第9話 何のお掃除?

 サバラン王国の離宮で、バルコニーから夜空を眺めながら、私はため息をついた。


何でこうなった?


ビビアン人材派遣所で侍女の仕事を探していたはずが、いつの間にか婚約者の仕事になっている件だ。


うーん、よく考えると侍女の募集とは何処にも書いていなかった、、、。


でもお掃除って書いてたよね?


何のお掃除かは書いてなかったけど。


クズ父と同じように私もうかつで騙されやすいのかもしれないと、こんなところで気付きたくなかったわ。


それにしても空は澄んでいて、綺麗だなぁ。


「にゃお」


マルリの声がして振り返った。


窓から出て、こちらへゆっくりと歩いてくる。


私は屈んで、マルリに手を伸ばすとマルリも私の手に体を摺り寄せて絡んでくる。


可愛い!!物凄くカワイイ!!


マルリが私の心を癒してくれる。


それにしても、あのクズ父は今頃何をしているのだろう?


何処かの心優しい青年をたぶらかして、うちの借金を背負わせようとしているのではないかと思うと気が気でない。


帰ったら、一度会って釘を刺さなければ!!


マルリを撫でながら、物騒なことを考えていると急にズシっと背中が重くなった。


と、同時に首に手が後ろから回ってくる。


「もう!ジード様ヤメてください!重いです!!潰れます」


この時々見せる謎の距離感は何なのよ、、、。


私が不満をぶつけると、首に回っていた手が引っ込んだので少しホッとしたのも、つかの間だった。


結局ジード様に抱き上げられた。


「ジード様、何故に抱っこ?そして、触り過ぎじゃないですか?」


互いに見つめあう形になっている状況で、色気も何もない会話をする。


ジード様は首を傾げた。


「ジード様、首を傾げる意味も分からないので言葉にしてくださいよ。私、心は読めません」


「アリスに触りたいから触った」


「え?それ色んな人にしてないですよね?捕まりますよ」


「アリスにしかしてない。あとマルリとか、ボニーとか猫にはするけど」


ボニーは屋敷にいる茶色い猫の名前だと言う事は先日知った。


それにしても私と猫ちゃんが同じラインにいることについて、乙女としてはどう判断すべきなのだろうか。


「別にお金で雇われた婚約者なので、そこまで気を使わなくてもいいですよ」


私が投げやりに言った一言で、ジード様の表情が固まった。


「お金で雇った?そうか、そうだね。じゃあお金で雇わないことにする」


「いやいやいや、お金で雇ってもらわないと私は困るんです」


急におかしなことを言い出すジード様に私は全力で反論した。


「うーん、アリスはそんな風に言われて嫌じゃないの?」


「嫌じゃないです。お金を稼ぐことが一番の目的ですから」


「そっか、、、」


ジード様は何か考え始めたようで、黙り込んだ。


私は考え込んでいるジード様から視線を満天の星に移した。


ちょうどいいタイミングで星が一つ流れた。


「あっ!流星!ジード様、流星です!」


私はジード様に抱えられたまま、星空を指さす。


考え込んでいたジード様も私の指先へ視線を移した。


また一つ、星が流れた。


「スゴイ!また流れましたね!」


私は興奮して、少し大きな声が出た。


「うん、綺麗だね」


落ち着いた声で返事が返ってくる。


私はまた星が流れないかなぁとワクワクしながら、夜空を眺める。


「アリス、子供のころから、そんな感じだったの?」


ジード様は、突然何を聞いてくるのだろう。


「そんな感じとは?どういう意味ですか」


「うーん、喜怒哀楽が豊かな感じ」


「そうですね、ずっと領地でのびのびと育ったので、私はこれが普通と思っていますけど」


「王都には?」


「お恥ずかしい話なのですけど、父がここ5年の間に何度も詐欺に合ってしまい没落寸前なのです。王都へ行く費用もなくて、私はデビュタントもしていないのです。」


「ふーん、それで僕と会ったことが無かったのか」


「そうですね。他の貴族のご令嬢やご令息とも面識はないです」


「それは僕としては良かった」


何を言っているのか、また分からない、、、。


「何故ですか?」


「アリスは語学も堪能でマナーもしっかりしていて、とても優秀だと一緒に居て分かった。あと、自覚してないだろうけど、スゴく可愛い」


真っすぐと目を見て言ってくるから、私は逃げ場がない。


「な、っ何をいうのですか!買い被りすぎです。察しが悪いのは、私も自覚がありますし」


しどろもどろになってしまう。


「僕は君が来てくれて良かったと思っている」


驚くほど褒められて、顔が熱くなって来た。


もう無理!話の流れを変えないと!!


「私のことはそのくらいに。ところで、ジード様はどんな子供だったのですか?」


私から質問してみる。


「幼いころから、ずっと国を背負うための勉強や鍛錬をしていた。何かを見て美しいと考える余裕も無かったように思う。母上が殺されてから水の離宮で暮らすようになったけど、執務ばかりで息抜きはマルリたちと遊ぶくらいかな」


今、とてつもない機密を聞いたような、、、。


「殺された?」


「ああ、現王妃の侍女に毒殺された。その侍女も死んだ」


ウソでしょう!?病死じゃなかったの?


「あの、それは私が聞いても良いお話ではないのでは?」


私は背筋に悪寒を感じる。


「アリスはこの計画に乗ったから聞く権利がある」


け、計画、、、。


「私は知らない間に恐ろしい計画に参加していると?」


ジード様は笑顔で頷く。


「大丈夫、アリスは僕が守るから、死なせたりしない」


「失敗したら、死ぬのですね。私も死にたくないのでガンバリマス。報酬はちゃんとくださいね」


「アリスは案外がめつい、、、」


そう言うとジード様は笑った。


ずっと抱っこされたままだったと、今更ながら気づいた。


「ジード様、重いでしょう?そろそろ下ろしてください」


遠慮がちにボソボソと訴える。


「重くないから大丈夫」


えー、ジード様の気が済むまで、私は抱っこされるの?


「にゃーん」


タイミング良くマルリが鳴いた。


「ジード様、マルリを撫でたいので下ろしてください」


そう言うとジード様はすぐに下ろしてくれた。


空気を呼んだマルリを私は思いっきりナデナデした。


ありがとう、マルリ!

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