第36話 決意

 ぼくは、そんなことを望んでいない。


 いつも心の中は反発する言葉で溢れていた。


 ようやく、それを開放する時が来た。




 あの日、ぼくは楽しくも悲しくもない平凡な時間を過ごしていた。


父上の怒号が響くまでは、、、。


「ダリア!お前の侍女ではないか。知らぬでは許されぬ」


ぼくは聞き耳を立てた。


そして、恐ろしい内容を知る。


なんと、母上の侍女が王妃殿下を毒殺したと言うのだ。


父上が激昂するのは当然だ。


王妃殿下は側妃の子供であるぼくに対しても、とても優しくしてくれる愛情深い方だった。


兄上もその手でお育てになったと言うだけあって、子供の相手は慣れたもので、ぼくに冒険物語のお話をしてくれたり、カードゲームを一緒にする事もあった。


また、剣術の練習を兄上とする様になり、ぼくが上手く出来ずに悔しくて泣いていたら静かに背中を撫でてくれたり、、、。


一方、僕の母上は着飾ることが大好きで、忙しそうに友人のお茶会に出掛けることしか頭にない。


そもそも子供が嫌いなのか、僕には興味が全くない。


だからわざわざ近づいてもこないし、何日も会わない日が続いてもお互いに気にもしない。


その癖、お爺さまの顔色は気になるみたいで、いつも言いなりだ。


侍女たちも友人もお爺さまが連れて来る。


揃いもそろって、僕以外の悪口を言うのが大好きな者ばかりで気持ちが悪い。


お爺さまは必要以上に兄上を貶して、ぼくを褒める。


だけど、どう考えても兄上の方が断然優秀だし、心も泰然自若でカッコいい。


ぼくはお爺さまが何と言おうと兄上を尊敬する。


お爺さまの言いなりになんて絶対になりたくない。



 兄上は王妃殿下が亡くなって、直ぐに水の離宮に住まいを移された。


恐らく、深い悲しみの中にいるのだと思う。


ぼくもとても悲しい。


どうして、王妃殿下を殺す必要があったのだろう?


本当の事を知りたい。


でも、お爺さまの鳥かごの中にいるぼくに何が出来る?


