第38話 ワタクシ毒見していないものなんて食べれませんわと言っていた癖に

 ロナ河畔で昼食休憩を取ることになった。


本日は襲撃も無く順調に行程は進み、予定よりも早くお宿に到着出来そうだ。


カナデ領のユーリは青く美しいロナ川と謳われる観光名所である。


私達はその観光名所から少し離れた草原に居る。


エドワードはこの集団で観光名所を訪れてお昼休みと言う訳にも行かないから、この場所を選んだと話していた。


 先ほど団員に手渡されたお弁当は大きな葉で何かを包んでいる。


「ジル、何が入っているのかな?ワクワクするね」


只今、敬語モードは解除中。


何故なら、私達は皆から少し離れた場所に2人で座っているからだ。


「こういうスタイルは遠征の時に多い気がする。運びやすいのかも」


ジルはとても冷静な回答をしてくる。


「そうなのね。私はお弁当というだけで嬉しいの。王城生活にお弁当は必要無かったし」


「そっか、アリスは箱入りだったから」


箱入りって、意味が違うような気もするけど。


「それと、この景色には驚いたわ。草原のライトグリーンも陽の光で煌めいていて美しいし、その横を流れているロナ川は、もう素晴らし過ぎて上手く表現出来ない!!場所によって、深緑色から薄い青色まで多くの色彩があるよね。この色の違いは何なの?深さなの?岩の色?良く分からないけど、最高に綺麗だよね」


「アリスの知っているロナ川はどういう感じなの?」


「私の知っているロナ川は王城の後ろを流れている峡谷の激流。雨が降ると激しさを増して轟音を立てて流れて行くから怖いの。落ちたら影も形も残らないと思う」


「王城から見えるの?」


「見えるよ。着いたら案内しようか?」


「うん、見たい。それとまた遺跡も行きたい」


「了解。実は私も遺跡は気になっているの。今回はマルリも連れて行こう」


ジルは穏やかな表情で頷いた。


私はふと、最初は手に持っているお弁当の話題だったことを思い出した。


「これー、そろそろ開けてみようか!」


私はお弁当の包みを顔の前まで持ち上げる。


「アリス、先に開けてみて」


私は遠慮なく包みの上部にある植物の茎か蔓のようなもので結ばれている結び目を解いた。


大きな葉っぱはホロリと開いて大皿のようになる。


大皿の上には、豚肉とお米とブロッコリー、ニンジン、サツマイモが乗っていた。


これは蒸し料理だったのか!


ふんわりとお酒のいい香りも漂って来た。


「お、美味しそう!!」


「アリス、食べ物大好きだよね。可愛い」


横からジルが茶化してくる。


「そう、見たことが無い食べ物が出て来ると嬉しくなっちゃう!早く食べたーい!!ジル」


「うん、食べよう」


ジルは手早く自分のお弁当の包みを開けて、木のスプーンでお米をすくった。


「ストップ!少し待って」


私はそう言うと、ジルのスプーンに乗っているお米をパクっと食べた。


「ん-、、、ん?」


あ、マズいかもしれない。


完全に油断してしまった。


私の世界は一瞬で暗転した。



 僕の目の前で崩れ落ちるアリスをスローモーションのように見つめる自分と、毒を盛られたと慌てる自分の心が激しく交差する。


僕が判断を誤ると彼女は命を落とすかもしれない。


胸元の小瓶を取り出し、液体(解毒剤)を口に含む。


彼女を草の上に寝かせ、解毒剤を口移しで流し込んで行く。


焦るな!と、心に言い聞かせ、ゆっくりと少しずつ。


口の中へ染み渡るように流し込んだ後は、嘔吐で喉を詰まらせることがないように身体を横向きにする。


呼吸と脈を確認してから、回復魔法を施した。


よし、これで大丈夫だ。


でも、まだ僕の心臓はバクッバクッと音が聞こえて来そうな動悸が続く。


動揺、恐怖、激怒、そんなものを今出してはダメだ。


落ち着け、落ち着くんだ!


