第15話 大丈夫です!着てます。

 じんわりとお湯の温かさが身体に伝わってくる。


私が思うより、かなり身体が冷えていたのかもしれない。


大きなバスタブに私を抱っこしたままのジード様と一緒に浸かっている状況は深く考えてはいけない気がする。


「とっても気持ちいいです」


私は温もりに癒され、心の声を溢した。


「すごく冷えていたから心配した」


ジード様は私を抱きしめている腕に力を込める。


「あのー、ジュリアンは?」


ずっと気になっていた事を口に出す。


「執事はロータリーに倒れていた。使用人が集まってきたから任せた」


「無事なら、良かったです」


「人のことより、自分を心配して」


ジード様にピシッと言い返された。


ごもっともです。


私は黙ってジード様に身を任せて、身体を温めることに集中する。


バスルームのこの円形のバスタブは柔らかなクリーム色でかなり大きい。


壁には柔らかな流線が描かれていていて、大きな姿見もあるが装飾はシンプル。


シャンプーボトルやソープデッシュはブルーグレーで統一されていて、凄くセンスがいいと思う。


私はキョロキョロとバスルームを見回していたのだけど、急に目の前のジード様のずぶ濡れになったジャケットやシャツに目が行った。


「ジード様はお洋服のままでこのお湯に浸かっていて、熱くないですか?」


「大丈夫。そんなこと気にしなくても」

 

クスっと笑われる。


今の私たちは、だいぶんシュールな絵になっていると思うのですけどね。


「アリス、元気は出て来た?」


ジード様が私の顔を覗き込む。


「そうかもしれません」


「良かった。あいつのことは僕に任せて。あとロダン伯爵の件も」


ジード様が淡々と言うので、私は頷いた。


「アリス、印をつけてもいい?」


真面目な顔でジード様が聞いてきた。


「しるし?って」


私は何のことだか分からずに聞き返す。


「またアリスが連れ去られたら、僕が君を追えるように印をつけたい」


私はちょっと考えた。


困ったときに助けてもらえるならいいかもという気持ちと、何処にいても所在がバレるのかもしれないという黒い気持ちが葛藤する。


うーん、どうしよう。


でも、今回みたいな気持ちが悪い思いをするのは二度と嫌だ。


思い出すだけで吐き気がする。


よし!覚悟は決めた。


「ジード様、しるしを付けてください。怖いのはもう懲り懲りです」


私がそう答えると、ジード様は抱きしめていた私を一度離して、くるっと回した。


今、私はジード様に背中を向けた状態だ。


ジード様はコルセットを緩めて、私の背中を出した。


私は前を押さえた状態でじっとする。


「少し動かないで我慢して」


彼はそう呟くと何かを詠唱し始めた。


次に背中に彼の指先が触れる感触がした。


ゾクッとしたけど我慢。


「終わったよ」


と、言う言葉と同時にまたグルっと回されて、ジード様を向いた状態で抱きしめられた。


「これでアリスには手出し出来なくなった。心配はいらない」


彼は私の耳元で囁く。


そのセリフに私は急にドキドキしてしまい心臓がうるさくなる。


何も答えることが出来ない。


「アリス大丈夫、何処か具合が悪い?」


ジード様は心配そうな顔で私を覗き込む。


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


緩んだ胸元を必死に抑えながら答えた。


そういえば、とても露わな状態である。


忘れてはいけないが一様、嫁入り前の私。


「ジード様、すっかり温もったのでそろそろ、、、」


私は上目がちに訴えた。


「そろそろ着替えた方がいいだろうね」


彼はまた私を抱っこしたまま立ち上がる。


ふたりともずぶ濡れでこのまま部屋に行くのはちょっと不味いのでは?と思っていたら、温風がくるっと体の周りに吹いて、あっという間に乾いた。


「これも魔法?」


驚いた私が呟く。


「そう魔法」


「魔法は万能なのですね」


「僕にはね」


ジード様の少し自信に満ちたお返事に思わず笑ってしまう。


私を抱っこしたジード様はそのまま隣の部屋へ私を運んだ。


ようやく私を衣装部屋で降ろすと着替えが終わるまでは隣の部屋で待っているからと言ってドアを閉めた。


物凄く過保護な状態になっている気がするけど、、、。


私と同じく恐怖を味わったので、心配してくれているんだよね?


安心させるためにも、しばらくは従おうと思う。


しばらくは、、、、。



 着替えを終えて、ドアを開けるとジード様はマルリと遊んでいた。


ホッとした。


「お待たせしました。着替えは終わりました」


遊んでいるジード様に話しかける。


「アリス、少し気になることがあるんだけど質問していい?」


ジード様が床に胡坐を掻いたままで聞いてくる。


私も横に腰を下ろした。


「はい、何でしょう?」


「アリスの教育って誰がしたの?」


ジード様は真っすぐ私を見つめて言った。


「教育ですか?屋敷に先生が来ていました。私は父が借金で出かけっぱなしになって、昨年母が病気で亡くなるまで、全く屋敷から出たことが無かったので、学校には通ってないです」


「先生は何人くらい来ていた?」


「先生ですか?そうですねぇ、語学は大陸の各言語の先生が8名、経済や領地経営の先生が2名、大陸の歴史関連の先生が3名、算術、天文学、地理学、化学、物理学などの学問関係が20名ほどと、後は音楽や声楽、芸術、マナーなどの先生が5名は来られていたと思います」


私が指折り数えながら、今までにお世話になった先生方のことを思い出していると、それを聞いているジード様の表情が徐々に硬くなって来る。


「アリス、君の学問量は王族並みだと思うし、その費用も普通の貴族のレベルではないと思う。君は本当は領地から出て来てはいけなかったのでは?」


「出て来てはいけない?」


私は話の意図が分からないので首を傾げた。


「そう、ロダン伯爵領は何かを隠していて、ロダン家が血を繋いで守っている気がする。君の受けたその王族並みの教育も様々なことに対処出来るように備えるためなのかも。あくまで僕の推測だけど、、、」


「あの遺跡に何かを隠しているのですかね?ロマンはありますけど、我が家は本当に貧乏ですよ」


そんなに大層な秘密があるとも思えないけど、、、。


「もし君が良いと言うなら少し調べたい」


ジード様の表情は真剣だった。


「ええ、それは構わないです。私、バルロイ帝国は好きなので敵対する気もありませんから」


私は本心を述べた。


「ロダン伯爵が5年前から金銭トラブルに巻き込まれているというのも、バルロイ帝国王家の内部で揉め事が始まった時期と被る。関連しているか、いないかも見極めたい」


「分かりました。私も協力します。沢山の報酬もどうぞよろしくお願いします」


忘れずに一言付け加えた私を褒めて欲しい。


「アリス、、、がめつい」


そう言うと、ジード様は私にスッと近づいて頬にキスした。


ビックリして固まる私。


「もうアリスは僕のものだから」


そう言うと何事も無かったようにマルリと遊びだした。


ううっ、美形猫好き皇子に翻弄される、、、。


でも報酬はちゃんといただきますからね!!

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