第31話 襲撃日和 1

 シトシト降る雨ならまだしも、こんな雷雨に出発する?


窓はガタガタと強い風に揺れ、雨も横から打ちつけている。


時折、稲光と激しい雷音が鳴り響き、振動も感じる。


恐らく、この付近に落雷しているのだろう。


「殿下、絶好の襲撃日和だよ」


玄関ホールで使用人のみなさんは出発の準備を忙しなくしているのに、その横で軽口を叩いているのは帝国第二騎士団副団長エドワード・ブルク公爵令息だ。


彼はジード様のいとこでもある。


「エドワード、口を慎め」


彼は、大体ジード様に注意されている気がする。


「はい」


返事はいいのよね、いつも。


私は二人を見て、先日の悪夢〔王都デート〕を思い出した。


ブルボーノ公爵は今、ジード様の立太子の日取りが決まったので、とても焦っている。


何故なら、彼は孫の第二皇子メルローを皇帝にし、バルロイ帝国の権力を手に入れようと目論んでいるからだ。


ロダン領までの道のりで、ブルボーノ公爵派が私達を襲撃してくるだろうと考えたジード様は、早々に帝国第二騎士団と手を組み、ブルボーノ公爵派の掃討作戦を立てた。


先日はその予行練習として首都サランで、私たちはあえて敵に隙を見せる王都デートをした。


予定通り、私達は刺客の嵐に見舞われたが、半日で55人も敵を逮捕することが出来た。


その中には宰相の孫娘で、ジード様の猫を蹴った女も入っている。


「襲撃日和って、、、」


私は、エドワードの軽口に呆れて、思わずボヤいた。


「雨で音が響かないから、襲撃しやすいのは確かだよ。今日僕たちは事前に情報を流したルートで進むから、襲撃は間違いなくあると思う。だから念のために荷物は宿泊予定の宿へ別ルートで送る。僕たちは馬車で宿まで辿り着くのが目標」


「んー、その馬車で辿り着くのが目標という言葉は、不安を掻き立てますね」


「ごめんアリス、でも、いざとなったら宿に魔法で転移も出来る。途中で君にケガなんかさせないよう、僕が守る。雨には濡れるかもしれないけど」


「分かりました。濡れるくらいは気にしません。騎士の方々は、この雨の中を馬で駆けて行くのですから、私は馬車に乗れるだけでも有難いと思っていますよ」


私の言葉を聞いて、ジード様が頭をナデナデしてくれた。


「では、そろそろ出発しよう」


「はい!!」


ジード様の一声に騎士たちは揃って気持ちの良い返事をした。




 馬車は出発したものの、窓に雨が打ちつけて、景色は全然見えない。


私は、そもそもこの辺りの土地勘もないので、この馬車が何処をどう走っているのかは、地図か何かに目印でも書いて貰わないと分からない。


車内には私とジード様の他に、ルカとアンジェロも乗り込んでいる。


4人で何を話せばいいのだろう?


このメンバーだと、私が話し出さなければ、誰も話さない気がする。


「ルカとアンジェロ、昨日はゆっくり眠れましたか?」


「はい、昨日はエドワード副団長が私たちを夕食に連れて行って下さいました。それで団員のほとんどが酔いつぶれてしまい、店の床に倒れて眠っていました。私は何とか部屋に帰ってベッドに寝ました」


ん?この話は広げた方が良いのかしら。


「ルカ、団員の皆さんは床で寝て疲れは取れたのかしら?」


「はい、いつもは土の上とかなので、その辺は全然大丈夫だと思います」


土の上、、、。


騎士団の皆さん、本当にいつもお疲れ様です。


「そうなのね。それで何を食べに行ったの?」


「ジンギスカンって分かりますか?羊の肉の焼肉なのですけど、すごーく、美味しいです!」


「ジンギスカンね、知っているわ」


「ロダン領でも食べられますか?」


「勿論。ルカ、そんなに好きなら、私の実家に着いたら騎士団の皆さんにはジンギスカンを振る舞いましょうか?」


「うわ!アリスティア様、女神様と呼んでも良いですか!!最高です!是非よろしくお願いします」


私は笑顔で頷いた。


ルカは嬉しいのか、ハイテンションになっている。


しかし、女神呼びは恥ずかしいので、辞退したい。


「アンジェロも昨夜は酔いつぶれたの?」


私は次にアンジェロへと話を振った。


アンジェロはジード様に視線を送る。


一体、何を確認しているのか分からないけど、、、。


「私は未成年ですので、参加しておりません」


え、年上かと思っていたのに?


「えー、それでいなかったの?アンジェロ何歳なのよ」


私が聞く前にルカがアンジェロに質問した。


アンジェロはジード様の方をまた見る。


「アンジェロ、僕にいちいち許可を取らなくてもいい」


とうとう、ジード様からも注意が入った。


「15歳です」


ななな!私より3歳も年下だった!!


「アンジェロー!私より4歳も下だったのね。そんなに老けて見えるのに」


ルカが暴走を始める。


「私はてっきりエドワード副団長の隠し玉かと思って遠慮していたのよ。なんだ、若いから心配でエドワード副団長はあなたに付きっ切りだったのね」


「はい、そうかもしれません」


「で、出身はどこよ?」


「出身ですか?えー、言いたくありません」


「はぁ?先輩にそんな口聞いていいと思っているの?」


「いえ、ええっと殿下から口止めされています」


「は?」


珍しくジード様が驚きを声に出した。


そして、一呼吸し、落ち着いてから、話し始める。


「アンジェロ、口止めされていることを口に出したら、それは口止めじゃなくなる。気を付けろ」


アンジェロの顔から、血の気が引く。


「それから、ルカ。アンジェロは隠し玉と思っていい。あまり詮索するな」


淡々と説教されて、ルカはショボンとなる。


「殿下、申し訳ありませんでした。発言には気を付けます」


彼女は、弱弱しく反省の意を述べた。


「ああ、分かったならいい」


どうしよう、、、。


とてもフレンドリーに会話する状況ではなくなってしまったわ。


どうせなら今襲撃してくれたらいいのに。


そんな不謹慎なことを考えた時ほど襲撃は来ないのだった。

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