第20話 号外

 ここは首都サラン郊外のビビアン人材派遣所。

 

「ビビアン、ジルフィード皇子殿下の婚約が決まったらしいぞ」


いつも、此処ビビアン求人案内所に求人の依頼を持ってくる新聞記者のブッシュが話しかけて来た。


「ふーん、そうかい」


ビビアンは、そっけなく返す。


「俺が何でわざわざ話しかけたか、お前さんは分かっているんだろう?」


こいつは何を言っているんだ?と、ビビアンは怪訝な顔をした。


「ほら、これを見てみろ」


男がカウンターに投げ置いた新聞号外の一面には、ジルフィード第一皇子殿下とロダン伯爵令嬢の婚約が正式に決まったと書いてある。


「それがどうしたんだい?」


ビビアンは面倒くさそうに言う。


「裏を見てみろよ」


号外の裏面を見ると、『二人の仲を取り持った女戦士ビビアン』という見出しを見つけた。


「嘘だろう、、、」


ビビアンは驚いた表情を見せる。


「お前さん、しばらく取材が殺到するぜ。まずは俺からな」


ブッシュはそう言うと懐から手帳を出した。




「コンコン」


 ドアをノックする音が聞こえた。


「はい」


私は返事をした。


執事さんが部屋に入って来る。


「あ、すみません。間が悪かったですね」


私がジード様の髪を切っているところを見て、執事さんはそう言った。


「ザザ、何?」


ジード様が問う。


「ビビアンがジード様に会いたいと来ています」


「えっ!ビビアンさんが?久しぶりだわ」


私は紹介所で、私の身を案じていた彼女を思い出した。


「ここに呼んで」


「こちらでよろしいのですか?しばらく待たせても良いかと思いますが」


執事さんはジード様にそう提案した。


「急ぐのかもしれない。ここでいい」


ジード様はその提案をバッサリ切り捨てた。


「分かりました。呼んでまいります」


執事さんはビビアンさんを呼びに部屋を出て行った。


今、私は髪を切って欲しいとジード様が言うのでチャレンジしていたところだ。


そう、チャレンジ。


人の髪を切ったことなんてないのに、アリスが切ってーと、ジード様は譲らなかった。


散髪なんて私は素人だし、難しい髪型は無理。


取り敢えず、肩に付くくらいで切り揃えようと思っている。


今は綺麗な金髪ストレートでサラサラと風に靡いて美しいのに、私が失敗して大惨事にするわけにはいかないよね。


私は緊張感を持って、ハサミでゆっくりカットしていた。


「ジード様、この様子を公開しても問題ないくらいビビアンさんは信頼しているということで間違いないですか?」


今、私たちはカットした金色の髪の毛にまみれている。


「うん、ビビアンは大丈夫」


ジード様は即答した。




「コンコン」


ドアがノックされた。


「はい」


私は返事をした。


ドア開けて、ビビアンさんが入って来た。


私が振り向くと、ビビアンさんは物凄く驚いた顔をして固まっている。


「ごきげんよう、ビビアンさん。お久しぶりですね」


私は先に声を掛けた。


「あんたが婚約者だったのかい!」


「はい、侍女のつもりが婚約者に、、、」


ビビアンさんに事の顛末を話そうとすると、ジード様が遮る。


「僕が気に入って求婚した。ビビアン、ありがとう」


ん?何か変な感じだけど、お金で雇われている婚約者と言う事は秘密にしないといけないのかな?


よく分からない時は黙っておこうと私は心の中で決めた。


「所作が普通じゃないとは思ったけど、伯爵令嬢だったんだね。後、殿下が猫以外の女に気を許しているのを初めて見て、あたしは驚いたよ」


ビビアンさんはハッハッハと豪快に笑った。


いやいや、ビビアンさんも女性じゃないですかとのツッコミは辞めておく。


「ビビアン、何か用事?」


ジード様がビビアンさんに質問した。


「いや、号外が出たんだけどね、、、」


ビビアンさんは懐から折り畳んだ紙を出し、それを広げてジード様に渡した。


ジード様は紙に視線を向ける。


私も気になったので、ジード様の後ろから覗き込んで見た。


『号外 ジルフィード第一皇子殿下とロダン伯爵令嬢が婚約』


まず見出しに目を奪われた。


私達の婚約が帝国民に大々的に伝えられたようだ。


「ええっと、表ではなくて、あたしが見て欲しいのは裏だよ」


ビビアンさんが言った。


『二人の仲を取り持った女戦士ビビアン』


「えっ!」


この話は昨日皇帝陛下とした話じゃない!!


お部屋に防音を掛けたはずなのに漏れている!


「それを見て、勝手に私を出すなって、言いに来たのだけどね。私が取り持ったって言うのも、嘘じゃなかったって分かったから、もういい」


ビビアンさんはバツが悪そうに言った。


「ビビアンさん、事前に伝えず、ごめんなさい。それと詳しいことを聞かれたら、私は見聞を広めるための一人旅の途中で、ビビアンさんと知り合ったことにしておいてもらえると助かります」


私は皇帝陛下の前で話した内容をお詫びと共にビビアンさんへ伝えた。


「ふーん、一人旅ね。まぁあんたも仕事を探していたと言うのはバツが悪いだろうから、そう言っておくよ。任せときな」


快くビビアンさんは引き受けてくれた。


「ビビアン、それらしい嘘は何でも言っていいけど、ロダン伯爵の所在は誰にも教えたらダメだよ」


ジード様がビビアンに私の父の所在を調べさせたとは聞いていたけど、、、。


「分かってる。じゃあ、私は確認したいことは終わったから帰るよ」


ビビアンさんはそう言うとくるりと振り返ってドアへ向かう。


「ビビアンさん、お気をつけて」


私は慌てて声を掛けた。


ビビアンさんは、急に立ち止まって、振り返った。


「一言おせっかいを言わせてもらうよ。あんたたち一刻も早く散髪屋を呼びな。素人には無理だ」


大声で私達に言い捨てた後、彼女は部屋を出て行った。


「ジード様、急に自信が無くなりました。散髪屋さんを呼びませんか?」


私の言葉にジード様も頷いた。

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