第40話 最強の助っ人

 僕はアリスを連れて馬車へ戻った。


第二騎士団には2時間後に作戦会議をすると指示をした。


それまではこの草原で待機することになる。


彼女を座席に寝かせて、僕は向かい側に座った。


先程、はやぶさマルリは王都へ向かって飛び立った。


今は僕が掛けた回復魔法で眠っているアリスが目を覚ますのを待つだけだ。


解毒の作業は上手くいったと思う。


ただ毒に慣れた僕と同じように回復するのかは、まだ分からない。


手を伸ばし、アリスの頬を撫でる。


いつもは透き通るほど白い肌に鮮やかな赤い瞳と優しいピンクの頬、小ぶりで血色の良い唇が可愛いアリス。


そんな彼女の顔も今は血の気が引いていて、悲しくなる。


この前、王都で購入したライトグリーンのストールを彼女の身体に被せて、足元には僕の上着も掛けた。


僕は椅子から降りて膝を付き、両手で彼女の両頬を包む。


少しは温まるかな?


彼女を深く愛していることを手の中の温もりから実感する。


アリスと出会う前の僕は、自分のこんな姿など想像もつかなかった。


そして、もう少し冷静に色々と判断が出来たかもしれない。


今の僕は最善と思ってした事が正しいのかも自信がない。


君は僕をこんなにも動揺させる存在になってしまった。


「コンコン」


誰かがドアを叩く。


「アンジェロです」


僕はアリスの頬から手を離し、扉を開ける。


アンジェロは静かに馬車の中へ入り、扉を閉じた。


「兄上、アリスティア嬢は?」


アンジェロは、心配そうに僕を見つめる。


「ああ、解毒剤を飲ませて、回復魔法をかけた。しばらくすれば目が覚めるだろう」


僕が淡々と状況を説明すると、アンジェロはフーッと息を吐いた。


「大事に至らなくて本当に良かったです。兄上も心配されたでしょう。僕はこんな時にもお役に立てず申し訳ないです」


僕はアンジェロがそんな事をいうとは思って無かったので驚いた。


「ああ、心配してくれてありがとう」


「いえ、僕はフランチェスカ王妃が亡くなった時に兄上へお悔やみも言えず、悔やんでいました。もう兄上が大事な方を亡くしたりしない平和で幸せな国にしたいです。僕にも出来ることを沢山勉強して探します」


アンジェロは、丁寧に決意を語る。


僕の母上の事も大切に想っていてくれた事が嬉しかった。


「大丈夫。アリスはお前が思っているよりタフだよ。僕もこの国を平和で幸せな国にしたい。皆で手を合わせれば大丈夫。アンジェロ、しっかりロダン領で学んで力を付けろ。待っているから」


「はい、ありがとうございます兄上」


アンジェロはそう言うと、馬車から降りて行った。


 

 はやぶさマルリが王都に飛び立ち、一刻半経った頃、第二騎士団の面々は毒で食べれなかったお弁当の代わりに川で採った魚を使って昼食を取っていた。


「団長、この鱒の塩焼き最高です」


「おう、この川はいいぞ!魚が見えるからな。いくらでも獲ってやる」


団長ポールは喜ぶ部下に自信満々で答える。


しかし、その後ろにその人は現れた。


「だ、団長!!後ろ!!後ろに」


小声で団員たちが騒めき出す。


「ん?どうした」


団長ポールは団員の指さす方へ振り返る。


「うわぁ!!」


声を出して、飛び上がった。


「ポール、失礼じゃないか。それに鱒は放流している。取り過ぎると苦情が来るぞ」


そこに立っていたのは皇帝陛下と、もう一人。


「皆、任務ご苦労。この先にトラブルがあると連絡を受けたのでな。助っ人に来た。それと知っている者も居るだろうが、この者は新しくこの国の宰相となるロダン伯爵だ。彼は最強な助っ人だ!頼っていいぞ!!」


