第29話 ロナ川のほとりで

 私の知っているロダン領ソナ渓谷の荒々しいロナ川とは違い、王都サランのロナ川は豊富な水量と流れはあるものの、優雅な佇まいで風景に溶け込んでいる。


私達は歩いて、ロナ川のほとりにあるカフェ・ヨハンに向かっていた。


通りは広くて、歩道と馬車の通る場所が分かれているので歩きやすかった。


この辺りは食器を取り扱っているお店が立ち並んでいて、外から眺めながら歩いているだけで目の保養になる。


「食器店が多いみたいですけど、食器はこの辺で作っているのですか?」


「うん、今後の主要産業になりそうな分野だよ。バルロイの食器は強度があって、とても白いから絵付けすると柄が映えて人気らしい。輸出額も伸びて来ている」


「そうなのですね。ええ、確かに素敵ですもの!!見ているだけで楽しくなります」


「もともと、芸術の街だからね。職人たちのセンスもいいのだと思う」


おしゃべりをしていると、すぐカフェのある川沿いの通りに着いた。


「素敵なところですね。ここから見ると王宮は丘の上に建っていて、街を見下ろす感じなのですね」


「防御という意味ではいいのかもしれないけど、坂道は嫌」


ジード様のボヤキが笑いを誘う。



 私達は二人の世界を作り上げながら歩いているのだけど、向かい側の通りの歩道には、人だかりが出来ていた。


ジード様は全く気にしない素振りなので、私も合わせている。


お目当てのカフェに辿り着くなり、ルカが店内へ空席の確認に向かった。


私達はしばらくカフェ・ヨハンの前で立ち止まって待つ。


そう言えば!と思って、私はアンジェロとイースに話しかけた。


「お二人もこのカフェに来たことはありますか?」


「ぼくは初めてです」


イースは元気よく答えた。


アンジェロはジード様の顔色をうかがっている。


「アンジェロ、問題ない」


ジード様はアンジェロに言う。


何?何か発言に制限でもあるの?


アンジェロ、謎が多過ぎる。


「私は来た事があります」


「そう。このカフェで、アンジェロのオススメは何?」


「私は、ウィンナーコーヒーがオススメです」


「分かったわ。参考にするわね、ありがとう」


結局、何も探れずに会話は終わった。


アンジェロの壁は厚い!難しい!!


その時、私は何気なく川の向こうを見渡した。


すると、キラリと何かが光る。


「右に!」


アンジェロが私たちに叫ぶ。


私の前には、イースが立つ。


アンジェロは防御魔法で、飛んできた複数の矢を弾いて落とした。


「えっー!」


私が驚いている間に川の向こうは、何やら騒然となっている。


目の前にいたイースもいつの間にか居なくなっていた。


「どうやら捕縛したみたいです。5名ほど」


アンジェロが呟く。


「殿下―っ、お席が確保出来ました」


いいタイミングで、ルカが戻ってきた。


「アリス、店に入ろう」


ジード様は私に声を掛けた。


あのー、皆さん順調に刺客を捕らえましたけど、何故そんなに平然とされているのでしょう?


