第21話 ボディランゲージ

 先程、ボブさんがワゴンに婚約お祝いの小さなホールケーキとティーセットを乗せて、ジード様の部屋まで持って来てくれた。


小さなホールケーキには、いちごを並べて、ホワイトチョコレートのハートも散りばめられていて可愛い。


ボブさんの真心を素直に嬉しいと思う。


昨日に引き続き、今日も良いお天気で窓から見える湖の水面はキラキラと煌めいていた。


水鳥は気持ちよさそうに、水の上を行ったり来たりしている。


開け放った窓からは、時折心地のいい風が吹きぬけていく。


ジード様はコーヒーカップを優雅に持ち上げて、外を見ている。


彼の髪は散髪屋さんの手で、無事に整えられた。


長くサラサラの金髪で神秘的な雰囲気だった彼も、今は襟足も見えるようになって、一気にキリっとしたカリスマ系イケメンになった。


私はジード様を眺めながら、何か足りない気がした。


そう言えば、今日は猫たちを見ていない。


「ジード様、マルリ達がいなくて寂しいですね」


「僕がマルリ達に頼み事をしたから、しばらくいないかも」


猫に頼み事?


荷物の検品?なんてね。


「そう言えば、ビビアンさんの持ってきた号外にどうして、あの話が漏れていたのでしょう?」


私は首を捻る。


「あれはわざと聞かせた、、、。本当に隠したい話は僕が父上の腕を触った後にしているから大丈夫」


平然と言い捨てるジード様。


「えっ、結界は?」


「あれは嘘だよ。僕と陛下は重要なことはボディランゲージで確認している」


ジード様はそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。


「そうなんですね。何というか『聞かせた』って、そもそも盗聴されることは多いのですか?」


「うーん、王宮で盗聴は日常茶飯事だよ。だから本当に必要な時だけ防音の魔法で遮断する」


確かに話している途中で少しだけ遮断するなら、隠れ聞いている者もこちらがワザとしているとは分かりにくいかもしれない。


「なるほど、私にも活用出来そうなしぐさってありますか」


少し興味が湧いたので、ジード様に聞いてみた。


「アリスにはそうだね、それ以上はダメ!のしぐさでも決めておこうか」


「ああ、良くそういう場面ありますね」


心当たりが在り過ぎる。


「僕が左の耳たぶを触る。もし、アリスがそれを見てなかったら、僕がアリスの左の耳たぶを触る」


ふむふむ、それなら簡単かも。


「いいですね。それは採用にしましょう。ついでに反対の右の耳たぶはジード様にそれ以上はダメと私が知らせるしぐさにするのはどうでしょう?」


私はいま閃いたことを話した。


「うん、いいと思う。僕が右でアリスが左ね」


ジード様も同意してくれたので、耳たぶのしぐさは今後2人の間で活用される事だろう。



おもむろに彼は座っていた向いのソファーから立ち上がって、私の横へと腰かけた。


「どうしました?そろそろケーキを食べますか?」


可愛いデコレーションケーキは切るのが勿体なくて、まだ食べずにテーブルの上に置いてあった。


「うん、食べよう」


ジード様はケーキの乗った大きなお皿を左手で取って、右手の人差し指をケーキの上で回した。


ケーキがキレイにふたつに切れて、2枚のお皿にふわふわと飛んで行って着地した。


「便利機能、、、」


私はボソっと呟く。


「うん、便利かもね」


とのお返事。


ジード様はケーキの載ったお皿とフォークを手に取った。


「アリス、これからもよろしく」


ジード様はケーキをすくって私の口元に持ってきた。


んー、美味しそうなイチゴとバニラの香りが堪らない。


私はパクっと食べる。


「んー!おいひいです」


モゴモゴとお行儀が悪いけど、美味しさを伝えた。


そのまま続けて、ジード様の手でケーキが私に供給される。


勿論、美味しいものは遠慮しない。


何だかジード様も楽しそうだし、まぁいっか。


結局、一皿食べてしまった。


「ごちそうさまでした」


私は、にこやかに言う。


「耳たぶ、、、活躍しなかった」


ジード様は静かにツッコミを入れる。


「あー、練習、、、。ゴメンナサイ」


私は素直に謝った。


「では、お詫びに私もジード様に食べさせてあげます」


私はお皿を取って、フォークでケーキをすくった。


「はーい、どうぞ」


ジード様の口元にケーキを持っていく。


パクっとジード様が食べた。


おお!これは楽しい!!


