第26話 月明かりの下で

 サイドテーブルのランプを消して、ベットに横になると窓から差し込む月明かりは私を優しく包み込んでくれる。


私は寝そべったまま窓の外を眺め、父の話を思い返す。


何も事実を知らなかったとは言え、私は父をクズと思っていた。


両親は私とロダン領の人々を守るために命をかけていたのに、私は独り善がりな使命感で勝手に領地から飛び出して来た。


たまたま良い人ばかりに出会えたけれど、こんなに世間知らずな私は悪い人に捕まって売られてしまう可能性だって充分にあった。


私が知らなければならない事が、まだ世の中には沢山ある。


3ヶ月後にはジード様と私は結婚する。


本当に私でいいの?


私に何か出来ることはあるの?


不安な気持ちが溢れてくる。


夜に考え事をしたら良く無いって言うけど、、、。


マルリも居ないから寂しい。


疲れているはずなのに眠れない。


「もしかしたら、ジード様起きてないかな?」


ほんの少しの期待を持って、ガウンを羽織いテラスに出た。


お隣の部屋のあかりは消えていた。


んー、残念だけど仕方ない、、、。


再び部屋に戻ろうとすると、後ろから声がした。


「アリス?」


振り返るとジード様がテラスへ立っていた。


「ジード様、起こしてしまって、ごめんなさい」


「まだ寝てなかったから、大丈夫」


「今夜は月明かりがキレイですね」


私の一言で、ジード様は夜空を見上げた。


「うん、キレイだね」


「少し弱気になったので、お話しがしたくて」


私が本音を吐露すると、彼はテラスの境界線を超えて、私に近づいて来た。


「中で話そう」


ジード様は私の前に手を出した。


私はいつものようにその手に自分の手を乗せる。


そのまま二人で、テラスから私の部屋へ入り、私達はソファーに2人で並んで座った。


「アリス、どうしたの?」


ジード様が口火を切った。


「ええっと、父の話を聞いて、私は勘違いし倒していた自分に自信が無くなってしまって。何が正しいのか分からなくなってしまいました。それでジード様の妻になっていいのかと悩み出して眠れなくなって、、、」


言いながら凹む私。


「アリス、色々纏めて考えるのではなくて、一つずつ考えてみよう」


ジード様はゆっくりと優しく話す。


「はい」


「今回、アリスが真実の話を初めて知ったのは、お父上とお母上が君を絶対に守ろうとした結果だと思う。危険があるから全力で隠していたのだろう」


「はい、そうですね」


そう、それは分かってるの。


だけど、モヤモヤしてしまって、、、。


「でも、もっと早く言って欲しかったよね」


急にジード様が投げやりに言う様子が面白くて、私は笑ってしまった。


「ふふ、そうですね。除け者みたいで嫌な気分ですよ」


「大人ってそう言うところがあるよね」


「はい、ムカつきました」


2人で顔を見合わせて笑った。


ビックリするくらい心が軽くなった。


「それで、何が正しいか分からなくなったって?」


ジード様は話を続ける。


「はい、私が正しいと思ってしている事が、思い込みだったり、、、」


「それはひとりで悩んで答えを出そうとするからだと思う。僕もひとりで誰にも何も聞かずに答えを出したら正しくない時があると思う」


キッパリとジード様は言い切った。


「ジード様でも正しいとは言い切れない?」


「そう、物事は多面的なんだよアリス。例えば、『ここに道路を作ろう!便利になるから』と、僕が地図を指して言っても、予算が集まるのか、活用するのは誰になるのか、不利益を被るのは誰になるのかを想像で全て補うことは出来ない。実際に生活している人や地理に詳しい人、財務担当の人、建設する人など沢山の人の意見を聞かないと出来ない」