「今日は一体、何人、、、」


私は、独りごちる。


「さぁ、王都ではそんなに本気は出せないだろうから、ロダン領への旅路の方が危険だろうね」


「サラッと恐怖に陥れるようなことを言わないでくださいよー!」


「多分、ダイジョブ」


とても心の無い言い方をするので、ジード様を肘でドンと押したら、何故か嬉しそうにされて微妙な気分になった。


「殿下、いらっしゃいませ」


カフェ・ヨハンの入口で気さくな挨拶をして来たのは、店主のヨハン2世さんだ。


このカフェは80年前に店主のお爺さまが創業され、長年首都サランの人々に愛されているお店だとのこと。


私達は、ロナ川がよく見える特等席に案内された。


「メニューはこちらになります。どうぞごゆっくりお選びになって下さい」


メニューを手渡すと、ヨハン2世さんは去って行った。


「ジード様は良くここに来るのですか?」


「そうだね、子供のころから父上と来たりしていた」


「陛下と!?そんな気軽に王宮から出て、大丈夫なのですか?」


「普通に歩いていたら、ただの親子としか思われないと思う」


いやー、それはきっと周りの方々が気を遣って、気が付いていないフリをしたのだと思いますよ。


「ジード様のオススメのメニューはありますか?」


「僕のオススメはオペラだよ。アップルパイも人気がある」


ジード様はメニューを指さしながら、教えてくれた。


メニューには手書きのイラストが載っていて、とても素敵だった。


「では、私は紅茶と人気のアップルパイにします」


ジード様は手を挙げて、給仕の方を呼び注文を告げた。


「斜め後ろも連れだから、一緒に」


ルカ、イース、アンジェロ達の方へ目配せをする。


給仕さんは、かしこまりましたと後ろの3人のオーダーも取って行った。


しばらくして、トレイにウインナーコーヒーと紅茶を乗せた女性の給仕さんがやって来た。


ジード様の前へウインナーコーヒーを、私の前には紅茶を、とても丁寧に置いた。


彼女が一礼して立ち去ろうとしたとき、ジード様が呼び止めた。


「少し待って」


そう言うと、ウインナーコーヒーに口を付けて置いた。


「確保」


冷たく言うと、後ろの3人が給仕の女に飛びかかって締め上げる。


あっという間過ぎて、声も出ない。


ジード様を見ると彼は懐から何か出して飲んだ。


「ん?何ですか、それ」


「これは解毒剤」


「は?解毒剤!?」


私はテーブルの上のティーカップに視線を向けた。


「アリス、毒が入っているから、触ったらダメだよ」


「ななな!分かっていて飲んだの?」


ジード様は頷く。


「死んじゃったら、どうするのよ!」


私はあまりのことに、声が震えた。


「大丈夫、簡単には死なないし、証拠がないと捕まえられないから」


何でこんなに平然としているの?


私がショックを受けている間に、団長さんたちもカフェ内に踏み込んで来た。


結局、給仕の女と厨房に入り込んでいた敵の合わせて4名が縛り上げられ、そのまま連行された。


ヨハン2世さんたちも、一時的に敵から拘束されたらしい。


カフェの皆様、大変な目に合わせてごめんなさい。


迅速に片付いて、直ぐに紅茶とアップルパイは来たけれど、もはや味も分からなかった。


王族って、こんなに大変なのね。


そして、横のジード様は何事もなかったかのようにオペラを美味しそうに食べていて、私があまりに見つめたから、一口くれた。


そういう意味ではなかったのに、、、。


「ジード様、毒を飲んだ人と思えないくらい食欲があって良かったです!と、私があなたに言うのは正解なのか間違いなのかを聞いてもいいですか?」


私はダルがらみの様な質問をする。


「正解」


「いや、ダメですって、ケーキじゃなくて胃に優しいものを食べてくださいよ。毒なんてもう、、、。分かっていたら、口にしないで!!」


命は大切にして欲しいと願いを込めて言う。


「分かった。別の方法を考える」


「ええ、そうしてください」


しばらく、ロナ川の美しい流れを二人で眺めた。


ちょっと気になって後ろを振り返ったら、3人はいつの間にか追加で注文をしたチキンサンドを食べていた。


騎士たちも逞しい限りである。



 カフェを出ると13時になっていた。


まだストールしか買っていないと言うのに、何人捕縛したのだか。


宰相、絶対首にしてやる。


「愛しのジード様に何てことを!」


私が思考の中で叫んだ言葉は、声に出ていたらしい。


その声をしっかり聞き取ったジード様が、ギュウギュウと私を街角で抱きしめてくる。


「ぐるじいです」


背中をドンドンとグーパンチしたら、ようやく腕を緩めてくれた。


「アリス、ありがとう!大好き」


今度は私の額にキスをした。


「あのー、だいぶん周りに人がいて恥ずかしいのですけど」


「気にしなくていい」


実際に周りには、多くのギャラリーが集まっていた。


「ぎゃあ!」


突然、悲鳴が聞こえたかと思えば、民衆から武器を持ったごろつきが、数十人出て来る。


もう!!今度は敵の人数、多すぎじゃない?


「エドワード!」


ジード様が叫ぶ。


「殿下、飛べ!」


エドワードの大声と同時にジード様は私を抱いたまま、風にふわっと包まれた。


そして、私たちはお決まりのように水の離宮のお部屋へ戻って来た。


「ジード様、こんな調子でロダン領まで辿り着けますかね?」


私は弱音を吐いた。


「ロダン領に行くだけなら転移でも行けるけど、今回は練り歩いて、敵を一気に逮捕するのが目的だから」


しれっと言うジード様。


「あー、何てこと!」


私の嘆きを、ジード様はクスクス笑っていた。


「お買い物、全然出来ていないですよ」


「明日も行く?」


「遠慮しておきます」


もう懲り懲り、、、。


必要な物は執事さんに買って来てもらおうと心に決めた。

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