第12話 ロダン邸

 私の育ったロダン領は他の領地との境目に高い山脈が連なり、かつては鉄壁のロダン公国と呼ばれた小国だった。


80年ほど前にバルロイ帝国に併合され、今は領地のひとつとなっている。


ロダン領は貿易をしようにも、この高い山脈が商人たちの行く手を阻み、なかなか軌道に乗らない。


2万人の領民たちのほとんどは家族のために家長が出稼ぎに行って、一家を支えているという状況だ。


残された家族は家業として酪農をしている者が多く、チーズの生産も僅かながらしている。


 さて、このような領地の何を案内すればよいのだろう?


馬車の中で、マルリとじゃれて遊んでいる猫皇子は昨日までの威厳のある感じは何処へやら、、、。


「ジード様、ロダン領の何を知りたいのですか?ご案内するにしても方向性が定まらなくて、、、」


私は返事がもらえない可能性もあると分かっていながらも、彼に質問した。


「歴史が知りたい。後はアリスの育った家に行きたい」


おおっと!即答して来た。


「それならば、我が家は公国の時の王城にそのまま住んでいるので、我が家へ向かいましょう。屋敷の中には遺跡もあるのでご興味があればご覧ください」


「公国?遺跡?アリスは遺跡に住んでいるの」


「そうですね。かなり古いので驚かないでくださいね。それから、父が稀に帰ってくるのですけど、鉢合わせしたらジード様のことは何と説明しましょうか?」


私はお金で雇われた婚約者なので、その辺の対応はキチンとしておきたい。


「恋人でいいと思うけど、、、」


マルリを抱え上げて、椅子に腰かけながらジード様はそう言った。


「恋人ですか、、、、。」


クズ父はお金持ちな婚約者を探してくるって出かけて行ったから、恋人というのはどうなんだろう?


「実は父が私の婚約者を必死で探しているところなので、恋人は不味いかもしれないです。遺跡を研究している学者とかどうですか?」


ルイス様が首を捻る。


「アリス、僕はロダン伯爵と面識があるから、それは無理」


あー、そうだった。


私はすっかり忘れていたけど、彼はこの国の有名人だった。


「すみません。すっかり皇子殿下ということを忘れていました」


私が素直に謝ると、何だかジード様が嬉しそうにする。


今の会話のどこに喜ぶポイントがあったのか全く分からない。


「では、我が家まで険しい道が続きますが、行きましょう」


私は山越えの心得を伝えるべくそう言ったのだが、結論からいうと王族の力を見誤っていた。




 一刻後。


「ここがアリスのお家か、思ったより大きな王城だね」


私たちはあの後、馬車ごと山脈を飛んで超えた。


ジード様が魔法を使える可能性があると少しは思っていたけど、目の前で見たのは初めてだった。


秘めたる力がどのくらいなのか気になるところだ。


「こんなに早く到着すると思っていなかったので、間違いなく何のご用意も出来ていませんが、こちらへどうぞ」


我が家の使用人の皆さんは急な大物の出現に耐えれるのか?



かなり不安を感じつつ、私は正面玄関から入った。


扉を開き玄関ホールに入ると誰も居なかった。


シーンとしている。


「ただいまー!」


と、私が呼んでも返事がない。


「すみません。使用人がそもそも少ないのですけど、、」


私はジード様へお詫びを告げた。


「でも3人よりは多いよね?」


ジード様は肩にマルリを乗せたままフォローしてくれた。


「はい、さすがに10名ほどはいると思います。まぁ、ジード様のお家に使用人が3人というのは少な過ぎると私は思いますけどね。お掃除とかどうしているのか、かなり気になります。あの広さなのに清潔に保っていますよね」


「水の離宮の掃除は使い魔が、、、」


ん?使い魔???


「お嬢様!!どうされたのです。急にお帰りになられるとは存ぜず、申し訳ございません」


そう叫びながら、執事のジュリアンが急ぎ足で歩いてきた。


そして、私の顔から横の人へと彼は視線を移した途端、旧ブレーキをかけて立ち止まる。


「あなた様は!?」


あっ、ジュリアンはジード様のことを知っていた?


「急に訪ねて済まない」


短くジード様がジュリアンに答えた。


「いえ、飛んでもございません。わたくしは執事のジュリアンと申します。ようこそお越しくださいました」


ジュリアンは深々と礼をした。


「生憎、ご主人様は外出中でして、いかがいたしましょうか」


ジュリアンが困った様子で、ジード様に尋ねた。


「いや、ロダン伯爵に用事で来たのではない。アリスにロダン領を案内してもらうために来た」


「さようでございますが、承知いたしました。まずはお疲れでしょうからお茶でもいかがでしょうか?こちらの来賓室の方へどうぞ」


私が見たこともないくらいテキパキとジュリアンが対応していて驚いた。


「お嬢様、どうぞジルフィード皇子殿下を来賓室へご案内のほどよろしくお願いいたします。わたくしはお茶のご用意をしてまいります」


ジュリアン、、、。


褒めた途端に私に仕事を投げて来たよ。


「分かったわ。お茶の方をお願いね」


私はジード様を連れて、2階の来賓室に向かうため、正面の階段を上った。


「アリス、もしかして魔法使える?」


後ろからボソボソとジード様が聞いてきた。


「はい、防御魔法なら使えます。それだけです」


私は簡潔に答える。


「この建物に魔法が掛かっていることは知っていた?」


「えっ?」


驚いて思わず、立ち止まった。


「この建物は入る人を選んでいる。僕とマルリは入れたけど、敵とみなすと、この王城自体が見えないかもしれない」


はぁ?何それ、、、。


「初耳です。見えない人とかいるのでしょうか?」


「少なくとも僕はロダン領に王城があると言うのは、今まで知らなかったよ」


えっ、王族が知らない?っていったいどういう事、、、。


私は腕を組んで、首を捻る。


「僕の習った王国の歴史ではロダン領は80年前に開拓したことになっている。恐らく歴史の認識が僕とアリスで違う気がする。公国だったと言うのも初めて聞いた。遺跡を見たら何か分かるかも」


「今まで外に出てなかったので、そのような齟齬があると知りませんでした。王族の方でも知らないなんて、、、大きな秘密でもあるのでしょうかね」


ジード様は微笑んで頷いた。


相変わらず、サラサラの金髪に綺麗な目でイケメンですね。

 

あれ?肩にマルリが居ない。


「ジード様、マルリは?」


私は周りを見回してから、ジード様に尋ねた。


「マルリは、、、散歩かな、大丈夫帰って来れると思う」


「そうですか、まぁ屋敷の中にいるなら大丈夫でしょうね」


私たちは再び歩き出し、来賓室へ向かった。

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