第19話 皇帝

 「陛下、婚約のご報告に参りました」


 ジード様は玉座に座られている皇帝に話しかけた。


私はまだ儀礼に従い下を向いているので、後から入って来た皇帝の顔を見ていない。


「ジルフィード、私に了承を貰いに来てから随分と迅速だったな」


「はい、彼女を狙っている者が多かったので急ぎました」


ジード様の返答に皇帝が笑っている。


『狙っている』の意味が陛下とジード様で違うかもしれないけどね。


「陛下、この度僕が婚約したロダン伯爵家のアリスティアです」


ジード様は私を紹介した。


「アリスティア嬢、顔を上げてよいぞ」


皇帝陛下からお許しが出たので、私は顔を上げた。


私の顔をじっくりと見て、皇帝は口を開いた。


「ジルフィードがどうしても結婚したい相手というのだから、どの様な娘なのかと心配しておったのだよ。だが、心配する必要はなかった様だ。アリスティア嬢、息子をよろしく頼む」


まさかのよろしくお願いします?


「初めまして、アリスティア・ロダンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


私は挨拶をした後、ゆっくり丁寧にカテーシーをした。


「それで、ジルフィードよ。結婚の日取りなのだが、希望はあるか?」


皇帝陛下は、普通にジード様に希望を聞いた。


思ったより、懐の深い方のようだ。


「そうですね、出来れば早い方が諸々の問題も少なくなりそうです」


含みのある回答をするジード様。


この場に宰相を入れなかった理由が分かる。


「そうか、早めとはいえ数ヶ月はかかるだろう。皇太子の任命もするならば、半年後ではどうだ?」


「半年後ですか、もう少し早くしたいです」


えー、ゴネちゃうのシード様?


「何か早くする必要でもあるのか?」


あー、皇帝陛下に変な風に思われるわよ。


「必要はないです。僕がそうしたいと思ったからです」


「ふむ、分かった。皇太子の任命と結婚式は3ヶ月後とする。準備期間が短い分、忙しくなると思うが、それで良いか?」


ジード様が私に目配せをして来た。


「ありがとうございます」


譲歩して下さった皇帝陛下へのお礼は、2人で声を揃えて言った。


皇帝陛下はその言葉を受け止めて、頷いた。


その後、玉座から降りて、皇帝陛下は私たちのところへ歩いて来た。


うー、緊張する。


「ジルフィード、少し話したい。防音してくれないか?」


ジード様が右手をパチンと鳴らした。


「どうぞ」


「アリスティア嬢、そんなに緊張しなくても大丈夫だ」


皇帝陛下が笑う。


私が自覚している以上に緊張が表に出ていたようだ。


「それで、ジルフィードよ。お前はどうやってロダン領にいるアリスティア嬢と知り合ったのだ?」


ああ、もしや皇帝陛下は私たちの知らない事も知っていらっしゃる?


「ビビアンの手引きで出逢いました」


ジード様がそれらしい言い訳を述べた。


「ビビアンか?あの者がお前に紹介したと?」


「ええ、そうです」


嘘と思えないくらい清々しく回答するジード様。


「では、アリスティア嬢はビビアンと、どうやって知り合ったのだ?」


えええ!私にも話を振ってくるの?


「ビビアンさんとは、私が見聞を広げるために一人旅をしていた時、出逢いました」


私も真実を織り交ぜた嘘をついた。


「一人旅?ひとりでロダン領から出て来たという事か?」


皇帝陛下は驚いた顔で私を見る。


「父上、アリスがひとりでロダン領から出てくる事がそんなに珍しい事でしょうか?他の領地のご子息やご令嬢も学ぶために留学することもあるというのに」


ジード様が皇帝陛下に詰め寄る。


「いや、ロダン領は、、、」


皇帝陛下は言い淀んだ。


「何かご存知なのですか?」


ジード様は陛下の腕を静かに掴んで、更に問い詰める。


陛下はジード様に一度頷いてから、口を開いた。


「いや、私が先代の皇帝から引き継いだロダン開拓者の話では、ロダン領はロナ川の源流がある重要な土地であることと、彼の地には水竜を封印しており、ロダン伯爵家はその番人をしているということだ。それ故、アリスティア嬢がその地から離れても大丈夫なのかと聞きたかったのだ」


「水竜?」


思わず、私は口走る。


「その様子では知らなかったのか?アリスティア嬢」


驚く皇帝陛下。


「はい、初めて聞きました」


そこへ、ジード様が入ってくる。


「父上、ロダン公国はご存知ですか?」


「ロダン公国?いや今初めて聞いた」


ええっと、ロダン公国は認知されていない?


「アリスの住んでいる屋敷は80年前まで、ロダン公国と呼ばれた国の王城です。地下に遺跡もありました。結界があったので、その水竜関係のものかもしれませんが、ロダン領を我が国が80年前に開拓したという歴史は偽りかも知れません」


信じられないという表情を皇帝陛下が浮かべる。


よく見るとジード様とそっくりなお顔だ。


ジード様も歳を取るとこんな感じになるのかも、、、。


「それは、何と言うか気づいた方が良いのか、そのままにしておくべきか分からない話だな」


「僕もそう思います。下手に踏み込むと取り返しが付かなくなりそうだと」


「分かった。取り敢えずロダン公国の話はここだけにしよう。また詳しいことは追々アリスティア嬢に教えてもらおう」


皇帝陛下は私の方を向いてそう言った。


「はい、公国の歴史の話でしたら、私がお伝え出来ると思います」


で、問題のうちのクズ父はどうしましょうかね?と口に出したい気分だが、胸にしまう。


「それと、ロダン伯爵はどうしておる?最近見かけてないが」


私の心の声が聞こえたのかしら?


「ロダン伯爵の動向は僕が知っています。近々会って話をして来ます」


ジード様が堂々と答えた。


「分かった。私のところへも顔を出す様に伝えてくれ。互いの子供が結婚するのだから、しっかり話をしたい」


「はい、伝えておきます」


「父のことも気にかけて下さり、ありがとうございます」


私も皇帝陛下にお礼を告げて、解散となった。

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