「なるほど、多くの人の意見を聞いて、それが正しいかを判断をするのですね。私はジード様が『道を作る』と言えば、出来るものだと思ってました」


「それでは民の幸せではなくて、独裁者の自己満足になってしまう。この国は民のものだよ」


国は民のものと迷いなく言えるあなたが素敵だ。


「分かりました。色々な人の意見を聞く様にします」


「うん、僕にもいつでも話して」


「はい、それと私はジード様の妻として、何かお役に立てる仕事はあるのでしょうか?」


私はジード様が何と答えるのか、とても気になって彼を覗き込む。


「アリス、君はとても語学力があるから、外交とか活躍出来る場は沢山あると思う」


確かにサバラン王国に行って、王族の方々と交流したのは楽しかった。


「分かりました。少しずつチャレンジしてみようと思います」


ジード様は頷いた。


「アリス、戸惑うよね。最初は侍女の仕事と思って来たのに僕のせいで色々と君の人生を変えてしまってごめん」


「いいんです。世間知らずな私がここに来れたのは幸運だったと思ってます。おかしな勤め先に行く事にならなくて本当に良かったです。」


「うん、僕も君が来てくれて本当に良かったと思ってる」


私の髪を撫でながら、ジード様は言った。


「ジード様って、私を猫の様に扱いますよね?」


ずっと気になっていた事が口から出た。


彼は、えっ?と言う顔になる。


私は彼の顔を見ながら、彼の答えを待った。


「んー、カッコ悪いからあまり言いたくないのだけど、女の子が苦手なんだ」


「え?苦手。性格上ではなく?」


余計な一言も一緒に言ってしまう私。


「性格?まあこんな感じだけど、女の子にはトラウマがあって、僕は交流の場にはほとんど参加していない」


「トラウマって、、、まぁ話したくないですよね。言わなくても大丈夫です」


誰でも言いたくない事はあるよね。


私もトラウマを根掘り葉掘り聞く気は全く無かった。


「アリスなら共感してくれる気がするから話すよ」


「あ、良いのですね。では聞きます。何があったのですか?」


「まだ7歳の頃の話なのだけど、僕の婚約者候補を集めたパーティが王宮あったんだ」


「7歳ですか?その歳なら幼少期でもないですね」


「あー、でも相手の子達は結構小さな子から12歳の少しお姉さんまでいた気がする」


第一皇子の相手という事で、貴族の皆様が張り切っていた様子が目に浮かぶ、、、。


「それで、僕はいつもの如く猫達を連れていて、彼女達より猫と遊んでいたんだ。だって男の子はひとりも来てないし、面白くなかったから」


「まあ、あるあるですね」


完全に大人の都合で執り行われたパーティだったのだろう。


「そうしたら、僕が全然相手をしてくれないって怒った女の子が猫を蹴った」


「はぁ?蹴った?」


いや、それはかなりダメじゃん。


虐待以外の何者でも無い。


「それで、僕がその子に怒ったら、その子が暴れて周りの子を罵ったり叩いたりして、結局何人も泣き出した」


「そこは保護者が子供さんを叱って止めるべきですよね」


想像しただけで、嫌な気分になる場面だな。


「その子は宰相の息子の娘だったんだ」


「また宰相が出て来ましたね。息子さんがいたんだ」


「うん、彼には息子と現王妃の娘がいる」


「そうですか。それにしても猫が可哀想でしたね。私がその場にいたら、ジード様と同じ様にその女の子に注意してた様な気がします」


「その子の身分が気になるのか、誰も注意なんかしなくて、多分叩かれた子達も泣き寝入りしたと思う」


うわー、最悪。


「僕はそれっきりパーティなどには必要がない限り参加していない。だから、女の子との接し方が分からない。無意識に猫と同じように愛でていたかもしれない」


ふふふっとジード様は笑った。


「私は別に嫌では無いので、このままでいいですよ」


と、私は答えた。


「ふーん、僕は猫のように愛でるより、もっとアリスとは深い仲になりたいけど」


「サラッと何言ってるんですか!」


真っ暗で月明かりしかないこの部屋で、怪しげな発言は辞めていただきたい。


「沢山キスしたいし、もっと奥に触れたいと思うから猫達とアリスは違う」


「そんな恥ずかしい事を具体的に言わないでくださいよ」


私は一気に熱くなった顔を手で覆った。


「僕たち、だいぶん婚約者らしくなって来た?」


横で笑ってる。


私を揶揄ったのね!


「翻弄するのは辞めてくださいよ。私も慣れてないのですから」


私は顔を覆ったままジード様に言った。


横のジード様は私の身体に両手を回して抱き寄せた。


ビックリして、私は顔から手を離した。


彼の顔が目の前にあった。


「大好きだよ。アリス」


そう言って、私を強く抱きしめて、私の首筋に顔を埋めた。


チクッと痛みが走り、身体がビクッとする。


そのまま私の首筋をジード様の唇がなぞる。


ゾクゾクする感覚に襲われる。


「ジード様、、、んー」


言いたい事が言葉にならない。


そのまま唇を奪われた。


いつもの優しくキスではなく、彼の手は頭の後ろに添えられ舌が深く絡みつく大人のキスが続いて、私の意識は徐々に遠のいて行く、、、。




僕はアリスが可愛くて、本能のままに激しくキスをした。


彼女が止めないのをいい事に深いところまで。


彼女の息を奪う様に、、、。



アリス、、、まさかの寝落ち。


心身共に疲れていたのだろう。


彼女らしいと言えば彼女らしい。


僕は止まらなくなりそうだったから、ある意味良かったかも知れない。


スヤスヤ眠っているアリスを抱き上げて、ベットにゆっくり降ろした。


ふんわりと掛け布団をかけて、額にキスをした。


安心して眠ってる彼女が愛しくて堪らない。


「おやすみアリス」


起こさない様に心の中で呟く。


僕は月明かりに照らされたテラスから、静かに自室へと戻った。

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