第25話 花嫁の父

「アリスティアが家出した?」


 私は執事のジュリアンから娘が居なくなったと連絡を受けて、自分の立てた計画に大きなミスがあることに気付いた。


アリスティアは私と会わない5年の間に多くの学問を修め、領民の事を憂うほど視野は広がっていた。


そして、年齢も18歳になり、成人を迎えていた。


成人になれば、国の中をひとりで旅する事は容易い。


私は王城から離れすぎて、彼女の成長に気づかなかった事を悔いた。




そもそもの発端は、5年前アリスティアを第二皇子殿下の花嫁候補にすると宰相が言って来た事だった。


あの金に汚い宰相が何故こんな田舎で外にも出していない娘に目を付けたのかは大体予想が付く。


わたしは妻と一緒に娘と領地を守るため、宰相を失脚される計画を練った。


しかし妻は体調不良で王城からは出られない。


わたしは計画を遂行するため、王城へ戻れない日々が続き悩んでいた。


「あなた、アリスの事は心配しないで、お勉強もあの子は大好きなのよ。ジュリアンも居るから、王城の心配はしなくて大丈夫よ」


そんなわたしをいつも励ましてくれた妻は病で帰らぬ人となった。


その時のアリスティアの表情が忘れられない。


わたしはアリスティアには真実を告げず、ダメな父親を演じていたつもりだったが、実際に愛娘から軽蔑した目で見られると心が抉られた。


だが、宰相を潰すにはまだ証拠が足りない。


神殿に複数の男性との婚約誓約書を提出した計画は上手くいっている。


誰もアリスティアとは結婚出来ない状況を作り出す事が出来たからだ。


ただ、わたしは追われる身となってしまったが、、、。


アリスティアはどうやら領民のためにお金を稼ぐため首都へ向かった様だと執事は後から連絡して来た。


それを聞いて、わたしは世間知らずの伯爵令嬢を紹介状も無しで雇ってくれる様なところはないだろうと甘く見ていた。


次にわたしがアリスの関係者だという彼からの連絡に腰が抜けたのはお察しいただきたい。




「ビビアン、ここで間違いない?」


 ジード様はビビアンに確認した。


私とジード様は、ビビアンに私の父の潜伏先へ案内してもらっているところだ。


「そうだよ。あたしは外で見張りをしとくからね。ここからは2人で行きな」


ビビアンさんはそう言って、建物の外へ出ていった。


私たちは目の前のドアをノックした。


「コンコン」


しばらくすると、中からゆっくりとドアが開いた。


久しぶりに見た父は少し痩せていた。


「殿下、アリスティア。中へ」


私たちを素早く部屋に招き入れて、父はドアに3つも鍵を掛けた。


「この度はご足労いただき申し訳ございません」


父はジード様に深々と礼をしてお詫びを告げた。


ジード様はその様子を見ながら、右手を挙げて何かをした。


「この部屋に強い結界を張った。ロダン伯爵、気にしなくて良い。僕は貴方と話したいことが沢山ある」


「はい、何なりとお聞きください」


父はジード様に丁寧な対応する。


私からすると変な感じである。


誰?この人と言うくらい別人に思えた。


「ロダン伯爵、アリスに言う事はない?」


ジード様は気を利かせて、先に父から私へ話す様に促した。


父は少し躊躇う様子を見せたが、意を決したように口火を切った。


「アリスティア、全部嘘なんだ。長い間心配をかけてごめん。本当に申し訳ない」


ん?全部嘘?


「お父様、嘘って何から何まででしょう?私には分かりません」


私はイライラしながら聞き返した。


「投資の話で借金を抱えてローザが家の物を売り捌いたフリをしたことと、婚約者を探しに行くという話だよ」


聞きながら、頭に血が昇るのが分かった。


「何ですって!!お母様もグルだったと言うの?何でそんなバカな事をしたのよ。理由を言いなさいよ」


私は父に掴みかかって、問い詰めた。


「宰相がお前を狙ったのが発端だ。奴の狙いはロダン領にある隠された資源だ。お前をメルロー第二皇子殿下の妃にして、我がロダン領を食い物にする気だと分かった。わたしは可愛い娘も、大切な領民たちも守りたいと思い、ローザと話し合ったんだ。そして、宰相を潰す為に1人ずつお前の婚約者として、神殿に報告した。いつか誰かがおかしいと気づくまで続けるつもりだった」


父は怒りに囚われている私とは違い、淡々と語る。


「でも、私は王城で誘拐までされたのよ。ジード様が居なかったら、、、」


私が言葉に詰まるとジード様が背中を摩ってくれた。


「アリスティア、本当に怖い目に合わせて済まなかった。言い訳にしかならないが、王城にお前が帰っているとは知らなかったのだ。殿下にも大変ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」


父は私とジード様に頭を下げる。


私の怒りも少し収まって来たところで、ジード様が口を開く。


「ロダン伯爵、手に余ることを単独でどうにかしようなんて今後は思わないで。アリスもあなたと似ていて無鉄砲なところがあって、危なっかしいから心配だよ。この件は僕の部下も介入させる。そして、宰相は退任させる。ロダン伯爵、協力してくれる?」


「はい、わたしの知っている情報は全て出します。どうぞロダン領をお守り下さい」


父はまた深々と頭を下げた。


「それから、僕としてはこれが本題なのだけど、ロダン伯爵、アリスを僕に下さい」


ジード様はそう言うと父に頭を下げた。


「な!殿下、頭を上げて下さい」


父は狼狽える。


「アリスがロダン領から出れないなら僕が行きます」


ジード様?何かトンデモナイ事を言い出した!?


皇子がロダン領在住はマズイでしょう、、、。


「殿下、アリスティアがロダン領を出ても、王城は大丈夫です。こちらこそ、ローザと計画を立てた時にアリスティアの縁談は諦めていたのですから、娘は殿下とのご縁があって良かったと思います。どうぞよろしくお願いいたします」


父はジード様に結婚の了承を伝えた。


「アリスは何か言いたい事はないの?」


ジード様が私に聞く。


「私は結婚を許してもらえたのと、ロダン領を皆で守ると言う話が出来たので充分です」


すっかり怒りも何処かへ行ってしまった。


クズ父がクズじゃなかった事に拍子抜けしたのも本心だった。


私たちは陛下が父に会いたいという伝言と、近々二人でロダン領の王城に行く予定にしていることを父に話し、潜伏先を後にした。

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