私がそう思ったのも束の間。


そっと、ジード様はご自分の右の耳たぶを持った。


「ええ!もうですか?」


食べさせる気満々だった私は無念を訴える。


黙って私から、お皿とフォークを取り上げたジード様を見ると耳たぶが真っ赤だった。


それを見た私は、何だかドキッとした。


ああ!そうか、今まで髪が長くて見えなかったんだと気付く。


ジード様はお皿のケーキを静かに食べている。


私は先ほどまで、全く気にせず『あーん』と、食べさせてもらったことが急に恥ずかしくなって来た。



少し黙ったままの2人に窓からやさしい光が降り注ぐ、空から天使でも舞い降りて来そうだ。



「アリス、愛しい婚約者と一緒にソファーに座っていたら、キスしたい気持ちになった」


ボソっとジード様が言う。


「はい?またそのパターンですか?」


呆れた顔で言い返した。


「パターンというか気持ち」


「愛しい婚約者?」


「そう、愛しい婚約者」


私をジッと見つめていうのは辞めて欲しい。


心の逃げ場がなくなる。


「お金で雇った婚約者ですよ」


意地悪く言ってみた。


「何だかその言い方は嫌だ。お金は無しにしたい」


そう来たか!


「えー!それは困ります。領地が、、、」


「アリス、君は賢いのに大事なことに気付いてないよね」


ん?何だろう何も思い当たらないのだけど。


「大事なことって何ですか?」


「僕は誰?」


何を聞いてくるのだか。


「ジルフィード皇子殿下?」


「何をする人だか知っている?」


「国を統治する方ですよね、それが何か?」


ジード様はため息を付いた。


「アリス、僕は国の中で起きた問題を解決して、民を幸せにすることが統治者の仕事だと思っている。だから、ロダン領の人々が困っているのを解決するのは僕の仕事なんだよ。アリスは僕の統治する国の国民なのだから、僕をもっと頼って」


「でも、うちのクズ父が、、、」


「それはロダン伯爵に会って真相を聞かないと分からない。本当に伯爵がお金を使い込み領地民を困らせているのなら、伯爵を罷免する。だけど、それは僕の仕事だ」


ガツンと頭を叩かれたような衝撃を受けた。


「私がやってきたことは間違っていたの?」


心の中の言葉が声に出てしまう。


「間違っていないよ。解決する方法を知らなかっただけだろう。それにアリスが行動を起こしたから僕まで伝わった」


優しく諭すようにジード様は言う。


「それでは私のお仕事は、、、」


「君は僕の婚約者を仕事だと思っているかもしれないけど、僕は君の心をお金で買うようなことはしたくない」


ジード様はそっと私の手を取る。


だけど、私はその手を振りほどいた。


「では、どういうつもりなのでしょう?暇つぶしですか?お遊びですか」


やさぐれた心で言い捨てる私。


だけど、ジード様は首を横に振った。


「僕は君のことが好きだ。ずっと一緒にいたいと思う。だから婚約した」


ジード様、な、何を言い出すのよ、、、。


急に好きだとか言われて、私はドキドキしてしまった。


考えが上手く纏まらない。


「そんなこと、、、」


「だから、キスしたい。嫌だったら二人で決めたしぐさをして止めればいい」


そう言うと、彼は私の左頬に手を添え、自分の方へとゆっくり顔を引き寄せる。


美しい彼の顔が近づいてきて、私は目を閉じた。


唇に柔らかな感触と温かさを感じる。


心を確かめるようにゆっくりと繊細なキスをして、ジード様は私から離れた。


お互いに目を開けると視線が合う。


真っ赤な顔のジード様が見えた。


でも、私も燃え上がるように顔が熱いので同じ状態だと思う。


「しぐさ、、、」


ジード様が呟いた。


「ダメな時だけでしょ」


私は小さな声で答える。


「アリス」


彼は私をギュッと抱きしめた。

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