第28話 暖かいストール

 敵を捕まえよう作戦の第一弾は王都サランのお買い物デートだ。


水の離宮を出る前に帝国第二騎士団の方々は街の中心部に配備されたと連絡が来た。


私はお出かけ用のドレスを着て、ジード様と一緒に馬車で出発した。


御者はポール団長で、ルカ、イース、アンジェロは馬に乗って馬車の周りを三方囲んでいる。


簡単な警備でこれなら本来の警備は?


田舎出身貴族の私からは想像もつかない。


「アリス、心配しなくても大丈夫だから、今日はただのお買い物だと思って」


横から、ジード様が声を掛けて来た。


「あのー、実は街でお買い物とか全然したことがないのです。お買い物はジュリアンがして来てくれて、、、」


「分かった。今日は楽しもう」


「はい」


「それで、アリスは見たいものとか、欲しいものとかある?」


「そうですね、肌寒い時に使う暖かいストールが欲しいです。後は何でも見たいです。街並みとかも!」


「うん、まずはストールを置いている店に行こう」


ジード様は御者ポールに小窓を開けて行き先を伝えた。


水の離宮は王都の外れにあって、中心部までは馬車で30分程かかった。


途中で驚いたのは、ビビアン人材派遣所が水の離宮から馬車で5分もかからない場所にあったことだ。


あの日、窓に覆いをして馬車でぐるぐるとその辺を走って誤魔化していたのかと思うと微妙な気持ちになる。


私はそのことをジード様に道中で話した。


ジード様も何とも言えない表情になり、


「アリス、ごめん。ザザは信用したらダメだからね」


と、真剣に言うので笑ってしまった。


執事さんが腹黒いのは私も何となく分かるので、忠告通り気を付けよう。



街の中心部に近付くと外の景色は綺麗に並ぶ街路樹と薄いベージュの建物が街道を包み込んでくる。


建物が薄いベージュ色で揃っているのは、この地方で採れる石を外壁に貼る決まりがあるからだそうだ。


統一感があってオシャレな街並みだと思う。


お店の看板は黒いアイアンで作られていて、店頭に吊るされていた。


そして、多くの集合住宅の窓の下には赤い花のプランターが飾られている。


私はそれが気になったので、ジード様に聞いてみると『あれは虫よけのお花だよ』と教えてくれた。


私が窓に張り付いて、ワクワクしながら外を眺めているのを優しく見守ってくれているのが嬉しい。


最初にビビアン人材派遣所に行ったとき、私は職を探すことしか考えていなかったので郊外で乗合馬車を降りた。


こんなに楽しい場所があったなんて知らなかった。


あの日、仕事を見つけられなかったら来ていたのかもしれないけど。


「アリス、そろそろ洋品店に着く。降りるときは少し警戒した方がいい」


私はジード様の言葉に頷いた。


ドアが開き、先にジード様が降りると周囲が騒めき出した。


彼は私の方へと振り返り、手を出した。


私は彼の手を取り、ゆっくりと馬車を降りると洋品店の店長らしき人物が店内から出て来た。


「ようこそお越しくださいました。ジルフィード皇子殿下とロダン伯爵令嬢様」


店主は私たちを店内へと案内してくれた。


店内に入り扉を閉めると外の騒めきが大きくなった。


ジード様は外の様子には何も動じず平然としている。


私もジード様を見習って平然を装う。


さて、ここで店内に他にもお客様がいることに気付いた。


前方の帽子コーナーで複数の店員が一人のお客様に接客しているのが見える。


本日はあくまで私たちはプライベートでお買い物と言う事になっているので、お店を貸し切ったりはしていない。


横に立つジード様が私に耳打ちをする。


「あれ猫蹴った女の子」


「はあ?」


思わず大きな声が出てしまった。


ジード様が慌てて私の口を手で塞ぐ。


「あら、お行儀の悪い声がしましたわ。どなたがお見えになったのかしら?」


とても高飛車な物言いにイラっとしたけども、私は何とか平常心を保ってジード様の横に立つ。


「ストールを見たい」


ジード様は猫蹴り女を完全無視でお買い物を始めた。


「は、はい今お持ちいたします」


店員は慌てて品物を裏方へ取りに行った。


「アリス、どんな色が好き?」


私の頬を撫でながら、ジード様が聞いてくる。


え、甘い感じで行くの?


