第22話 密命
水の離宮の執務室にジード様はブルク公爵の令息エドワードを呼んだ。
ブルク公爵は皇帝陛下の実の弟なので、エドワードはジード様の従兄弟にあたる。
彼はジード様の側近で魔術より剣の腕が立つので、普段は帝国第二騎士団の副団長をしているそうだ。
そんな、エドワード・ブルク公爵令息は執務室に入って来るなり、ジード様に話し掛ける。
「殿下、急ぎの用事って何?」
あまりにノリが軽くて私は驚いた。
「エドワード、その話の前に紹介する。彼女が僕の婚約者のアリスティア・ロダン伯爵令嬢だ」
「エドワード・ブルク公爵令息様、初めましてロダン伯爵家のアリスティアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
私はエドワード・ブルク公爵令息を真っ直ぐ見て挨拶をした。
「ああ、殿下の婚約者さまだったのか?秘書かと思った。ごめんな、俺は殿下の補佐官をしている公爵家のエドワード・ブルクだ。エドワードと呼んでくれ、よろしく」
「はい」
このお方はどう対処すべきなのかしらと、私は困惑する。
「エドワード、アリスを困らせるな。早速だが、急ぎの用事を伝える」
「おう。何だ?」
エドワードは立って腕を組んで、ジード様の話を待つ。
何とも微妙な礼儀作法だ。
「このリストに載ってる貴族を調べることを依頼する。特に経済状況や交友関係を調べろ。そしてこの仕事は他言無用だ」
「密命ってやつ?」
「そうだ。3日で出来るか?」
エドワードは虚をつかれた顔をする。
「3日って、今日を入れてか?」
「勿論」
ふぅとエドワードは、ため息をつく。
「御意」
胸に手を当てて礼をする。
ジード様は頷いた。
「ああ、婚約者さまとお喋りする時間もないなんて、、、。この任務が終わったら、オレとお茶でもいかがでしょう?マドモアゼル」
私へと振り返ってエドワードは軽口を叩いた。
「エドワード様、どうぞ密命の方をよろしくお願いいたします」
私はお茶のお誘いには触れなかった。
「あー、釣れないタイプか。残念。じゃあ行ってくるわ」
そう言うとエドワードは挨拶に片手を上げてドアを出て行った。
ビックリするくらい、貴族を感じない方だった。
「アリス、ごめん。エドは優秀なんだけど、、、ね」
ジード様が含みを持たせて済まなさそうに言う。
「大丈夫です。何となく察しました。あのリストは私と婚約していることになっている方々ですよね」
私は神殿で教皇が私に憤っていた姿を思い出した。
「うん、そう。彼らを調べたら、何か見えてくると思う」
「色々すみません」
本当にうちのクズ父が意味不明で、、、。
「アリスが謝る事なんてない。国の異変を知らせてくれて良かったと思っている」
結局のところ、私がしていたのはお母様と同じく独りよがりな方法だったとジード様の話を聞いて反省した。
手に負えない事は自分の失敗を認めて、解決できる人に話すことが大切だと考えを改めた。
勿論、その行動にはかなりの勇気がいるけども、隠してコソコソ解決しようとして事態を悪化させるよりは遥かにいい。
「ジード様、民を助けるのはご自分の仕事と言ってくださるのは、とても嬉しいのですけど、私も手伝いたいです」
私は一晩考えて、彼に全部任せてしまうのではなく、少しでも手伝いたい気持ちを伝えた。
「勿論、アリスにも色々手伝ってもらう。あまり気負わないで」
そんなに優しく言われると涙が出そうになる。
「まずはエドワードからの連絡を待とう。僕はエドワードの報告が上がって来たら、すぐにロダン伯爵に会いに行く」
私は何から何まで迷惑をかけている気がして、申し訳ない気持ちで一杯になって、言葉が出て来ない。
俯いて黙り込んでいる私にジード様は席を立ち、近づいて来た。
「アリス、気にしすぎ」
そう言って、私を温かく包む。
「ごめんなさい」
「アリス、、、」
私を抱きしめたまま、ジード様は私の名前を呼んでそれ以上は何も言わなかった。
「ミャーン」
ん?
「ニャーン」
ギュッと抱きしめられている後ろから、マルリの声がした。
「マルリ?」
私が声に出すと、ジード様は腕を緩めてくれる。
振り返るとマルリがゆらゆらと気まぐれに歩きながら、近づいて来た。
「マルリ、おかえりなさい」
私がそう言うのと、ジード様がマルリを抱き上げるのは同じタイミングだった。
「ナーン」
マルリが甘えた声を出したので、私もジード様にくっついて、3人でギュッとした。
「ジード様、ありがとうございます。ロダン領のことも、私のこともよろしくお願いします」
マルリが居てくれるお陰で、私は素直に思っていることを伝えることが出来た。
「愛しいアリス、もちろんだよ。僕も遠慮なく色々頼むつもりだから、よろしく」
マルリは今日も良い仕事をした。
その夜、執事さんが先日ジード様に依頼されたオロハスラ子爵の調査報告を持って来た。
オロハスラ子爵は、以前ブルボーノ公爵とはグレー子爵を介して知り合ったが、今回の件で直接ブルボーノ公爵と彼の間でのやり取りは無かった。
今回の香水はグレー子爵がおすすめしてきた品だったそうだ。
また、あの香水はサバラン王国から輸入されたものだった。
すでにサバラン王国からの輸入に関わっていた業者は取り押さえ捕縛した。
この件はサバラン王国の国王にも直接連絡を入れたとの事で、これから、捕縛した業者の取り調べが始まるそうだ。
私は横で報告を聞いているだけでも、複雑に絡み合った内容に置いていかれそうになる。
ただこの件もブルボーノ公爵が親玉とバレバレで違和感を覚えるくらいだった。
「何故ブルボーノ公爵はこんなにご自身が繋がっている事が分かりやすい計画を立てられるのでしょう?」
思わず口を挟んでしまった。
「証拠が無ければ白と考える人だ。公爵は巧妙に自分へは害が及ばない様に仕向けるのが得意だ。だから慎重に証拠を集めていくしかない」
ジード様は淡々と述べる。
横で執事さんも頷いていた。
「私は感情的になり過ぎてダメですね」
つい、ボヤいてしまう。
「僕はそれこそ君の良いところだと思う」
今日も優しいジード様、私の人生で私をそんなに認めてくれるのはあなただけですよ。
「ありがとうございます」
私は素直に彼の言葉を受け取る。
ジード様の横に自信を立って並べる様に、今は一つ一つ勉強していこうと心に誓った。
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