父上もぼくを警戒しているのか、最近は上辺の話しかしてくれなくなった。


誰か、ぼくと本音で話をしてくれる人が欲しい。




 ある日、父上に呼ばれて騎士団の勲章授与式に参加した。


勲章授与とはいっても、帝国は長きに渡り戦争などはしていない。


その為、武勲ではなく、長く勤務している者に永年勤続を称える勲章を与える。


その席で、いとこのエド兄さんを見つけた。


幼いころ、兄上やエド兄さんと一緒に剣術の稽古をした記憶が蘇ってくる。


エド兄さんは兄上と、とても仲が良かった。


ああ、エド兄さんなら、ぼくの知りたいことも知っているかもしれない。


式典が終わってから、勇気を出して話し掛けた。


「エド兄さん!」


ぼくの声にエド兄さんは振り返った。


「メルー!!話し掛けてくれるなんて嬉しいね。元気にしていたか?」


エド兄さんの元気な問いかけに、ぼくは即答出来なかった。


何だか、いろいろな感情が湧き上がって来て、目が潤む。


「メル?久しぶりにゆっくり話でもするか?」


「うん」


そう返事するだけで精一杯だった。


エド兄さんは、ぼくの耳元で、


「今夜0時、南の2階ツクヨミの間」


と、呟いた。


ぼくは黙って頷いた。


周りから見ると軽く挨拶をして別れたように見えたと思う。


ぼくは夜が楽しみになったけど、周りの者たちに勘付かれてはならない。


細心の注意を払って、その日を過ごした。



 午前0時より少し早く、真っ暗な待ち合わせ場所に着いた。


灯りを付けると周りに気付かれてしまうかもしれない。


ぼくはそのまま真っ暗闇でエド兄さんを待つ。


時間通り、エド兄さんは現れた。


「メル?どうした。人がいない方がいいかと思ってここにしたけど、こんなに真っ暗だとはなぁ」


エド兄さんが小さな声で笑う。


「エド兄さん。ぼく、ぼくさ、何も知らないんだよ。王妃殿下は何故殺されてしまったの?」


一番聞きたかったことが、口から滑り出た。


「メル、それをすぐに聞いちゃぁダメだ。俺が犯人と繋がっていたらどうする?」


ぼくは心臓を刺されたような気がした。


「メルは先に疑うことを覚えた方がいい。まぁ、勘は良かったな。オレは陛下に忠誠を誓う騎士だからな」


「うん」


「それで真実を知りたくなったのか?」


「そう、ぼくの周りは何かおかしい気がする」


ぼくがそう言うと、エド兄さまは、ぼくの頭をグルグル撫でた。


「メル、お前は賢いなぁ。そうだ、お前の周りは確かに問題ありだ。それに気づいたのなら、これから皆の動きを観察しろ」


「え?どうして」


「お前の周りはお前をこの国の皇帝にして、お前の爺様がこの国を動かすつもりだ」


ぼくはもしかしたらと思っていたことを的確に言われて、背筋がぞーっとした。


「エド兄さん、ぼくはそんなことは望んでいない」


お爺さまと一緒にされたくなくて、つい言い返してしまった。


「だがな、大人は勝手に決めてしまうんだよ。お前がちゃんと自分の意思を持って止めないと、これは変えられない」


侍女に平気で手を上げるお爺さまや、冷たい目でぼくを見つめる母上の顔が脳裏に浮かぶ。


「止められるかな?」


「おおっと、急に弱気だな」


「ぼくは、こういう風に話をする人さえ周りにいない。何をどうするかもまだ考えが及ばない」


「そうか、それなら俺にいい考えがある。手筈を整えたら知らせるから、お前はとにかくブルボーノ公爵の行動を監視しておけ」


「分かった。で、なんで王妃殿下は殺されたの?」


ぼくは最初の質問をもう一度した。


「ああ、それはな、お前の母親を王妃にするためだ」


「え、ぼくの母上を?」


「そうだ、それだけのために、あの愛情深い王妃殿下は殺された。俺もお前同様、腹が立っている」


ぼくは身体の奥から怒りが湧いてくる。


あの母上が王妃なんて飛んでもない!!


ぼくが一番分かっている。


「分かった。エド兄さん教えてくれてありがとう」


「ああ、お前も魔窟で大変だろうが頑張れよ。また連絡するからな」


その後、エド兄さんは父上を通して、僕を第二騎士団の視察と言う事にして時々連れ出してくれるようになった。


第二騎士団では、ぼくはアンジェロという名前を使い団員として、仲間たちと話すようになった。


ぼくの視野も鳥かごの中に居た時よりグングンと広がって行く。


結局、母上が王妃になってしまったけど、今のぼくにはそれを阻止する力は無い。


もっと沢山見聞を広めて、戦えるようになりたい。




 そんな折、大きな出来事が起こる。


兄上が婚約を発表したのだ。


女性に見向きもしなかった兄上がいきなり婚約した。


ぼくは驚きでいっぱいだった。


そして、その婚約者が心配になった。


お爺さまが王妃殿下の時のように命を奪ってしまったら、、、。



 突然、エド兄さんが密命を受けて来た。


依頼主はおそらく兄上だろう。


ぼくは密命の手伝いで、ブルボーノ公爵家がしている悪事を嫌というほど目にする事になる。


もはや、王宮だけの問題では無かった。


膨れ上がったブルボーノ公爵家の傲慢は、バルロイ帝国から溢れ出て、この大陸に住んでいる人々の平和な暮らしをも脅かすものとなっていた。



ぼくの心は決まった。


兄上とその婚約者を守る。


この国の平和を守る。


ぼくは皇帝にはならない。



「ぼくは、ぼくの人生を賭けて、今回のロダン領までの掃討作戦へ参加したいです」


 エド兄さんに、ぼくは懇願した。


「そんなに凝り固まるな、お前がそう思えただけでも事態はいい方に動くと俺は信じている」


と、エド兄さんは笑顔で了承してくれた。



 そして、兄上達と第二騎士団が打ち合わせをする日になった。


「メル、聞いてくれ、殿下は驚くほど美人な婚約者とベタベタしている、、、見たら驚くぞ」


エド兄さんは、顔合わせ前のぼくに余計な事を教えた。


あのクールな兄上がベタベタ?いや無い。


そう思っていたのに、この二人は何?


ずっとイチャついている。


ぼくは兄上がそんな人だと初めて知りました。



 そして、掃討作戦初日。


敵を一掃する高位防御魔法を涼しい顔で放つアリスティア嬢。


未来の姉上は僕よりはるかに強いと知りました。


井の中の蛙大海を知らず


もっと頑張ろう、、、ぼく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る