戸惑いつつ、乗っかることにした。


「寒い時に使うので、暖かい色がいいです」


私はジード様の肩に頭をしな垂れながら答えた。


向こうから刺すような視線を感じるけど無視する。


「お待たせいたしました」


3人の店員さんが両腕に溢れんばかりのストール持って来て、テーブルの上に置いた。


チラッと猫蹴り女を見ると、対応する店員が一人になっていて、何やら当たり散らしている。


「このストールは上質なヤギの毛で作られていまして、とても軽く暖かいです。こちらはシルクが入っているタイプで手触りが滑らかになっています。一番暖かいのはアルパカという素材のこちらのストールです。滑らかで軽く耐久性も高いです。軽さよりしっかり厚手のものがよろしければウール素材をお勧めします」


ひとつひとつ広げながら、解説をしてくれるのでとても分かり易い。


店員は私達へ実際に触れてみて下さいとストールを手渡した。


その時、店の奥から金切り声が上がった。


「わたくしが先に来店しているのに失礼にも程があるのではなくて?店長ではなくオーナーをお呼びなさい」


何とも、まぁ大変な方だわ。


私は早く購入してお店を出ようと決めた。


バタバタバタと足音がして、白髪に丸眼鏡をかけたダンディなオーナーが出て来る。


「お待たせいたしました。リシェス嬢いかがなされましたか?」


「あの女の前に出したものを全て買い取るわ。あの二人を追い出しなさい」


オーナーは私たちの方を向いて、固まった。


そうでしょうね、この国の皇子を追い出せと言うご令嬢はなかなかいないでしょう。


さて、どうしたものかなと思ったら、ジード様が動いた。


「オーナー、僕がこの店を買い取る。今日は店をもう閉めて」


ジード様の提案に、オーナーの表情が明るくなる。


「マドモアゼル、申し訳ございません。わたくしはオーナーでは無くなりました。新しいオーナーの指示で本日は店を閉めます。どうぞお引き取りを」


「何ですって!私を誰だと思っているの?」


目の前の商品を投げつけて、猫蹴り女は叫んだ。


「おじいさまに言いつけてやる!」


何ともカッコ悪い一言を叫んで、帰るのかと思ったら、こっちに向かって歩いて来る。


私は防御魔法の準備した。


「あら、田舎娘なんかにたぶらかされて、恥ずかしくないのかしら」


扇子を嫌な感じに纏って、この国の皇子と婚約者に暴言を吐く猫蹴り女。


いつもなら言い返すところだけど、本日の目的は絡まれることなので様子を見守る。


「何か言ったらどうなのよ。あたま空っぽの田舎娘。どうせ身体でも使って籠絡したんでしょう?いやらしいわ」


私は敢えて、普通にジード様へ話し掛けた。


「突然騒いで私たちに言いがかりを付けるなんて、この何処の何方どなたか分からないご令嬢の頭の方が、よっぽど空っぽだと思いません?」


「ぶっ!」


普段、冷静なジード様が吹いた。


彼女の顔は鬼の形相になる。


次の瞬間、扇を振り被り、私たちの方へ叩きつけて来た。


ジード様は腕で扇を弾く。


「捕獲」


彼が冷静に言うと、潜んでいた影は彼女を捕縛した。


「第一皇子および婚約者を襲撃の現行犯で逮捕する」


駆け付けた帝国第二騎士団団長ポールにより罪状が読み上げられ猫蹴り女は迅速に連行された。


「オーナー、やはり私にこの店の経営は向いてなさそうだ。先ほどの話は無かったことにして欲しい」


ジード様はオーナーに告げた。


「ジルフィード皇子殿下、ありがとうございます。とても助かりました」


オーナーはホッとしたようでニコニコしている。


私は優しいライトグリーンのカシミアストールを購入して店を出た。


「ジード様、猫の仇が取れましたね」


「うん、スッキリした」


珍しく、ニコニコしている。


「それと素敵なストールをありがとうございます」


「どういたしまして。次は何処にいこうか?」


ジード様はさらりと涼しい顔で居るけど、すでに大物をひとり逮捕しましたからね。


他にも逮捕する様な方が現れるのかしら。


「あの、喉が渇いたので、カフェでひと休みするのはどうでしょう?」


「うん、いいところがあるから、任せて」


ジード様は一瞬悪い顔をした。


見逃していませんからね。


恐らくそのカフェにも何かあるのでしょう?


私達はロナ川のほとりにあると言う、ジード様オススメのカフェに向かって歩き出した。

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