジルを指差して言った。


指差すのも、充分不敬な気がする。


「飲み物はどんな物が出て来るのかしら」


私がウキウキしながら、皆に尋ねると全員がスッと目を逸らした。


え?この質問はダメなの?


私はジルの目をしつこく見つめて訴える。


「身体を温めるスペシャルドリンクが出てくる。味は考えてないと思う」


あ、伝わったのか答えてくれた。


ええっと、それって、、、。


「美味しくないということね」


私が口に出すとルカが頷いた。


ああ、期待していただけにダメージが、、、。


まぁ仕方ない、ビスケットを味わうか。


しばらくするとマグカップに入った飲み物が配られた。


湯気がふんわりと上がっているけど、香りはとても複雑。


一体何をいれたの?


恐る恐る口を付ける。


ん?これは!!


「コレ、生姜と牛蒡と蜂蜜?」


私が予想した材料を口にすると誰かが、「正解です!」と遠くから叫んだ。


「アリスティア嬢、よく分かったね」


エドワードが驚いた顔をする。


「アリスは食べ物が大好きだから」


余計な事をジルが言うと、皆が笑った。


ふむ、場が和んだからヨシとする。


変な感じ、第二騎士団の皆さんと真っ暗な岩山でお茶を飲んでいる。


私はこんな山奥にずっと住んで居たのか。


どうして、大陸の中心にあるロダン領は、他の地域と切り離す様に岩山で取り囲まれているのだろう。


我が家の秘密があまり重い物ではない事を願う。


飲み終わったら、すぐに出発なのか、マグカップを集め出した。


「皆さん、まだまだ遠いけどよろしくお願いしますね!到着したらジンギスカンパーティーですよー!」


私は叫んだ。


「うぉー!」


静かな岩山に第二騎士団の歓喜の声が響き渡る。


そして、それを喜ぶがの如く、満天の空から沢山の流星が降り注ぎ始めた。


皆で顔を上げて、その流星たちをしばらく眺めていた。


何処か違う世界へ連れて行かれそうだった。

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