第33話 ジルと呼んで
雨がようやく収まり、時刻は16時になろうかと言う頃、私達は本日のお宿に到着した。
午前中の襲撃と似たような私兵による弓などを使った攻撃は午後も2度ほどあった。
その度、休憩を挟み、捕縛した犯罪者は王都へ順次護送した。
王都の収容施設が数日で溢れかえりそうな気がする。
ブルボーノ公爵は、よくぞここまで勢力を拡大したものだと呆れる。
「ジルフィード皇子殿下、またロダン伯爵令嬢さま。本日は我が宿をお選びいただきましてありがとうございます。従業員一同、心を込めておもてなしに努めさせていただきます。気になることなどございましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ」
アリア領のラ・ポムの街で一番大きなこのお宿『オテル・レーザン』の支配人ラーシュが丁寧な挨拶を述べた。
「ああ、よろしく頼む」
ジード様は簡潔に返す。
「お世話になります」
私もそれに倣い、一言で返事を返した。
私達は明日の移動も踏まえて直ぐに部屋へ入り、休養をすることにした。
今夜、私達とルカ、イース、アンジェロは最上階の部屋を貸し切って使うことになっている。
その他の第二騎士団メンバーの半分はこのお宿に泊まり、残り半分は街の夜警も兼ねて付近の森で野営をする。
このお宿か野営かのメンバーを決めるくじ引きは、かなり盛り上がりを見せたとルカが言っていた。
一番の違いは食事だと、、、。
「あとでお宿の方にお願いして野営の方々にも差し入れをお願いしましょうか?」
私は野営の方々が可哀そうだと思い、ジード様に相談した。
「アリス、それは不要だ。違う食事をしていれば、もし毒を盛られたとしても半分が動けるだろう」
「そんなことまで、、、」
思いもよらない回答に絶句した。
この方々は、あまりにも死と隣り合わせ過ぎる。
「すみません。考えが至りませんでした。それでは、私が手作りしたものとかでしたら大丈夫でしょうか?」
「アリスがひとりで作って、自分で梱包ラッピングして、相手に直接手渡しするくらいしないと難しいかな。騎士たちはアリスの気持ちだけで充分だと思う」
ここで無理を押し通すのは、辞めておいた方がいいのかもしれない。
「分かりました。ロダン領に着いてから、騎士の皆さんには美味しいものを用意しようと思います」
「うん、ジンギスカンがいいって、ルカが言っていたよね。それでいいと思う」
「はい、そうします」
実は私達、最上階ではなく2階の狭い部屋にいる。
私達の部屋の右の部屋はルカ、左の部屋がアンジェロ、向かいの部屋をイースが使っている。
何かあれば3人はこの部屋へ駆け付ける手筈だ。
ただ、ジード様が最強説もあるので、呼ぶ可能性は低いかも。
そして、私達が滞在しているはずの最上階では、エドワードとポール団長他、ゴリゴリマッチョな精鋭陣が襲撃に来た悪者をバンバン捕獲するために待機している。
また作戦と言うことで、団長さんがドレスを着ているのを見て、ドン引きした。
彼は私の身代わりにはとても見えなかったのだけど、流石に本人には言えなかった。
「ジード様、団長さんの女装は、、、。バレそうですよね?」
「ああ、あれは見られたら即バレだろうね。まあベッドに寝ていたりすれば、案外分からないかもしれない」
「そうですか?身体が大きいから、お布団の盛り上がりとかも不自然じゃないですか」
「ふたりで寝ていると思えば、あまり不自然ではないかもしれない」
ふたりで?ん、どういうこと?
私は良く分からず首を傾げた。
「そのうち分かるかも」
んー?良く分からないけど、頷いておいた。
そして、残念なお知らせもあった。
エドワードがマルリを最上階に連れて行ってしまった。
よく分からないけど、作戦の一環でマルリを連れて行くとの事。
私はやっとマルリに会えたのに、直ぐに離れ離れにされて寂しい。
明日も荷物と共に先行出発するらしく、マルリと戯れるのはロダン領に到着するまで難しいかも知れない。
ゔーっ、マルリロス!
それから、私達の夕食はお部屋をバラバラにする都合上、お宿に全員分のお弁当を用意してもらった。
そして、お弁当は騎士団が配布する形式にした。
これで、私達がどの部屋にいるかは、ほとんどの人が知らない状態になっている。
私達も今、ルカからお弁当を受け取ったので、これから二人で食べようとお茶の用意を始めたところだ。
「アリスがこういう時、テキパキ身の回りのことを自分でする姿に、最初は驚いた」
私がお茶を淹れて居るとジード様は話し出した。
「そんなに不思議なことですか?」
「うん、僕の知っている貴族の女性は自分ではしないから」
「それが正しいのかもしれないですよ?」
ふふっと笑いながら、私は意地悪く言う。
「正しくても、僕はあんまり、、、」
「そうですか」
お茶の入ったカップをテーブルにそっと置く。
「いつもは敬語だけど、アリスが思っていることを、そのまま普通の言葉でぶつけてきてくれるのも、僕は好き」
「敬語じゃない方がいいですか?」
私はお弁当の蓋を外し、ジード様と私の前に並べる。
「うん、二人の時は対等に話したいし、『様』も本当は付けて欲しくない」
ジード様はおしゃべりしながら、横に重ねて置いてあったカトラリーとナフキンをテーブルにセットする。
「ありがとう。じゃあ普通に話すね」
うわっー!私が普通に話しかけるとジード様は凄くうれしそうな表情かおになった!!