僕は皆に指示を出さないといけないのだから。


無理やり、大きな深呼吸を数回した。


そして僕は何事もなかったかのような顔をして、


「エドワード!緊急だ!」


と、彼を呼ぶ。


エドワードは僕の声を聞き付けて直ぐに走ってくる。


「殿下―!」


そして、僕に近付くと事態を把握した。


「これは、弁当に、、、ですか?」


「そうだ」


「ビービービビー!!」


僕が答えを言い終わる前にエドワードは胸元から笛を出して吹く。


草原に広がっていた団員たちは一斉に作業の手を止め、こちらに向かって走り出す。


幸い団員たちは周辺の確認作業が終わっていなかったので、昼食にはまだ手を付けていなかった。


僕達の10メートルほど手前にエドワードは全員を並ばせた。


先頭の列の一番端にアンジェロも並んでいる。


分かり易く不安そうな表情をしている。


僕は心配ないと目配せをした。


幸い先ほどまで僕たちと同じ馬車に乗っていたあいつなら、人一倍心配そうにしていても不審には思われないだろう。


「出発前に弁当を受け取った者は?」


エドワードは団員に質問した。


「私達です」


5人の団員が前に出た。


「何処で誰から受け取った?」


「『オテル・レーザン』の従業員から受け取りました」


「では、いま配布したのは?」


「俺たちです」


8人の団員が前に出た。


「受け取って来た者と配る者は何故一人も被っていない?」


エドワードは鋭い口調で質問をした。


「団長、そもそも受け取りもするはずの団員3名が配布しかしていません」


最初の5人の1人が答えた。


エドワードは怪訝な顔をする。


「両方するはずだった3名は誰だ」


「、、、俺たちです」


バツが悪そうに配布をしていた8人の内の3人が手を挙げた。


「何故、受け取りに行かなかった?」


「受け取りに行く途中で、食事を詰めた箱はもう積み終わったと『オテル・レーザン』の支配人に言われました」


「支配人だと?」


「はい、支配人ラーシュは自分が確認したから問題ないと言いました」


エドワードは怒りを爆発させた。


「馬鹿野郎!!!お前たちの怠惰でアリスティア様が毒に倒れられた。今すぐお前たちに謹慎を言い渡す。そして真実を確認するまで拘束する」


目の前にいた団員にエドワードは三人の捕縛を命じる。


三人も大人しく応じた。


エドワードは誰がアリスに手渡したのかなどの細かなことを団員に確認し始めた。


「エドワード、『オテル・レーザン』へ至急捜査を入れてくれ」


僕はイライラと団員たちへの聞き取りをしているエドワードの後ろから、声を掛けた。


「殿下、勿論です。伝達を急ぎます」


エドワードは団員の方を向いたまま声だけで返事をする。


「僕はアリスを今日の宿まで運ぶ。後から来てくれ」


僕の言葉を聞いて彼はサッと振り返り、頭を深く下げた。


「分かりました。業務を全う出来ず、申し訳ございませんでした」


その時、空から、


「ぴー、ぴー」


聞きなれた鳥の声が聞こえた。


空を見上げるとはやぶさがこちらに飛び込んで来て、僕の腕に舞い降りた。


「あ、アリスが!!」


はやぶさになっていることを忘れて、マルリは口走る。


そして、アリスの様子を見て動揺している。


「心配しなくていい。直ぐに解毒した。今は回復の為に眠らせているだけだから」


僕が小さな声で教えると、マルリは僕の方を向いた。


「それで、何故飛んで来た?マルリ」


「ジード様、お宿にブルボーノ公爵が来て、大きな爆弾を仕掛ける用意を始めたよ。それとね、飛んで来る時もこの先の道に爆弾を埋めている人たちが見えた。危ないから、進んだらダメだよってボクは言いに来たんだ」


マルリは僕だけに聞こえる声でそう言った。


「マルリ、教えてくれてありがとう」


僕は、はやぶさマルリの頭を撫でてお礼を言った。


そして、彼をアリスの横に降ろした。


マルリはアリスの顔にスリスリと自分の顔を摺り寄せている。



「エドワード、緊急だ!!」


「で、殿下、また何か?」


直ぐ近くから、彼は再び駆け寄って来た。


「この先の道には爆弾が仕掛けられている。また今日宿泊する予定の宿にはブルボーノ公爵が自ら出向いて来て爆破する準備をしているとマルリが言っている」


僕は、はやぶさマルリをチラっと見ながら言った。


「殿下、行程も全て見直しが必要ということですね。アリスティア様はどうされますか?」


うーん、敵も最後のあがきなのだろうけど、お宿には運べなくなった。


安全なロダン王城に運ぶとアリスは回復しても、ひとりでは戻って来れないから、こちらの戦力が弱まるし、、、。


 既にアリスを戦力と考えてしまう自分にも呆れるけど、彼女は僕が頼ると喜んでくれそうだなと思ったりもする。


僕はエドワードに即答せず、少し考え込んでしまった。


結構、難しい局面になっている。


「ジード様、ボク、良いこと思いついた」


横からマルリが面白い提案をして来たので、僕は乗ることにした。

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