陛下が紹介するとロダン伯爵は軽く拳を挙げた。


騎士団員もウォーっと声を出して、拳を上げ返す。


「あのー、陛下。陛下が戦えるって、俺知らないんですけど」


エドワードは安定の軽口を叩いてくる。


「ほう、エドワード。後でそう言ったことを後悔するがよい。私は魔法が使える」


「えええっ!」


騎士団員が騒めく。


それもその筈、今まで皇帝が魔法を使えることは公表されていない。


「さて、作戦会議は14時からだったか?その前にアリスティア嬢の様子を見に行くとしようか、ロダン伯爵」


「はい」


大物二人が現れて、騒めく騎士団員を通り過ぎ、アリスティアが休養している馬車へと彼らは向かう。



 外から騎士団員の『ウオォー!』と言う声が聞こえた。


僕は確認のため馬車の扉を開けると、父上とロダン伯爵がこちらに歩いてくるところだった。


父上は僕を見つけて、走り出した。


それに釣られてロダン伯爵も。


「ジルフィード!アリスティア嬢は?」


馬車に辿り着くなり、僕に説明を求めて来た。


「アリスは解毒剤を飲ませて、回復魔法もかけて眠らせています。毒に慣れている僕と違って回復にどれくらい時間がかかるのかが分からなくて」


思ったより、弱気な言葉になってしまった。


父上は何も言わず、僕を抱きしめた。


「不安だっただろう。大丈夫だ。私たちが付いている」


僕は緊張の糸が切れて、倒れそうだった。


父上は僕を抱きしめたまま、「ロダン伯爵、頼む」と言った。


ロダン伯爵は馬車に乗り、アリスの額に右手を置いた。


「陛下。大丈夫です。覚醒させます」


彼はそう言うと、左手をアリスの上に翳した。


パン!と音が鳴るような光が出て消えた。


あまりに一瞬のことで何が行われたのかが、よく分からない。


「うううううう!!ジルゥー」


アリスは、急に唸りだす。


次に、身じろぎを始めた。


そして、目を開けるなり、声を上げた。


「え、え?まだ夢?何でー!!まだ話は終わってないのに。そして目が覚めていない?」


ロダン伯爵を見るなり、何かを不満そうにブツブツと言っている。


「アリス、もう大丈夫だ」


「ん、本物?お父様は本物?」


アリスが怪訝そうにロダン伯爵へ問う。


「ああ、本物だ。殿下に召喚された」


「はぁ?召還!?どうやって来たの?ジルが迎えに行ったの?」


「いや、陛下と転移して来た」


ロダン伯爵は父上の方を向いて、そう言った。


「陛下?えっ陛下も召還したってこと!?」


アリスはガバッと起き上がった。


そして、僕を抱きしめている父上と目が合う。


「陛下、来て下さり有難うございます」


僕の天使は先ほどまでの血の気がない顔が噓のように温かく微笑んでいる。


「ああ、大切な義娘のピンチだったからな」


父上が答えた。


アリスが起き上がり、父上は僕を離して、馬車の中のアリスに近寄り、ハグをした。


横で見ているロダン伯爵は、少し羨ましそうにしている。


「ロダン伯爵、先程はどうやってアリスを一気に治したのですか」


僕は見たこともない魔法の正体を知りたくて質問した。


「殿下、あれは聖魔法と回復魔法の掛け合わせです。聖魔法で体内の毒を消しました。そして、全回復を促す魔法を同時に掛けたのです」


あー、すっかり忘れていたけれど、彼はアリスの御父上だった。


僕はアリスの高位回復魔法にも驚いたけれど、ロダン伯爵の実力はそれをはるかに超えていた。


「アリスも凄いと思いましたけれど、御父上は更に凄いですね」


僕は驚きすぎて、凄いという言葉しか出てこなかった。


カッコ悪いなと独りごちる。


あれ?聖魔法って神殿の教皇とかが使う魔法なのでは?


「殿下、ロダン領の王城にお見えになられたと聞いています。王城の下には遺跡などがあり、我が家はそこを守っています。聖魔法は血縁で引き継がれています」


僕が聞きたいことをロダン伯爵はやはり先回りで答えてくれる。


「もしかして?」


僕が思っていることを言おうとしたら、手で制された。


「はい、しかし何時でもという訳ではございませんのでご安心を」


ロダン伯爵は笑みを浮かべて、僕へ言った。


「ジルフィード、私たちを呼んでくれてありがとう。皆でこの最後の戦いを大勝利で締めるぞ!!」


父上は企んだ顔で宣言した。

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