「そんなに嬉しい?」
「嬉しいよ。心が近くなった気がする」
ジード様は照れるようなセリフを真っすぐ言う。
「そう?それで様を付けないなら、何て呼んだらいい?ジード?ジル?それともジルフィード?」
「うーん、ジードって、よく言われるから、ジルなら特別感があっていいかも」
「分かった。ジル!ごはん食べよう」
私がご希望通り気軽に話しかけると、ジード様改めジルは両手で顔を押さえた。
「嬉しいけど、照れる、、、」
ジル、耳が真っ赤なのは見えてますよ。
そんなにピュアなところを見せられると、私まで恥ずかしくなるのだけど、、、。
「もう!すぐに慣れるって。それより早く食べよう!とっても美味しそうだよー!あっ、そういえば、こういう時、ジルの毒見って誰がするの?」
私はすっかり忘れかけていたけど、これにも毒を盛られていたらマズいことになるよね。
ジルは懐から何かを出す。
「あー!それ、この前の解毒剤?」
「うん、いつも持っているから、大丈夫」
「でも、その解毒剤が効かない毒だったらどうするの?」
「苦しむけど、死んだりはしないと思う」
「死なない?」
「うん、王家の加護を持っているから、生命力は強い方だと思う」
「うわっ、始めて聞いた。王家の加護って何?」
ジルは、何かを思案している素振りをする。
「アリス、この話は長くなるかも、食べながら話そう」
「うん、分かった」
私は、お弁当をじっくりと見た。
ライ麦パンにメインはローストチキン、付け合わせはカマンベールチーズ、ラタトゥイユとグリーンサラダ。フルーツはリンゴとマスカットが入っていた。
「美味しそう。どうぞ毒は入っていませんように!!」
そう言って、私はローストチキンを一口食べた。
うん、ジューシーで柔らかくて美味しい。
「大丈夫みたい。ジルも食べてー。私が毒見したから」
ジルはパクっとローストチキンを口に入れた。
「あ、美味しい。アリス、毒見ありがとう」
良い笑顔でお礼を言われた。
「どういたしまして。それで王家の加護って何?」
「僕は生まれた時から背中に加護の紋章が付いていたんだ。王家でも今の時代は僕だけ」
「加護の紋章をもらうと、どういう効果があるの?」
「分かり易いのは魔力がとても強いと言う事。常に使い魔を複数使役していても問題ないくらいの魔力量があるよ」
「前に使い魔が水の離宮のお掃除をしているって言っていたよね?」
「うん、水の離宮には出来るだけ人を入れたくなかったから、そうした」
そっか、ジルのお母様は毒殺されたと言っていたし、色々あるのだろうなぁ。
「僕、実はアリスにも分けた」
「えっ?何、何のこと?」
突然、話が飛び過ぎて付いて行けない。
「前に印をつけると言った時に、王家の紋章の力を分けた」
「それって簡単に分けられるものだったの?」
もう理解できないレベルの話に突入して来ましたよ。
「いや、本当は命を分けるようなものだから、ダメかもしれないけど」
とてつもない話だった。
彼が言うには、王家の加護はランダムに現れるらしい。
また世間一般では、王家の加護を持った者が生まれると国が荒れるとか大災害が起きると言われているそうだ。
これを踏まえて、王家は帝国に不要な混乱を招かないようにと、ジルのことは公表はしなかった。
ジルに王家の加護があるということは陛下と先のお妃様と王家専属のお医者様、そして教皇しか知らない。
そう言う経緯もあって、ご両親がジルを育てられたそうだ。
勿論、乳母やお世話係も居なかったし、幼少期からご両親は身の回りのことは自分でするようにと色々教えてくれていたんだとジルは私に話してくれた。
陛下とジルの距離が近い理由が分かった気がする。
私はさりげなく、また国の機密を知ってしまった。
ジルは国を治めるだけでなく、もっと大きな使命も背負っているかもしれないなんて。
「実際に国は荒れている。取り敢えず目の前から片付けていくしかない」
「うん。私に出来ることは遠慮なく言ってね」
「勿論、色々頼むと思う。アリス、食後に紅茶飲まない?僕が淹れる」
おおお!お茶も淹れられるのね。
「ありがとう!いただきます」
私はふたつ返事で返した。
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